2014年10月15日

ダンスで起こるなにか ★特別養護老人ホーム 三浦元司【2014年10月号】

 去年、理事長に紹介され、アフリカンダンスなる教室に行った。コレが結構おもしろい体験だった。ゆっくりとしたストレッチのあと、ハードな踊りで、普段の生活ではありえない量の汗と開放感を味わった。そのダンスを、今年の春からワーカーさん達と踊る企画があがり、11月1日に市民文化会館で発表会をすることとなった。
 これまで、ほとんどのワーカーさん達とは面識がなく、練習の場で自己紹介から始まったのだったが、練習を重ねるうちにワーカーさん達の個性も見えるようになってきた。
 5月頃からはチームが決まり、ワーカーさん4名とスタッフ3名の計7人のチーム『弁慶』に私は入った。その中のひとり大原君(仮名)は、身長180cmもあり、坊主頭に黒縁眼鏡、独特の歩き方で、朝夕、理事長宅の犬の散歩をしている。なにごとにも一生懸命で手を抜かないが、無表情で無口だった。なにを聞いても、「うん」か「・・・」の無言で、私が里に来て4年間、大原君と会話を交わしたことはなかった。
 大原君は普段、厨房の調理補助として働いており、ユニットで食器洗いや盛りつけ作業を手伝ってくれる。彼と触れる僅かな時間に、「今日のご飯は何?」と聞いても、「魚」とか「野菜」と素っ気ない返事で、目を合わさず黙々と作業を続けて、話は発展しなかった。
 ある日、ダンスメンバー用に、自分のニックネームや好きなキャラクターやアイドルの名前など、それぞれカラフルな名札を作った。そのとき大原君は黒いペンを持ったまま、ひと文字も書けずにいた。「なんでもいいんだよ。みんなは、好きなタレントやアイドルの名前が多いみたい。大原君は誰が好きなの?」と、声をかけてみた。すると更に挙動不審になって、大原君の額から汗が出てきた。「無理しなくていいよ。俺は洋画ドラマ、フレンズのチャンドラー役、マシュー・ペリーって俳優の名前にしようかな。好きなんだよねー」と独り言でごまかしていた。すると突然「マイケル」と大原君が言った。驚きながら「え?マイケル?歌手の?」と聞き返すが「違う」とだけ返ってきた。「俳優?スポーツ選手?」とまた聞くが、「違う」と言う。「うーん…」と悩んでいると、日本人のフルネーム5人の名前を上げた。どの名前も耳にしたことがなく、「え?作家?政治家?博士?」とまた質問するが「違う」としか言わない。そして、その時、ニヤリと微笑んだ。初めて大原君の表情を見た。
 ダンスの練習では、大原君は一生懸命で、毎回汗だくで踊り続けて誰よりも先に振り付けをマスターした。ただ、ずっと無表情で無言のままだった。
 夏場になると、ある程度のフォーメーションが決まり、どうにかダンスらしくなってきた。なかなか振り付けを覚えられず、動きのタイミングが分からないワーカーさんに、大原君が「こっち!」「立って!」「コレだよ!」とぼそっと声をかけることがあった。ついにはリーダーのように指示も出すようになり、スタッフにも「こうだよ!」と教えてくれた。一人で踊っているような感じから、チームを意識し始めた大原君だった。
 9月になり、いよいよ各チームのダンス構成は完成に近づき、チーム『弁慶』もフィニッシュまで構成が決まり、大原君のソロパートも組み込まれた。
 いつものように練習をしていると、大原君が何かをブツブツとしゃべっていた。「何したの?」と聞いても「ん」としか返ってこない。ブツブツは続き、急にニヤニヤし始めた。そこで私は、大原君と同じ表情をしてみた。すると、大原君も顔マネを返してきた。そうしてまねっこ合戦が始まり、初めは顔だけだったが、次第に手や足も入って、しまいには、体全体で妙な動き合戦になった。ついにおかしくて「あははは〜!」と笑うと、大原君も「ふふふふふ!」と笑った。そして、その変な動きが大原君のソロパートの振り付けになった。
 その辺りから、大原君はどんどん動いてきた。ダンスに自信がついたのか、チームが盛り上がってきたからか、表情がまったく違ってきた。それまでの愛想のない無表情は一変し、明るい表情へと変わった。練習中も、顔をくしゃくしゃにして笑ったり、「デンデンデンデン♪」「ドゥンドゥン♪」「テッテテー♪」と口でリズムを刻んでいたりする。大原君の中にダンスが入ったような感じで、楽しそうだった。この頃から普段もニヤッとこちらを見て笑ってくれたりして、いままでの固いイメージが一転した。
 ある日、メンバーの祥くん(仮名)が「俺のチームなんだからさ、俺のユニットでやろうよ!」と特養ユニットすばるでのダンス練習を提案してきた。そこで、リビングを練習会場にして、十数名の利用者さんがみてくれている前で練習が始まった。いつもの練習とは違った緊張感があった。ガチガチで踊って一回目のフィニッシュのポーズで「もっかい!アンコール!」と声がきた。二回目は「ヘ〜イ!!」と声が自然に出たりして、リラックスして踊れた。フィニッシュが決まると拍手が湧いて「今日の練習はこれで終わり!」と閉めたはずだった。
 ところが大原君の舞台がここから始まった。腰を曲げ、床にある何かをつかんで両拳をグーにし、左右の拳を上下交互に動かしている。おどけた表情でそれを高くあげ掴んで、それを受け取ってくれという動作をした。私が慌ててその何かを受け取ってみると、なんだかヌルヌルとした感覚だった。それは逃げようとするので、私も大原君と同じ動きで両手を上下に動かす。「おっと。おっと」と声も出しながら隣にいた人にパスする。次に受け取った人も同じ動きになる。それがパスされて再び大原君の元へ戻って来ると、腰に付けていたかごの中にそのヌルヌルとしたものを素早く入れてしまった。その場にいたみんなはドジョウすくいの劇場にいた。その後、大原君は数匹捕まえた後、急に表情を硬くすると、それを台の上に置き、尖った物で刺すやいなや、上手にさばき、続いて3本串を刺すと、手のひらで炭をパタパタとおこした。更にタレの壺に突っ込んでは出してパタパタと扇ぐ。ここまで来るとなんだか良い香りまで漂ってきて、おなかが減ってくる。そして最後に、大原君は、お重を取り出し、熱々のご飯の上にうなぎをのせて、焼きたてのうまそうな鰻重ができた。
 その時、酸素を鼻につけた102歳のおばあちゃんが正面にいて、大原君と目が合った。そのおばあちゃんは、最近ほとんど食が細く、一日でぶどう10粒だけという日もある程だった。その場にいたスタッフは、焼きたての香ばしいフワフワの鰻重を「頼む〜!食べてくれ〜!」という祈る想いで見守った。ところがその瞬間、大原君は少しも戸惑うことなくその鰻重を食べてしまった。「あ〜〜!!」というスタッフのため息がユニットに響き、おばあちゃんも食い逃してキョトンとなった。でも、なんかとても笑えた。
 この大原君のパントマイムなのかなんなのか、エアのうなぎ取りから食べるまでの流れは、ものすごく感動的だった。打ち合わせも準備もしていない。ダンスから、なぜ鰻重になったのか全くわからない。ダンスの何かがマッチしたんだろうか。波長か何かが合ったんだろうか。そこは謎だが、あのうなぎの感触と鰻重の香りは本物だった。
 目前に迫ったダンスの発表会は、ただのイベントではない。踊る人の身体表現と、観る人との空間がどうなっていくのか未知の期待がある。しかし初めての取り組みで、ままならずあたふたしている現状もある。ただスケジュールをこなしたり、時間に追われたりで、ただのサークル活動に陥りがちではあるが、最後の追い込みを踏ん張って、ダンスを通じて、何が見えてくるか期待したい。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。