2016年08月12日

自己決定ってなんだろう? ★ 特養 すばる 千枝 悠久【平成28年5月号】


 先日、施設長に誘われて、里に見学に来た立教大の学生の方と話をする機会があった。その方は、“認知症の方の自己決定・意思決定”を研究のテーマにしようと考えていたそうだが、“そもそも自己決定というのはそこまで尊重しなければならないものなのか?”という疑問に行き着き、テーマを変えようかと悩んでいたそうだ。私は介護の専門学校を出て資格を取り里に来たため、初めの頃こそ “自己決定”を常に意識していた。が、今ではほとんど意識していない。こう書くと“慣れてしまって初心を忘れたダメな職員”というレッテルを貼られそうだが、そうではない。そのことを今の私に伝えられるかどうかは分からないが、これまで私が里で経験したことを基に、このテーマについて考えてみたいと思った。

 半月ほど前、すばるにショートステイで章さん(仮名)が来た。章さんは朝早くからいろいろ歩き回っているそうで、一緒に居たら面白そう!と思った私は、2日間ずっと一緒に過ごしてみることにした。それは私にとって、これまでに出会ったたくさんの利用者さんのことを思い出させてくれる大切な時間だった。
 お風呂に入ることが不安で、「待て、待て、待て!・・・・・よし!」と覚悟を決めて入る姿は、次郎さん(仮名)のことを思い出させてくれた。次郎さんにはいつも「オメさんは入ら0ないのか?」と声を掛けてもらい一緒に入ったという思い出があり、章さんとも一緒に入ることにした。二人で朝早くから歩き回り、朝ご飯を食べてからのお風呂だったため、湯船では「最高だな!」って言い合うくらい気持ちよかった。
 歩きながら私が歌うと、それにノッて歌ったり踊ったりしてくれる章さんは、洋さん(仮名)の姿と重なった。洋さんとは、ショートステイに来ていたころ、夜にどうしても“帰る!”となり、ドライブに出てイギリス海岸の桜並木を“月がとっても青いから”を歌いながら歩いた思い出がある。二人ノリノリですごく楽しくて、なんだかよくわからないけれど、それからそのまま特養に戻って来られた。章さんともそんな感じでノリノリで歌ってたら、途中で出会ったヤス子さん(仮名)も歌い出して、三人で合唱になって楽しかった。

 ショートステイ最終日の家に帰る少し前、廊下で新人の千田君とすれ違うと、「オメも行くべ!」と誘った章さん。そこからは千田君と歩く感じだったため、私は少し離れたところからその様子を見ていた。すると、どうも私と歩いていた時とは様子が違う。あとから話を聞いたら、「これを運ぶのっす!」と交流ホールのイスを千田君が運んだり、「歌ってみろ」って言われたりしたそう。それは千田君に何かを教えようとしているように思えた。そして、私自身が新人の頃に出会った、デイサービスのA子さん(仮名)のことを思い出させてくれた。

 A子さんはとにかく歩く人だった。「いこー!」とスタッフのことを誘い、ずっと外を歩いていた。特に私と歩いている時はほとんど中に入らず歩き続けていた(と思っている)。耳がほとんど聞こえず、話す言葉は言葉にならないような言葉ばかりで、自己決定というものからはほど遠いところにいるように思われる人だった。それでも私は、A子さんから自己決定というものを教えてもらった気がしている。
どうしていいのかわからず、A子さんの後をただひたすらついて歩くだけだった毎日。歩いているだけの日々。自分が何をしているのか、何のためにいるのか、何者なのか分からなくなる。うんざりすることもあった。それでもA子さんは「いこー!」と私のことを誘って歩き続けた。この頃の私は、何も自分で決めることができていなかったのだと思う。

 A子さんと歩く道は、初めはA子さんに決めてもらっていた。それは土手、「危ないよー!」と後ろから引っ張る私と、「やー!まー!やまて!いこう!」と引っ張るのを振り払おうとしながらも先を切り拓くようにして下ったA子さん。それはちょっとした溝、先にピョンと飛び越え、「ほらっ!ほらっ!」と私に手を伸ばしてくれた。歩いているうちにたくさんの出会いがあった。草木、花、虫、鳥、そういったものを見つけては、「あれー!ねー♪」とニッコリ笑うA子さん。歩いている道の途中の、小さなもの一つひとつに二人一緒に感動した。里の中のいろいろなところを回り、たくさんの人と出会い、たくさんの笑顔と出会った。
そうしているうちに、私のなかに“今日はこういうのが見たい!”とか“あの人に会いたい!”という思いが生まれてきて、歩くのは後ろから隣、時には私のほうが前になることもあった。道なき道も二人で決めて歩き、そこでの新しい出会いに笑い合った。事務所の屋根に二人で上り、施設長に大変心配を掛けてしまう、なんてこともあったけれど。眺めが最高だったなぁ。

 A子さんは自分の歩く道を自分で決めていた。それは、自分の居場所、やりたいこと、人や物との距離感など、たくさんのことを自分で決めているということでもあったのだ。それを感じ取れず“ただ歩いているだけ”と思ってしまったのは、私自身が自分の歩く道を決めることができていなかったからだと、今では思う。A子さんの歩く道と私の歩く道が重なり合い始めて、それでやっとA子さんが自分で決めているのだということを感じ取れるようになったのだ。
 A子さんとは言葉を用いたコミュニケーションを取ることができず、私自身も人と話すことが苦手だったため、歩くこと自体が二人の共通言語だった。それを教えてもらっていたからこそ、章さんとも一緒に歩きながら、特に多くは言葉を交わさずとも、二人で自然と歩く道を決めていくことができた。昨年すばるに入居された良吉さん(仮名)も、今、一緒に歩いていると感じている。良吉さんも言葉を用いない人だ。入居当初は、スーッとすばるから姿を消し、外へ歩いていくことが多かった。時に不安や焦燥感に駆られたような歩き方もあったが、それ以外は静かに自然に出て行く様子で、それは私には、A子さんの「いこー!」を思わせた。良吉さんもきっと何かを自分で決め、そうして歩いているのだ、と思えた。どこに行こうとしているのか、何を求めているのか、それは実際に一緒に歩いていた入居当初だけでは計り知ることはできなかった。今は歩くということはなくなったが、その代わりに、視線や表情や行動など、言葉以外の全てを総動員して自分の決めたことを伝えてきてくれている。言葉とは違い、その内容はすぐには伝わらないのだけれども、すばるのみんなで一緒に考えながら良吉さんが決めたことを感じ取っている。それは、私がA子さんと歩いたこととも繋がっていると感じられている。

 “自己決定”という言葉にとらわれると、ある一つの事柄や一回の機会の際に、相手に決めてもらうだけ、と思ってしまうようになると思う。里での暮らしでは、相手に決めてもらうけれども、同時に自分自身も決めていて、そうして二人の歩く道の重なり合ったところで決まっていくと感じている。たくさんの思いを抱えながら、考えて、悩んで、転がって。時にぶつかり合い、時にお互いそっぽを向いたり、笑ったり、泣いたり、怒ったり・・・。すごく大変だけれど、とっても大切な、決めるということを自然にやっている。

 立教大の方が、自分が過去に経験したエピソードがすごく面白かった、と紹介してくれた。それは、ある認知症のおじいさんの話で、“薬を飲まずに家に散らばっている理由が、自分の研究が忙しくて”だったり、“傷のできた理由が、道ですれ違った悪漢との格闘との末にできた漢の勲章で、そこから始まる俺の一代記”だったり。そのおじいさんが話している姿が目の前に思い浮かんだし、それを聞いている姿も思い浮かび、“二人で歩いたんだなぁ”と感じられた。
 誰もが日々暮らしていくなかで、ちょっとずつ自分で決めていて、それを言葉や行動にして伝えてくれていて。一緒に歩く人、場所、時によってそれは少しづつ変わっていくこともあって。話を聞きながら、一緒に歩いたたくさんの思い出が駆け巡り、私は思わず、「ここではそれがあまりに日常すぎて・・・」と笑ってしまっていた。そうなのだ。すごく面白くて、“自己決定”を特に意識せずとも一緒に歩いていける、そんな毎日を私は過ごしているのだ。このテーマを考えてみて、改めてこれからも一緒に歩いていきたいと思った。


posted by あまのがわ通信 at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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