2014年10月15日

広政さんのシュガー ★特別養護老人ホーム 佐藤万里栄【2014年10月号】

 「これどこから持って来たの!」隣のユニット、すばるからスタッフの宍戸さんの叫び声が聞こえた。まもなく、私のいるユニット北斗に、利用者の広政さん(仮名)が「ひ〜」とか「くそー」とか言いながら逃げてきた。広政さんは、特養に限らず、銀河の里の他の部署全体を歩いていて、そこらにあるおいしいものをこっそり失敬してくる。他の施設で、「盗食が激しい」と利用を断られ、困っていたところで、主治医から里を紹介されて半年前から入居して暮らしている。
 里では「盗食」等という専門用語は概念として用いないので、「盗食」という「問題」は出現せず、広政さんの行為や行動は「何故?」という問いとして掲げられる。スタッフの千枝さんはデイに勤務していたとき、広政さんのそうした行動にひたすら同行したうえで「狩人」というイメージを導き出した。人間のオスの本質と絡めてその問いに迫った、とても豊かな解釈だと感心する。
狩人の広政さん『ははぁ、また何か獲物を持っていたんだな?』と私は内心ほくそ笑みながら、すばるに行くと、そこに、宍戸さんが、仁王立ちでこちらに向かって立っていた。そしてその手には広政さんの今日の獲物、大量のスティックシュガーが握られていた。
 宍戸さんによると、通りすがる広政さんのポケットに、スティックシュガーがちらっと見えたので、確認すると、予想外に大量に入っていたので、ついつい声を荒げてしまったとのことだった(私は度々ある、宍戸さんと広政さんのこうした攻防が、お母ちゃんといたずらな子どものやりとりに見えてとても好きだ)。

 広政さんの狙う獲物の一つのスティックシュガー。よくあることなのだが、今回いつもと話が違ったのは、どこから持ってきたのかその出所が分からなかったことだ。いつもなら事務所あたりからなのだが、今回は違うとのことで、ではどこから持ってきたのだろうと、特養の全ユニットに確認したが、どこに聞いても心当たりなしだった。毎日通っているデイサービスにも聞いてみたがそこでもない…。あの量をどこで?いつ?どうやって!?しかも、誰にも気づかれずに!出所を詮索しながら私はワクワクしてくる。「どこから持って来たんでしょうねぇー」と困りながらも、一方でその不思議さに楽しくなって笑みが込み上げてきてしまう。
 その楽しさは私の想像が動き出して、想像の世界に誘われる楽しさなのだ。『広政さんのポケットは、広政さんにとってすごく都合のいい場所につながってるんじゃあないか…』とか、広政さんのポケットが魔法のポケットに思えてくるので楽しくなる。そうした想像の世界では、ステックシュガーは日常品とは別のものになって、広政さんだけが扱える、不思議な宝物に変わってしまう。

 「いったいどこから…」の不思議が続いて、私の想像の世界も広がっていたのだが、数日後、幕切れは突然やってきた。スティックシュガーの出所が発覚した。それは、なんのことはない特養の交流ホールの引き出しの奥にあったものだった。広政さんはそれを磨き上げたテクニックによって、誰にも見られることなく持ち出していたのだ。当然、スティックシュガーはそこから別のところに移された。広政さんは、スティックシュガーを粉薬さながらにサーッと飲んでしまうので、糖尿も心配される体を守るためには当然のことだ。

 当然の一方で私は、出所の判明に少し落ち込んだ。かつて、古代や、太古の昔と言われるころは、地球は平面で、海は端まで行くと滝のようになっているというような世界観があった。その最果ての海には、見たこともない怪物が居て、世界の果ては守られていると信じられていた。しかし、やがて、天文学や地学が興り、地球が平面であった世界観はとっくに終わりを告げてしまった。
地球が丸いとわかってもなおしばらく、地上にも未知の地はたくさんあって、人々は夢や想像を働かせてワクワクできた時代もあった。各時代の探検家達が命を賭けて未知の世界に探検に出かけた。ところが近代以降、地上には未知の地はもはやなくなって、宇宙に出るしかなくなってしまった。月がまだ「お月様」だった頃があった。人々はそこに神を見出したり、ウサギや麗しい姫君が住む世界を想像して手を合わせたりもした。しかし20世紀には遂に人類がその地に降り立ち足跡を残した。つまりお月様の世界を足蹴にしてしまったとも言えなくはない。天体としての月は、お月様から単なる硬質な物質になってしまった。

 地球が丸いことがわかり、月面に人が降り立ったことも、広政さんのスティックシュガーの出所が判明したことも、それはそれですばらしい功績には違いない。でもそれだけで想像の世界がかき消えて「事実」だけが呆然とたたずみ、乾いた世界が広がるだけでは、ドラえもんもピーターパンも住むところがなくなってしまうような気がして私は落ち込んだのだった。
 科学的事実の探求はとても強力で有効な手段であることは間違いない。それによって人類は地上を制覇し、宇宙を探検できるようになり、現実の豊かさを享受している。ただ、科学的手法で世界を暴くことも、事実を把握することも大切だが、更に本当に大切なのはそのまわりに広がっている途方もない想像の世界を忘れてはならないということだと思う。想像を欠いた事実なんてありえない。それは骨格だけで身体にもならないし、心も宿らない。豊かさのなかで、たましいが孤独に苛まれる現代、事実だけではワクワクできないことを私達は徐々にだが理解しつつある。
 果てが見えないあまりに途切れた海のように、表面の凹凸をウサギと呼んで愛でたように、広政さんのスティックシュガーが、魔法のポケットから湧いてくるのを想像するのは楽しい。狩人が未知の世界を探検して見つけてきた獲物だと想像するのは意味のないことだろうか。
 私は誰よりも先にシュガーの出所を見つけて、広政さんの体のために誰にも知られないように場所を移動して、自分の想像の世界と広政さんを守りたかったのかもしれない。想像の先にある、あらゆる世界たちは、現実で裏付けられることもされないまま、とても繊細に存在している。事実に飲み込まれて世界を消滅させては元も子もない。私達は、いつだって事実を超えた先を冒険して新たな世界を創造しなくては、心も身体もひからびて魂を殺してしまう。

 そんなことを考えながら、昨日、広政さんの部屋のクローゼットを開けると、そこにスティックシュガーが5本鎮座していた…。『よしきた!!』と嬉しくなりながら、私はそれをこっそり持ち出し、秘密の場所に仕舞いこんだ。広政さんのポケットが未知のどこかと繋がっていることを願いながら。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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