2016年09月15日

つくば自然生クラブ、六本木就職フェア 〜業界の最先端とは〜 ★ 副施設長 戸來淳博 【平成28年7月号】

 つくばの自然生クラブの見学をして、数日後、六本木で行われた福祉人材戦力フォーラムとFUKUSHI就職フェアに参加した。どちらもとてもインパクトがあった。
 数ヶ月前、全国で先駆的な取り組みをしている福祉団体を30ほど集めて就職フェアを開催するという話を聞き及んだので、早速、参加申し込みをした。事前の情報では、毎回のフェアでは福祉業界に関心のある学生が300名ほど集まり、各ブース来場者も40〜50名を想定しているという。今まで参加した就職フェアやガイダンスでは、そこまでの集客力はなく、ことさら福祉に特化して行われるフェアとしては格段の集客力だ。さぞかし参加したい団体も多いだろうと思いながら必要書類を整え事前審査へ応募した。

 事前審査は通過し、主催側から取材のライターさんが来里し、なかなかいい感じの求人サイトも立ち上がった。そして、7月2日〜3日の二日間、六本木で行われた福祉人材戦略フォーラムとFUKUSHI就職フェアに参加した。
 初日はフォーラムとして、5つのセッションで講演会などが行われた。二日目は就職フェアということで、NPO法人や社会福祉法人など33の団体が参加し、東京都内の大学を中心に多くの学生と話す機会を得た。

 銀河の里は福祉施設としては珍しく高齢者と障害の部門を現場で融合し、有機的にそれぞれの部門が関わり合って運営している。法人17年目の経験や、個別のケースに関わる姿勢は特徴的で、農福連携や6次産業化といった取り組みなどは、業界のトップランナーとして進んでいると勝手ながら自負していた。しかしこの二日間で私のトップランナーとしての自負はある意味打ち砕かれた。

【若き起業家たちの先駆的な取り組み】
 NPO法人ubdobeは、医療福祉エンターテイメントを通じて「あらゆる人々の積極的社会参加の推進」を目指し、医療や福祉分野の社会課題を音楽やアートイベント通じて社会に訴える活動が報告された。ある活動では、クラブ会場を臓器アートで飾り、音楽やダンスを楽しむイベントを若者中心に開催し、そのライブ中に臓器移植についてのセミナーを開催したという。
 千葉県の社会福祉法人福祉楽団は、特養やデイなどの高齢者の支援事業をやっているのだが、熊本地震の震災時には、いち早く現地に職員を派遣すると共に、第二陣として日頃のネットワークを使い、福祉人材の応援部隊を被災地に送ったという。一法人が有効なネットワークを持っていて有事に適切に動けることに驚く。また、事業としては成り立たないものの、環境やエネルギー問題への取り組みとして山林の整備プロジェクトを行ったり、子供の貧困問題への取り組みとして寺子屋(学習支援)プロジェクトを行うなど、高齢者支援の枠を超えて可能性を模索していることにも感銘した。そして、ここのパンフレットはとてもセンスがよくてフォトブックのような冊子に仕上がっており、福祉業界臭さから一線を画していた。
 元々このフォーラムは、「きつい・汚い・給料が安い」と言われる3Kの福祉の社会的イメージを変えようというコンセプトから始まっている。だからこそ東京でも華々しいイメージのある六本木という場所を選んで会場設定し、全国でも先進的、斬新な活動をしている法人を集めて福祉の仕事の魅力をPRしようとしている。

 確かに参加したどの法人からも、この業界を超えたエネルギーと感じるし、社会課題に対しての問題意識も高い。事業展開も地域を巻き込んで戦略的に行われており、掲げるコンセプトもわかりやすく心惹かれるフレーズが並び、実践もかなり高度な問題意識に基づいて展開されている。一般企業の経営・事業戦略に負けず劣らずの力量で前に向かっている姿勢を感じた。全国には、力があってセンスもいい起業家たちが福祉業界にも大勢参画しつつあることを知った。
 全国から集まった法人の斬新な活動を見せつけられると、銀河の里がトップランナーと感じていた自分のふがいなさと共に、いかに時代遅れかと感じてしまった。全国ではすでに「福祉」×「○○」(何かを掛け合わせる)の可能性を模索し、新たな事業を展開し始めている。その一週間前には、つくばの自然生クラブを見学して驚き、次に六本木の福祉フェアで立て続けに他法人の活動を見聞きして、そのエネルギーと新しい感覚に打ち砕かれたのか、帰ってきてすっかり落ち込んでしまった。

【認知症、侮るなかれ 〜タカさんの凄み〜】
 さて、その出張から帰ってくると、あまのがわ通信の原稿の締め切りが迫っていた。丸一日の休日があったので、自然生クラブかフェアか、どちらかの報告を書こうと思っていた。原稿に向かわねばと思いながら体は動かず「やっぱり・・・書けない」とグルグルしていた。(風邪気味ってこともあって)布団から出るのが億劫で、一日寝て過ごす無駄な時間を過ごしてしまった。
 休日を明けて出勤し、普段のようにユニットの様子を見て回る。ほくとのリビングに入ると、タカさんと目が合った瞬間、「おぉ!! 久しぶり〜」と満面の笑顔で迎えてくれた。確かにこの一週間、外に出っぱなしで顔を合わせていなかったので、なんとなく(記憶というより)感覚的にわかっていたのかなと思っていると、「お前さん東京行って来たんだべ?」とタカさん。私が東京に行っていたなんて伝えてないのになんで知ってるの!?と驚く。しかも、「なんじょだった?報告しなさい!」と言うので、昨日まとめようとして諦めかけた原稿の事まで知ってるのか?!と返事に詰まっていると、「『ん〜・・・』じゃわからね。ちゃんと考えて」と笑っている。「外見よりも中身を磨かねば」、さらに「磨きなさい・・・一緒に磨いていくべし」というタカさんの言葉にどこか救われた。
 自分の中で完結させようとしていた私を捕まえて言葉をくれる。知らないはずなのに知っていてつながっていく不思議なこの感じにいつも支えられる。この人たちはすべて知っていて、世の中のすべての事につながっているのだろうと思わされてしまう。それもあって再び原稿を書こうという気持ちが湧いてきた。

【つくば自然生クラブのスタイルとこの先の銀河の里】
 銀河の里が開設して16年目を迎える。開設当初からこれといった理念も意識せず、自由にやってきた。理事長は「理念は掲げたとたん形骸化するからそんなものはいらない」などと言い切るし、「銀河の里は灯台を目指して進むのではなく、集まった一人一人が照らす道筋が里の進む道なんだ」と施設長はよく言う。私の言葉で言えば、農業を基盤に暮らしの場、共生の場を創ろうとしていたのだと思っている。スタッフも利用者も枠を超えて、里という場で出会い、関わり合うなかで人生のテーマを共有し、物語として綴ってきたのが、今の銀河の里であり、里のケースワークは事例だと思う。
 里の事業展開でも、明確なビジョンや戦略があったわけではなく、その時々に出会い(関係)の中でその都度生まれた課題に対峙する形で事業が広がってきたような感覚がある。GHとDSを開設し数年経つと、自然に、里で看取りをすることはできないかという気持ちが出てきた。ハード面や体制的に受け入れが難しい環境では、互いの関係が深まっているにもかかわらず、他の施設や病院へゆだねるしかない状況が悔しかった。そして法人開設9年目に特別養護老人ホームの開設に至る。今年から始まった「よりあい広場」などのカフェの運営も、利用者やその家族との間からそういった場の必要性が生まれてきたのだと思う。

 つくばの自然生クラブの活動は理想に非常に近いような気がした。代表の柳瀬さんは教員を退職し、筑波山の南麓で自然生クラブを立ち上げるのだが、退職金をもらうと即座に太鼓の購入に充てたという。田楽舞という創作芸能を軸に、農業、障がい者の支援の事業を展開してる。詳しい経緯はわからないが、支援者もつながってお互いに支え合い助け合っている感じが伝わってきた。それぞれの事業は、贈与サイクル(関係)でつながっていて、「なんとかなった」という事業は自然発生的に生まれてきたようで、とても自然だ。そしてそこで暮らす人々も、それを語る柳瀬さんもとても自然でかっこいい。

 この先10年の銀河の里には、ビジョンや戦略は必要で、我々はもっと力をつけていかなければならないとも思うのだが、無くしてはならないものもあるように思う。老いや死といった人間の普遍的なテーマへの探求やまなざし、銀河の里の現場で紡ぐ物語は、やはり今でもトップランナーなのだと思う。今後、臨床心理学や哲学、文化人類学、民俗学といった幅広い視野を持ちながら、豊かな物語を綴ってみたいと思う。簡単なことではないこの困難な道を、私を含め、里は進んでいけるのか、どういう形にして示すことができるのか、それは事業展開も含め、この先10年の課題なのだと思った。


posted by あまのがわ通信 at 13:00| Comment(0) | 通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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