2016年09月18日

今年の田んぼ ★ グループホーム 川戸道 美紗子【平成28年7月号】

 5月30日、銀河の里の田植えの日、毎年特養からもグループホームからもワークからも人が集まり、大勢で大騒ぎの田植えになる。そして毎年、とても不思議な意味深な物語がたくさん生まれる。

 今年も特別のことがあった。すばるのユキさん(仮名)がリビングで種を蒔いてくれた苗箱があった。その後も苗はハウスの中ですくすくと育ったのだった。ところが、私の不覚でそのユキさんの苗箱が、苗運びの段階で他の苗箱に紛れ行方不明になってしまった。角津田さんに「ユキさんの苗どこだっけ?」と聞かれた時にハッとしたのだが、後の祭りだった。せっかくユキさんが想いを込めて蒔いてくれたのに、ユキさんの昔の記憶もいっぱい入っていたはずなのに、そんな大切な苗のことが、どうしてすっぽり頭から抜けてしまったのだろう。必死になって探し、一枚一枚確認した末に、なんとかユキさんの苗箱は見つかったのだが、私は自分にガッカリしてすっかり落ち込んでしまった。

 おまけにグループホーム第2の俊男さん(仮名)も、手植え開始の予定時間に玄関に座り込んで「歩いて特養に行く!!」と言い張っている(俊男さんは毎朝特養に通うのが日課だ。あまのがわ通信148号「あいあいの記」参照)。前日、私は「明日は田植えだから特養はお休みだね〜」と軽く言っておいたのだが、通じなかったのか抜けてしまったのか、特養に行きたい気持ちの方が勝ったのか、どしんと玄関の地べたに座り込んでいる(いつもは車椅子に乗っているはずの人が…)。どうしようか、田植えに行くメンバーも俊男さんが気になって行くに行けない。私のせいで物事をこんがらせる事はよくあるけれど、今回も、私の伝え方が曖昧だったせいで…まさかこんな大事な時に…と思って、またガックリしてしまった。 

 そんなこんなで今年の手植えは(私自身にとっては)出だしからすっころんでいた。ひとりモヤモヤとした午前中、田植えに集中しようと思ってもなかなか心から味わえない感じだった。隣でせっせと苗を植える特養の利用者の裕行さん(仮名)の存在が、なんとか私の気持ちを田植えに引き留めてくれている感じだった。

 沈んだ気分で午後からの作業に入ったところで、「健吾さん(仮名)が川戸道さんと話したいって言ってます!」と、すばるの由実佳さんに声をかけられた。急いで駆けつけ、いつもの帽子をかぶって田を眺めていた健吾さんに声をかけると、「かわとみきさん!」と明るい笑顔で、ガシッと握手をしてくれた(健吾さんはなぜか川戸ミチではなく川戸ミキと呼んでいる)。そして、「田んぼに来れば、かわとみきさんに会えると思って!」と言ってくれた。私は健吾さんの側に座ってしばらく並んで田を眺めた。ワークステージのワーカーさんや厨房のスタッフがワイワイと苗を植えていた。そんな盛り上がりの中でも、私は午前中からのモヤモヤのせいでまだ気持ちは沈んでいた。そんなとき健吾さんに呼ばれて私は救われたような気持ちだった。健吾さんはゆっくりと語り出した。
「私は農家で生まれました。生まれた時から田んぼというものがあった。…ここの田んぼの事、かわとみきさんがやってるんだろうなあ、と毎日思っています。だから、私たちも田んぼの懐かしい景色を見る事ができるのです」
 この言葉が恐れ多くて、けれどもの凄くありがたく胸に刺さった。私はユキさんの蒔いた種すら頭から抜けてしまい、大切なものを大事にできないまま田植えに臨んでいたのに。段取りも悪く、各部署や今年の新人も巻き込む事もできず、「例年通りの作業」しかできなかったのかと反省し振り返る。田植えを無事に行いたいと思う気持ちはあったが、私が田んぼに関わらない方がいいのでは、とも考えていた矢先の健吾さんの言葉は、「あなたがしっかりつとめあげるのを信じています」と言っているようで、私はその言葉を聞きながら泣いてしまった。
 毎年、私は田植えや稲刈りの都度、健吾さんに経過報告をしていたのだが、「田んぼはひとりではできない。皆でやって下さい」とにっこりと笑顔で言われた事がある。誰とも繋がれず、それぞれ個人の作業になっていた様な時期もあった。今でも「銀河の里のみんなで」はとても難しいと痛感する。でも、銀河の里の田んぼだからこそ、皆でやりたいし、単なる作業として淡々と進めたい訳ではない(毎年、毎年、農作業は私たちそれぞれに課題をドンと見せてくる。繋がらなければできない事、どの現場でも大事にすべき事…)。
 思い切り落ち込んでいるその日のそのときに、久々に会った健吾さんに救われた。後で考えてみると、大事なものを見逃してしまう私なんて田んぼに関わらない方がいいんじゃないか、と思っていた自分は、たぶん逃げ出そうとしていたのかもしれない。難しい事をやらずに(考えずに)済ませようとしていたんじゃないかと思う。
 自分自身の弱さを感じた。けれど健吾さんの言葉通り、みんなと農業を通じてこの里で繋がっていきたいと思っているし、その事が何か実を結ぶのではないかとずっと心のどこかでワクワクしている。私にとっての農業は、先人達(具体的に特養やグループホームに居る利用者さん達)の生きてきた時代や思い出に想いを馳せるとき、汗を流すという事、しっかり地に足をつける事・・・いろんな意味があるような気がする。何色ものいろんな想いが繋がったり、広がったりしながら、銀河の里の農業や自分自身がどうなっていくのか、やり続けて見ていきたい。

 里の先輩達は田植えをはじめ農作業を「祭り」だと言う。私も銀河の里に来てから初めて田んぼに関わるようになったが、確かに「農作業」ではなく「里のお祭り」という感じはぴったりくる。私には、利用者さんにとっての“さなぶり”(人生のさなぶり?)の様にも思える。黙々と苗を植えて、稼ぐ姿を見せてくれる人。スタッフと並び美味しそうにこびる(おやつ)を味わう人。春の田んぼの景色や集まってきたたくさんの人々を、春風の中じっと見つめる人。青空の下、それぞれの印象深い良い顔が毎年記憶に残る。農家だった人もそうでない人も、銀河の田んぼに集合する。いろんな歌や声が聞こえる、なんと豊かで贅沢な時間と思う。
健吾さんは、「死ぬまで、この田んぼ見せていただきます!はっはっは!」と笑っていた。優しいのか厳しいのか、両方なのだが、なんと奥深いことか。今年こそは、草の無い、黄金の田を見せます!と私は約束した(今年の餅米はその名の通り『黄金(こがね)餅』という品種だ)。これは自分との約束であるとも思う。また秋に、この田で収穫の祭りが開かれる日のことを、稲の成長と共に待ちたい。


posted by あまのがわ通信 at 13:00| Comment(0) | 通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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