2014年10月15日

ダンスを通じて 〜夢と命を追う〜 ★特別養護老人ホーム 川戸道美紗子【2014年10月号】

 今、銀河の里ではワークステージのワーカーさんを中心にダンスの発表会に向けて練習に励んでいる。身体表現を通じて何を発見し掴むことができるのだろう?深みにはまっていくように…そんな事を考えながら、練習は続いている。
 
 私は、今年の3月の研修で、ピナバウシュ・ヴッパタール舞踏団の「コンタクトホーフ」を観た。“こころ”の内面をそのまま舞台にしたような男女のダンス。力強くて迫力のあるダンスに私の体まで鼓動を始めるようだった。その頃、里でもアフリカンダンスの練習が始まった時期だった。私は自分が何のために踊るのか、踊りたいのか踊りたくないのかもわからないままだった。けれど「コンタクトホーフ」を見て、身体表現の魅力に気付かされた。跳ねたい、飛び越えたい、そんな気持ちが溢れて、かき立てられた。
 一緒に研修に参加した中屋さん・万里栄さんに「ダンスがしたくなった」と話した。まだぷかぷかとしたイメージしかなかったが、この二人は言葉よりも“気持ち”を受け取ってくれて、「どんなダンスがしたいの?」と聞いてくれた。私は「“まる”がやりたい」と訳の分からないことを言ったのだが、さすが、二人は「あ〜〜〜!!!」とそのまま受け止めてくれた。
 完全なかたちの“まる”(円?丸?)・・・コンタクトホーフに触発されて、ダンスで表現したいことのイメージが「まる」だった。その“まる”のイメージを携えて練習に取り組んだが、私のダンスは“まる”とはほど遠かった。アフリカンダンスは、異国のもので、面白いかわりに難しい。私の動きはロボットみたいにぎこちなかった。
 半年が過ぎて、秋になった。振りは覚えたものの、なんだか先の見えない踊りでしかなかった。楽しいのだけど、そこから先が見えない。“まる”にはほど遠く、何のために踊っているのかさえよく分からなかった。
 そんな折、特養のスタッフの「銀河の里・吟詠会」の発表会が行われた。これは、特養の利用者賢吾さん(仮名)を先生に発足した詩吟チームだ。矢沢吟遊会のリーダーだった賢吾さんは、春から若いスタッフに詩吟を教えてきた。発表会は賢吾さんの夢の実現でもあったと思う。
 発表会の最中、満足気な笑みを浮かべる賢吾さんの表情を見ながら、賢吾さんの気持ちを察することが充分にできていない自分を感じて、引っ掛かりが残った。その日の夜のダンス練習。いつもの様に練習に取り組んだ。けれどやっぱり…いまいち手応えの無い練習だった。心の中で「またか」と思いながら、その手応えの無さが何なのかはっきりせず、言葉にすることもできなかった。
 ところが、踊っていたら、ある瞬間、なんだか変になってきた。どんどん景色が変わる。・・・あれ!?今までと同じダンスなのに頭の中が空になってゆく、体もどんどん軽くなる感じ。そして、私は空を飛んで、天に昇る感覚になった。天国に行ったのかと思った。からだの隅々にまでエネルギーが流れ、その自分自身の全体と対話している感覚。全てが見える、自分の『命』を身体全てで感じていた。練習が終わると、私はまた現実に戻った。ぽかーんとその余韻に浸る。なんだったのだろうあの感じは…。貧血になった時、目の前が真っ白になるそういう感じとは違う。別次元の世界に行ったという意識はあった。その余韻の中…吟詠会の発表の事を考えていたら、ピンとくるものがあった。

 賢吾さんは「何かに情熱をそそぐ事が、人生において大事なのだ」といつも言う。賢吾さん自身が若い頃から、そして今もなお、そんな姿勢で生きてきたのだろう。『何かに没頭し、真剣に向き合う事が、自分を変えたり世界を変える。何かに賭けて熱意を持て』という事なのだと思う。賢吾さんは、私たち若者の未来を期待してくれている。活力ややる気を、出し惜しみせず使って、命を燃やしなさい、賢吾さんはそう教えてくれている。私がダンスで感じた『命』は、賢吾さんが期待してくれている命そのものだと思った。
 発表会ではそれぞれが“誰か”に届くように、一句一句、想いを込めて詩を吟じていた。賢吾さんの微笑は、みんなに「詩吟を教えたい」という気持ちを超えて、それぞれの想い・情熱が輝きを放つ瞬間を見ていたのだと思った。

 賢吾さんの微笑みを思い出しながら、私にとってのダンスとは何なのかが、ほんの少し分かった気がした。“まる”をイメージしてきたダンス。私がヴッパタール舞踏団から感じた“まる”とはなんだったのか?…自分の命を見つめて感じて、過去・現在・未来が包括された世界…宇宙の中で自分の生を感じる。誰かに見せるためではなく、自分自身の命との対話のダンス。脈々と流れる命のエネルギー。賢吾さんはそれを私達に伝えようとしているのだと思うし、私はそんなダンスがしたいのだと気がついた。
 ダンスをしながら他の皆はどんな事を考えているのだろう?ダンスの先生は「踊っているときは何も考えて無い」と言っていた。確かに、頭や意識で考える必要はないのかも知れない。ダンスを通じてひとりひとりが何かを見つめることが出来ればいいと思う。
 ワークステージのワーカーさんも、ダンスを通じてそれぞれの物語が生まれているに違いない。色んなテーマがあって、色んな想いが渦巻いているだろう。踊ることが、私たちの気持ちをこんなにも動かすことに注目し、大事にしていきたい。そしてみんなと命を感じながらダンスができたらすばらしい。そうすれば“まる”が実現できるのかもしれない。
 最近高校時代の友人と話をしたら、「夢はない」と言っていた。仕事にもやりがいも無いとつまらなそうだった。夢を抱くのは、とても難しい時代なのだろうか?便利になった分、人と人の繋がりは薄くなり、心は動かなくなる一方のこの時代に、夢は抱きようはないのだろうか。私がイメージした「まる」は夢なのかもしれない。銀河の里には世間とは違うなにかがある。賢吾さんたち世代を継いできた高齢者と、私達若者が出会い向き合う。音楽、ダンス、詩吟等々いろんな事がある。忙しくて大変だけど、便利に気楽に生きていける時代にあって、なぜかぐるぐるしてる私。そこから、見失しなうわけにはいかない夢が生まれてくることを願う。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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