2016年08月14日

おばあちゃんへの歩み ★ グループホーム 川戸道 美紗子【平成28年5月号】


 特養の利用者、桃子さん(仮名)は、演歌歌手の島津亜矢が好きで、以前にもスタッフと北上で開かれたコンサートに行ったことがある。それを思い出しながら「いがったなあ〜『おかあさん』のうた歌うんだよ、声もいがっけなあ〜」とよく語ってくれていた。今回、盛岡公演があったので一緒に行ってきた。
 桃子さんはいろんな意味で迫力満点の人で、口も体もよく動く人だ。しかし一昨年の冬とその後と2回、軽い脳卒中で入院した。病院では車いす生活を言い渡されたにもかかわらず、見事に復活し、「年相応」には近づいたものの、再び自分の足で歩いている。口の方は相変わらず達者で、新人のしつけ役・ユニットのお母ちゃん役・口うるさいおばちゃん役…などあれこれ忙しくこなしている。

 コンサート会場に向かう道中、いつもの様に昔の事、家族の事・・・を同行した新人の安衣理さんに語って聞かせていた。いざコンサートが始まり、2〜3曲過ぎた辺りから、桃子さんはグタッと私の肩に寄りかかってきた。あれ、まさか寝ちゃったかな?と顔を覗き込むと「起きてらよ」と小さく言う。目を細くして歌を聴いている。てっきり、いつもの様にキラキラとした目でコンサートを楽しむもんだと思っていたが様子が違った。そんな感じで前半が終わり休憩時間には会場が明るくなる。そのとき桃子さんは、また小さな声で「ありがとう」と私に言った。

 普段の桃子さんからは想像できないような、らしくない言動に私は驚いた。そしてさらに「時代は変わったなあ」としみじみ独り言のように話す。普段の機関銃トークとは打って変わってしんみりと語り、言葉数も少ない。珍しい様子に驚いているうちに後半のステージが始まる。
 島津亜矢の歌は力強いものが多い。オリジナル曲だけではなく、カバー曲もそんな選曲で、歌詞もひたむきで、自分や家族を信じて歩んでいく・・・といった雰囲気が強い。桃子さんお気に入りの「おかあさん」の歌も、母への感謝を歌った情念に満ちたものだ。後半も静かにステージを見つめる桃子さん。島津亜矢がステージで語る。彼女は子どもの時から歌が好きで、母親が歌の先生として厳しい練習に励んだそうで、過酷な練習に耐え懸命な努力の末…今の彼女がある。

 桃子さんは、毎朝一緒に新聞を読んでいる利用者の清志さん(仮名)に、「おめ(そんなに歌が好きならば)歌手になれば良かったんだ」と言われた事がある。それに対して、「おれの若い頃なんて、大東亜戦争中だった。あの頃、日本は戦争、戦争だった。そんな事、考えてもいられねかったじゃ」と返していた。昭和3年生まれの桃子さん。早くに旦那さんを亡くし、女の細腕ひとつで田圃を耕したり土方仕事をしながら、4人の子ども達を育てあげ生きてきた。
 桃子さんはいろんな事を時代のせいにしたり、ある意味、自分のそんな生い立ちを武器にしてひねくれながら、「お前はまだまだ甘い!!」と若いスタッフを負かしてきた。けれど今日はまるで違う一面を見せてくれた。夢を追い続けた人・島津亜矢を、たくましい存在として自分に重ね、その歌に励まされ、そこに浸っている桃子さん。「時代、変わったな」とのしみじみとした一言に万感の思いがこもっていて、私は黙して受け止めるしかできなかった。
 力強い歌、母としての歌、妻としての歌…が響き、いろんな時代の桃子さんがこのコンサートの中で蘇っているような気がした。普段は「稼がなきゃない」「まだまだやれる」と、どこか自分を自分で鼓舞して生きている桃子さんが、歳を取り、今までの人生との折り合いをつけながら、これから家族や私たちスタッフともどう関わっていくのか。島津亜矢とその歌に自分とその人生を重ね、これからの旅路に想いを馳せようとしている姿が私にはいじらしく感じられた。桃子さんが島津亜矢を大好きな理由がわかった気がして、私は妙に納得した。

 このとき、今年の新人・安衣理さんが一緒にいたことで、桃子さんの気持ちがよりくっきりと見えた気がする。安衣理さんはどちらかいうと言葉でのやりとりが達者な人だ。桃子さんもいつもはそうなのだが、今日はそうじゃなかった。「言葉」の安衣理さんの隣で桃子さんの「無言」が私に響いた。私には、「言葉ではない世界、見えない世界を感じたり想像したりすることは、とても大事だ」と、新人の彼女に伝えようとしていると感じられてならなかった。言葉じゃないもの(表情・空気・手・目・身体・こころ・想い・・・)を大切に丁寧に向き合おうとする姿勢。普段あれだけの言葉の桃子さんだけど、この日は言葉じゃない桃子さんがいた。

 このコンサートから帰った直後、桃子さんが待ちに待っていた曾孫が生まれたという連絡が入った。それを聞いて満面の笑顔。桃子さんはこうやって歳を取り、おばあちゃんになっていくのだなあと感じて、私はなぜかホッとした。桃子さんが、今までの人生のいろんな事を片付け始められそうだ、と感じた。ようやく「おばあちゃん」のスタートかもしれない。桃子さんは今年88歳。改めて、これからどんな歳の取り方をするんだろうなぁと楽しみに思えた。


posted by あまのがわ通信 at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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