2017年01月23日

直生へのバトン 〜モモ子さんの歴史とこれからを思う〜 ★ 特養オリオン 川戸道 美紗子 【平成29年1月号】

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*今年度の秋、餅米の手刈りを終えたモモ子さんと川戸道、新人の直生

 昨春、おりおんに新人・直生君がやってきてからのモモ子さんは、何だか違った。毎年新人に活を入れ、叫び、叩き・・・のいつものスパルタ指導ではなかった。母のような、おばあちゃんのような、おおらかに見守る、そんなモモ子さんが居た。今までのモモ子さんを知る私には正直・・・これは衝撃的だった。直生君のぽわーっとした人柄のせいなのか? ギリギリ、メリメリと怒られる事なく、かと言って関係が遠い訳でもない。そんなモモ子さんと直生君の関係はホント不思議だなぁ、お互い良い感じなんだなぁ、と思って見ていた。
 今までと違って、モモ子さんにとっての大きな変化も様々あった。一昨年、若い頃から頼りにしていたお兄さんが亡くなられ、続いて、里の同じユニットでモモ子さんが「ばっちゃん、ばっちゃん」と慕っていたサナさんが亡くなった。昨年10月には「友達だ♪」と言っていたカナさんも亡くなられて、モモ子さんも葬儀に参列した。モモ子さん自身も昨年と一昨年、2回に渡って脳出血で入院したが驚異の回復力で退院し、車椅子生活と言われていたところから歩くまでになった。少しずつ自分の身体も歳をとって衰えてきていること。そして今年ユニットで亡くなった方達を送って、これまで以上に何かを感じ、考えている様子だった。そういえば、今年になって「おれ、もう何も言わね。言ったって若い人達わかんねんだ」という台詞もちょくちょくあった(そんなこと言いつつ結局は若い人達に吠えるのだが)。
 
 直生君は、「農業やりたいです」と銀河の里にやってきた。ぽわーんとしている感じなのだが、農業のさまざまな作業に誘うと「うぃース」と答え、テクテクとやってきて一緒にやってくれる。作業をやると決まって「意外と大変なんですね!」と言う(そりゃそうだと怒りたくなる時もある)。そんな直生君は、「ぼく、歩いてモモ子さんと行ってきます!」と、とてもいい表情で車椅子を押し、田んぼや畑によく出掛けていた。「意外と大変」と言葉では言うものの、畑で育つ作物を見る直生君はイキイキしている様に見えたし、モモ子さんと共に気持ちよさそうだった。
 彼なりにモモ子さんの語りを熱心に聞き、「農業」を教えてもらっていた。秋になると、小豆の殻剥き作業を何日もかけてやった。やっぱり一番張り切って稼いだのはモモ子さんだ。毎日、いろんな人がそんなモモ子さんのところに顔を出す。朝は夜勤明けの霧子さんや、隣のユニットの弥吉さん(仮名)も一緒に混じってやってくれたり、夕方には早番を終えたスタッフも入り作業する。「おれしかやらね、誰もやらねじゃ!」と言いながら、いい顔をしているモモ子さん。直生君も真剣な顔をしてモモ子さんと黙々と作業をする。
来年度は里の田んぼ五町歩を、特養スタッフの伸也君、直生君とGHスタッフの拓也君が中心となって稲作をやっていこう!という田んぼ計画が始まった。「農村地域に住んでいながら田んぼも畑も作れないような男が一人前と言えるか。ちゃんと百姓やろうぜ」と理事長から活が入って始まったプロジェクトだ。この話はすぐにモモ子さんの耳にも入り、「あやー!やったこと無いのに、五町歩もか!あいや、可哀想に」と直生君を心配していた。

 そんなある日、朝起きたモモ子さんは言葉がうまく出てこなかった。クリニックで検査したところ、脳梗塞だった。主治医の先生によると、「麻痺は残るでしょう」とのことだった。
 モモ子さんは一昨年の脳出血から少しずつ思うように歩けなかったり、疲れやすくなっていた。88歳、年老いていくのは仕方ないけど「歩ける様になるべか」「おれ、治るべか」と毎週の回診時に先生に尋ねていた。先生はいつも「大丈夫だよ、ゆっくり治そう」と応えてくれて、モモ子さんは「本当だべかぁ」と言いながらも安心していた。「歩けねくなった」と言いながら、毎日自分の足でしっかり歩いた。去年の春夏は田んぼや畑の作付け、草刈りの事を考え、稼ぐスタッフを案じ、調子がいい時はモモ子さん自身も外に出て、稼ぐ人達を激励してくれた。収穫の秋には「出来ね、出来ね」と言いつつも良い顔で直生君と稲を刈り、一緒に今年の餅米の収穫を味わった。ちょうど稲刈りの頃に亡くなられたカナさんのお部屋に、刈った稲をそっと置いてくれたのもモモ子さんだった。いつも銀河の里の・・・モモ子さん自身の事よりも皆の生活や暮らしを案じ、支えてくれている(自分の心配をしながらも、周りの皆のことの方が気になるようだった)。
 この12月の脳梗塞後、モモ子さんはうまくしゃべれなくなり、表情などでやりとりは出来るが「・・・わがね・・・」と、つらい顔をすることがあった。

 ある晩、夜中に目を覚ましたモモ子さんと部屋で話したことがあった。やり場の無い苦しさとか不安とか、胸のうちをぶつける様にギュッと腕を掴んできた。そしてバシバシと何度も叩かれた。叩かれながら胸が痛くなった。「なして・・・おれ、何も、悪いごどしてないのに・・・」と、涙声で枕に顔を埋めながら体を震わせていた。何も応えられなかった。いろんな言葉が私の頭の中をよぎったけれど、結局何も言えず、モモ子さんのそばにいることしか出来なかった。私自身も辛くて、崩れ落ちそうだった。「皆、年とるってことなんだ」と、無意識に私が呟いたら、モモ子さんはガバッと起き上がって「皆じゃねえ!!おめ、なってもねえのに!!そんなこと・・・!!!!」と叫び、また私を何度も叩き、泣き崩れた。私だって訳が分からなかった。どうしてこうなったかなんて分からない、ただ、今・これからモモ子さんとどう過ごしていくか、それしか頭になかった。もう本当に、何とも言えなくなってしまって、一時間くらい、真っ暗な部屋の中、二人で泣き続けた。モモ子さんの不安とか揺れを私が「解る」って事は難しいんだろうけど、気持ちは痛いくらい胸に響いてきて、そばに居る時、油断するとこっちがその痛みに負けそうになった。

 脳梗塞以前、モモ子さんは、直生君が来年から本格的に農業をやることについて、母の様に心配しながらも、応援する気持ちでいっぱいだった。「あいづ、農業やるんだど。今は全部機械なんだから、大丈夫、やってみろ、おれ、すけるからよって言った」優しくて、ほっこりとした顔でモモ子さんはそう私に伝えてくれた。モモ子さんは米を「命の玉」と言う。まさしく命の基だ。何となく天然だけど素直で、やると決めたことはしっかりやり遂げようとする直生君だからこそ、モモ子さんは直生君に期待をしているんだと思う。脳梗塞後、「おれ、あいづのこと、すけるって言ったのに、こったになってしまって・・・申し訳ない」と泣きながら話した。
 モモ子さんは、きっと全身全霊で直生君や私たちに農業のこと・自分が生きてきた道・これから私たちが生きていくということを教えるつもりだったんだと思う。暮らしていくことや、モモ子さんの魂みたいなものを直生君や私たちに伝えようとしてくれているにちがいない。
 さあ来年から自分達で田んぼやってくぞという時のモモ子さんの体調変化。「申し訳ない」とモモ子さんは言う。そう言わせてしまっている事と、そこまで思ってくれていることに泣きそうになるけれど、大丈夫だと思う。モモ子さんは言葉の人だと思ってきたけど本当は違う。表面上の言葉は関係なく、深いところから直生君を鍛え育てるに違いない。モモ子さんが、子供のため魂込めてやってきた百姓。人に嫌われたり恐れられたりしながらも吠えまくってきたモモ子さん。それはこれからも変わらないどころか、歩けない、しゃべれなくなったからこそさらに迫力を増してくるに違いない。私たちはそれに支えられながらも安心してもらえるような仕事がしたいと思う。
 モモ子さんは、今、農業の他に家族のことやこれからのことを考えている。一昨年は出すのを渋っていた年賀状・・・「今年も年賀状書こうか?」と聞くと、意外にもすぐに「うん」と頷いてくれた。てっきり「書けない」と難しい顔をするのかと思っていたけれど、この返事がとても嬉しかった。年賀状書きを隣で代筆していると、モモ子さんは静かに見ていてくれた。年賀状を見つめながらその奥に、いろんなものを見つめ、想っている様な眼差しだった。

 これからのモモ子さんは(と)、どういう道を歩んでいくだろう。今までモモ子さん一人、シャンシャンと歩いて頑張ってきた分の生きることの重さが、並んで歩く様になった分、ずっしりとこちらにも響く。そんな中でも、「モモ子さ〜ん、リポビタン買ってきたよ〜」と直生君とモモ子さんがいつもの感じで居ると安心する。今、モモ子さんに言葉をもらうよりも、モモ子さんの生き様や伝えようとしてくれていたものは何なのかをイメージすることが、とにかく鍵になる気がする。モモ子さん(を始め今まで教え支えてくれた利用者さん達)の情熱をどう自分の中に感じていくのかが問われてくると思う。

 今年度は、私なりに挑戦していきたい。「農」「生きる」「クリエイティブ」と自問自答している。私は健吾さんに突きつけられたり(152号)、モモ子さんの生命力そのものに圧倒されたりしながら、夢とか期待でわくわくしながら、濃い日々を送っている。直生君達と共に、モモ子さん達に負けないようにしっかりと生きていきたい。 
posted by あまのがわ通信 at 12:00| Comment(0) | 通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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