2015年01月15日

約束・熱いお別れ ★特別養護老人ホーム 中屋なつき【2015年1月号】

 昨年10月末、90歳の誕生日を迎えて4日後、文一さん(仮名)が亡くなった。平成24年入所以来、持ち前の力強い語り口でスタッフを励まし鍛えてくれた方だ(2013年10月号、寛恵さんの通信参照)。経鼻栄養となって約一年、変わらずユニット‘おりおん’の守り神のような存在として居てくれた。
 ユニット‘ほくと’で暮らす奥様のカヨさん(仮名)と一緒に誕生日を祝おうと計画した。スタッフ川戸道さんが「カヨさんの好きなおでんを文一さんの部屋でみんなで食べたい!(文一さんは食べられないのでおでんのいい香りを部屋いっぱいにしたい!)」と提案。それを文一さんにも伝える。目を閉じて言葉も少なくなっていた文一さんだったが、「おでんの具で好きなのは?」の問いにハッキリと「はんぺん」と応えたことに感激して、白身魚から手作りのはんぺんを作った川戸道さん。当日、深く眠り込んでいた文一さんの隣で、おでんを頬張るいい表情のカヨさんとのツーショットの写真が残っている。

 その日、明日が夜勤という酒井さんが「何か起こりそうな気がする」と言っていた。文一さんに大きな言葉をもらい、支えられ、靖国神社へ修行の旅に出た酒井さん(2014年9月号、三浦くんの通信参照)。文一さんを、親しみと尊敬を込めて「おとぉやん」と呼んで、男同士の絆で繋がっているような関係に私からは見えていた。その酒井さんが「何かが起こる」と言う。みんなも、文一さんがもうそんなに長くはないことは感じていた。一日いちにちを大事に一緒に過ごしたい、誕生日も思いっきり楽しくやった、覚悟はできていた。
午後になって文一さんの呼吸に変化があった。急いで家族さんに連絡をとる。他部署のスタッフや休みの人も、文一さんの部屋に大勢が集う。それぞれが文一さんとの思い出話を賑やかに語るなか、カヨさんが枕元で、文一さんの布団をひたすらいじっている。酒井さんは今晩が夜勤、日中は休んでいてほしくて連絡するのをためらったが、一応メールで知らせる。「いつでも臨戦態勢は整っています」との返事に勇気づけられる。家族さんの到着がないまま、焦りと不安が募るなか、文一さんの容態の変化は早かった。酒井さんを呼ぶ間もなく、文一さんの肩呼吸が大きくなる。「文一さん、まだだよ!」と三浦くん。「今に孫さん来るよ!」「娘さん向かってらってよ」とみんなから声をかけられる度に、頑張って大きく息を吸って応える文一さん。胸元の布団の端をギュッと握って離さないカヨさんは静かに文一さんの顔を見ている。最後のひと呼吸を深く吸い込んで「おう!」と吐いた瞬間だった、娘さんが部屋に駆け込んできた。「え、嘘みたい・・・じいちゃん? じいちゃん!」
 カヨさんと娘さんを残してみんな退室する。部屋の外でもスタッフがたくさん見守っていた。グループホームから駆けつけた寛恵さんは涙をためながら「今日はサチさん(仮名)が朝からずっと『泣いてら人いた、今にわかる』って言っていた」と話してくれる。今年度の新人の愛実さんは、慣れない仕事で不安いっぱいの時期を文一さんに支えられてきたことを振り返っているのだろうか、その想いを噛みしめるかのような表情で静かに泣いている。私は酒井さんに文一さんの最後の声を聞かせられなかったことが悔やまれたが、「文一さんの旅立ちは最後までかっこよかった」とメールした。
 間もなく孫さんも到着し、家族の大事な時間を過ごし、ドクターも到着。「結局、じいちゃんを看取ったのは、ばあちゃんだったね」と娘さんが微笑んでそう言ったのが印象的だった。普段は‘おりおん’と‘ほくと’で離れた生活、たまに顔を合わせても特別なんということはなく、お互い実に気持ちのいいほどさっぱりとあっさりとしたご夫婦だった。そんなカヨさんがその日はずっと静かに文一さんの傍らにいた。ドクターが退室するときにも、娘さんに手を引かれて部屋を出て、ドクターを見送った後、集まっていたスタッフに向かって、無言のお辞儀をひとつ、ゆっくりと頭を下げた。
 葬儀屋さんが来るのは明日、今晩は家族と共に文一さんも‘おりおん’に一泊していく、と決まったのは夕方だった。夜勤に備えてもう寝ているかとも思ったが酒井さんに知らせる。「俺も会って一言、御苦労様と声をかけたかった、良かった」との返事に、私もやっとホッとして「夜を頼みます」と託した。

 翌日。昨晩、カヨさんは遅めの夕飯をしっかり食べてぐっすり眠ったと聞いて安心した。ここ数日、夜間あまり寝ていないという申し送りが続いていた。「昨日はお疲れさんだったね、ありがとね」と声をかけると、いつも通りの余裕な表情で「ふふ」と笑うカヨさんだった。葬儀屋さんが迎えに来て、お見送りをする。家族さんとスタッフに‘おりおん’から運ばれて来た文一さんを‘ほくと’前の玄関で見送る。ストレッチャーが近づいてくると、急にカヨさんが駆け寄ったので驚く。いつもの足取りとはまったく違って、小走りで、顔をくしゃっとして、文一さんに掛けてあった布に手をかけた。早口で何か言ったのを聞き取れず、「え?」と聞き返したが、カヨさんは布を掴んだまま足早に文一さんの後についていく。すごい、カヨさん・・・、「一緒にいきたいよね」でも・・・。

 火葬と葬儀にはスタッフの代表として酒井さんが参列させて頂くこととなった。酒井さんはカヨさんと一緒に行きたかったようだったが、カヨさんは参列しないことに決まった。「カヨさんは何時でもカヨさんだし、どこに居ても父さんと居るし」とスタッフの万里栄さんが言う通り、みんな同感だった。
 文一さんをお見送りしたとき、ベッドサイドに飾っていた額を「お棺に入れてあげたい」と言ってくれた娘さんに「感動した」と語る酒井さん。おとぉやんとの靖国の話を娘さんにすることができた、と喜んでいた。「お前、靖国に行って、いっぺん死んでこい!」と文一さんに言われた酒井さんは、その言葉で、この国の戦争の歴史に目が開き、かつてグループホームで守男さん(仮名)から教えてもらったこともやっと実感を持って繋がった酒井さんだった。修行から戻り、靖国の御守りを額に入れて文一さんの部屋の壁に飾ったのだった。初めて会ったのに娘さんは、俺の想いをちゃんと聞いてくれた、と嬉しそうだった。
 酒井さんには考えていたことがあった。文一さんがまだ元気でよくしゃべっていた頃、「俺はな、死んだら靖国に行きてぇんだ」と言っていたのが強く印象に残っているようだ。火葬に参列させてもらって、ほんの少しでいいから骨をもらいたい、おとぉやんを靖国へ連れて行ってやりたいんだ、と言う。どうだろうと相談されたが、どうすべきかは、もう私にはわからない話だった。女には立ち入れない男同士の約束みたいに感じられて「任せる!」としか言えなかった。副施設長の戸來さんも、家族さんがどう受け取るか、常識や宗教上の感覚からは、けっこう怪しい話・・・ではあるけれど、「あとは家族さんと酒井さんとの関係に託すしかないよね」と言っていた。

 火葬の日。喪服に身を包んだ酒井さんが「勝負だ」と緊張しながら、カヨさんのところへ挨拶に寄った。すでに大仕事を終えて帰ってきた人みたいに表情が硬く、通りかかるスタッフが「あ、ご苦労様でした〜」「え、これから?」と声をかけるほどで、なんだかマジで緊張している?! 「ふふふ」とずっと静かに黙って酒井さんを見ていたカヨさんに、やっとこ、「カヨさん、おとぉやんに会って来るからね」と言って玄関に向かった酒井さん。その後ろ姿に、カヨさんが静かにひと言、呟いた。「あの人、あそこにはいねぇよ」・・・さすがカヨさん、鋭くお見通し。火葬場なんかには居ない、もうすでに文一さんの魂は靖国へ飛んでいる。そう言っているように聞こえた。
 そして火葬が行われる時間、14時ちょっと前、カヨさんが動いた。急に立ち上がり、「わね(ダメだ)、父さん、いなくなってしまう」と呟いたのを、スタッフの宍戸さんが聞き取っている。小走りで他の人の居室へ入っていくのを、止められるような雰囲気ではないと感じた愛実さんは、窓辺へ駆け寄るカヨさんと一緒に外を眺める。火葬場のある方角に向いた窓だ。空を仰ぎ見て「いた!」と言った、と愛実さんも驚いている。イスを持って行って、ゆっくり腰掛けてもらうと、窓に手を添えて一心に見ている。私は、そのカヨさんを隣で見て感じていたかった。しばらくして「父さん、いたっか?」と尋ねる。こっちをちらっと見て、また窓の外へ視線を向けると、「うっつぁ(家に)いたんだな」と言った。そうか、そうだよな、カヨさんにとって文一さんは、いつだって家で一緒にいる父さんなんだなぁ・・・と、ホッとした気持ちになる。
 ちょうどおやつの時間になって、スタッフの千津子さんが声を掛けてくれた。それに「ふたっつ」と応えたカヨさん。すかさず、「そっか、文一さんの分も、だね」と言って運んでくれる千津子さんにも感激する。窓辺のファンヒーターをテーブルにして、外を眺めながらおやつを頂く。カヨさんは、父さんの分までしっかり二人分平らげた。その後はヒーターをガタガタしたりコードを引っ張ったりして、いつものカヨさんの感じに戻った。コードを引っ張り、たぐり寄せ、コンセントに差し込んでひと言、「繋がってら」と、私に向かって言ってくれた。「うんうん、何かとどこかと、誰かと、いつも繋がってるんだもんね」と、妙に関心しながらも、思わず吹き出して笑った。
 そうやって窓際の時間がゆっくり過ぎ、ようやくカヨさんが立ち上がったのは16時頃、ちょうど帰ってきた酒井さんの車が駐車場に止まった時だった。結局、火葬の最中をずっと窓辺で過ごしたカヨさんだった。窓の前を通り過ぎるときに私たちに気付いて手を振る酒井さんの表情は、とても晴れやかだった。カヨさんもここで火葬の儀式にちゃんと参加していた様子を、酒井さんにも早く伝えたくてワクワクする。酒井さんもカヨさんのところへまっすぐ来てくれて報告してくれる。酒井さんにとってほとんど面識のなかった家族さんなのに、娘さんや孫さんたちと、初めてとは思えないほどすんなりと文一さんのことを語り合えた、と感動に震えている。「一施設職員の俺が、葬儀じゃねんだぞ、火葬だぞ、そんな場に俺がいること自体をすんなりあったかく迎え入れてくれて、おとぉやんの昔の話もいっぱい聞かせてもらった、俺の勝手な想いも話も、いちいちありがとうございましたって聞いてくれた、ありがてぇ! 靖国のことも孫さんの方から切り出してくれた、銀河に来る前に家族で一緒に靖国さ行ったんだってよ! それ聞いたらよ、おとぉやん、もう靖国さ行ってるんだ、俺そう思った、骨がどうのこうのじゃねかった、その事どうやって切り出そうか、俺さんざん昨日から考えてらった、勝負だ、おとぉやんとの約束、ぜってぇ果たす、勝負だと思ってらったが、端から勝負になってねかった、家族さんたちとおとぉやんの気持ちは、端っから繋がってらんだ、俺の出る幕ねかった、わかってる、家族さんたちわかってるよ、おとぉやん靖国さ行ったんだ、いや、すげぇよ、ホント! マジ、やべぇ!」

 やべぇ!と感激に打ち震えていた酒井さんだったが、その後、葬儀にも参列させて頂いた。行ったその場で弔辞を頼まれて仰天、びびって焦って大変だったらしい・・・。が、さすがはロックライブで勝負を賭けてきた男、本番に強い?! 名前を呼ばれるまでは心臓バクバクだったけど、にっこり微笑むおとぉやんの遺影を見たら、不思議だな、スッと心が落ち着いたんだよ、と本人が一番驚いていた。「文一さんの笑顔のように晴れた日ですね」とか、出だしのひと言、よく言ったよ、俺、って自分で思うくらい余裕が出てきて、おとぉやんに言いたかったこと、ちゃんと言えた、伝えてきた、と報告してくれる。再現して聞かせられるくらいに、何を言ったか覚えているのにも自分で驚いている。「おとぉやんにやられたな、でもマジで“なんとかなる、なるようになる”だった」と、文一さんからの宿題を見事やりきったような嬉しそうな表情だった。これまでの関わりのなかで文一さんへの想いが強烈に酒井さんのなかにあったからできたことだろうな、と私は感じた。「ライブで一曲歌ってきたみたいだねぇ」と戸來さんも笑っていた。

 文一さんは俳句を詠む人だったとは聞いていたが、その作品のほとんどが戦争体験の内容だったことや、カヨさんも「父さん、また戦争のこと」と半ば呆れたようにいつも言っていたこと等、孫さんが語ってくれたと言う。文一さんの魂が靖国神社に届いて、今頃は戦友に会っているだろうことを、カヨさんがわかってないはずがなかったんだ。“家に居る旦那さん”を見ている奥さんとしてのカヨさんの、文一さんへの深い理解を感じる。夫婦ってこんなかなぁ、と驚いてしまう。
 葬儀も終えてしばらくして落ち着き、家族さんたちが挨拶にいらしてくださった折、火葬の日のカヨさんの様子をお伝えしたが、みなさんも「ばあちゃん、ちゃんとわかってらんだねぇ」と笑顔を見せてくださった。私はその時、「“夫婦”っていうのともちょっと違うな、ふたりはちゃんと“文一さんとカヨさん”だったんだなぁ・・・」となんとなくそう思った。
 酒井さんは、火葬の時に聞いた「父兄参加の学校行事、山登りに、じいちゃんが来てくれた、当時60代だったが、先を登るじいちゃんが上で待っててくれた」という孫さんの思い出話からのインスピレーションで、新たな一曲、文一さんの歌を作曲した。いつも励ましてくれた文一さんの「やってみろ、お前ならできるはずだ」というセリフ、「なんとかなる! なるようになる!」という力強い口癖、それらが歌詞となっている。
愛実さんは涙ながらに、「文一さんが自分のなかに“入った”と感じる」と語っている。その後、カヨさんと三浦くんと四十九日のお墓参りに家族さんと共に行ったとき、「入ったな」との言葉をカヨさんからもらって、とても感動していた。三浦くんは、春が来たら文一さんに会いに靖国に行く、と決心しているようだ。
カヨさんはというと・・・、より一層の余裕とふくよかさをたたえて‘ほくと’にどっしりと居てくれている。それでもやっぱり時折、寂しそうな切なそうな表情をすることが増えた。ふと窓辺に駆け寄り、静かに外を眺めるカヨさんの姿がある。みんなのなかに文一さんが確かに残していったモノを、それぞれが暖め深めていきたい。「カヨ共々、これからもよろしくお願いします」と言ってくださった娘さんの言葉をありがたく受け取りながら、「いえいえ、こちらこそ、これからもどうぞよろしくね、カヨさん」と顔を覗くと、「ふふふ」と柔らかく笑うカヨさんがいる。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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