2014年08月15日

ポーランドへ旅立つ前に ★特別養護老人ホーム 中屋なつき【2014年8月号】

 施設長・副施設長に次いで、ポーランドへの研修に7月24〜30日に行ってきた。帰ってから「どうだった?」とみんなに聞かれるけれど、簡単に「こうだった」と一言では答えられない。「考えて生きていくこと・考え続けることが始まったんだ・・・」としか言いようがない。今回は、旅立つ前に書いた文章を振り返りながら、私の“考える旅”を始めようと思う。

【素朴な疑問】
 私が初めてアウシュヴィッツに触れたのは小学校3年生だった。家族全員で(小学1年と幼稚園児の弟たちも!)、盛岡市内の公民館で開催されていたホロコーストの展示会に連れられて行った。幼かったので意味もわからず観たのだろうが、父や母の解説を聞きながら、「なんで髪の毛でカーペットなんかつくるの?」「人間の身体の脂で石鹸ができちゃうの?」など、子供ながらに疑問を口にしたようだ。労働力にはならない小さな子供を真っ先に“処分”したという選別のためのバー(120cmの高さに棒が吊されている)も再現されていて、弟と一緒にくぐったのを覚えている。

【出さなかった感想文】
 中学のとき、母の本棚にあった『アウシュビッツからの手紙』(著:早乙女勝元)を読んだ。著者が中学生の少年とその母親と共に強制収容所跡の博物館を訪問する様子が、子供向けにわかりやすく描かれている。館内を見学しながら歩く描写に、同じく中学生の私は臨場感を持って読み入った。小学生の時に観たあの展覧会が蘇り、このときになってやっと恐ろしいことだと理解した。にわかには信じられない呆然とした気持ちと共に、「人間ってこんな怖いことやっちゃうんだ・・・」と、ぞっとして吐き気がした。
 夏休みか何かの宿題にこの本を選び、読書感想文を書いた。国語の先生がコンクールに出品すると張り切って添削してくださり、何箇所か書き直すことになった。説明不足を補ったり、言い回しを変えればもっと読みやすくなるという部分に手を入れることには抵抗はなかったのだが、“自分の感じたこと”を書いた部分に先生の思惑が入り込んでくるような書き換え方には微妙な違和感があって、私はどうしても納得いかなかった。「こんなふうに書くなら、これはもう先生の感想でしょ? 私の感想文じゃなくなっちゃうので、先生の名前で出したらどうですか」とかなんとか、ずいぶん生意気なことを言って(言ったか思っただけだったか、いずれ)、面食らった表情の先生を横目に、私は出品自体を拒否した。他人からの評価を気にするより自分の思ったことを貫いた(と言えばカッコイイけれど、要するに我がままで、ずうずうしい性格だったのは、今に始まったことではないんだな・・・)。

【自分の中のナチス】
 高校では美術を専攻する学科でデッサンや油絵に没頭する毎日だった。学校帰りによく立ち寄った古本屋で美術雑誌『芸術新潮』を手にし、表紙の“ヒトラーの退廃芸術”という文字が目に止まり購入した。自分自身を表現することに賭けている絵描き仲間同士が互いに刺激し合う環境で、自分らしい表現って何だろうと模索しながら描いていた当時の私の、芸術に対する憧れや想い。そんなものが全部、がらがらと音を立てて砕かれるような気分だった。尊敬する大好きな画家や彫刻家のことごとくが、その作品と精神世界をまるごと非難され弾圧されている。その上、極端に偏った単一の価値観だけで判断されたもののみが良しとされている。「そもそも芸術に善し悪しなんてないじゃん! 誰だって何だって、個人の表現の自由を踏みにじっていい訳がない!」という怒りの感情が湧いてきた。一方では、無限に広がる自由な表現世界だと信じていた芸術も、時代や環境によって一変してしまうんだなと、妙に冷静に悟った。
 その後、仙台市の美術館で開催されていた『芸術の危機』と題した、退廃芸術関連の展覧会を観に行った。偶像崇拝をしないユダヤ教の特徴を受けているのだろうか、当時のユダヤ人作家の多くが、具象的表現よりも抽象的な表現による作品をたくさん生み出している。人体は歪み、皮膚の色はさまざまで、キュビズムのような表現が「狂っている」「劣った人種」と見なされ、ゲルマン民族であるドイツ国民を優位し鼓舞するための格好の餌食にされていた事実が見えてきた。
 人間が、他の民族そのものを消し去ろうと考えるなんて、とても信じ難いのだが、画家になりたいという夢を抱きながらも誰からも絵を褒めてもらえなかったという少年ヒトラーを知ると、「あぁ、この人も寂しい人だったのかもな・・・」と、ヒトラーの孤独や絶望みたいなものも感じていた。
 「他人と比べて優れているか劣っているか、そのせめぎ合いに囚われて、本来の自分自身の価値を見失っていく。自分で自分が信じられない生き方なんて、弱い。そんなふうには絶対なりたくない」中高時代、大勢の中で何番目かを競わされ、数値でしか評価されず、“自分の本体”はまるで無いかのような気分にさせられていくような不安と不満を語った友人がいた。良い点数さえとってりゃいんでしょ?と大人を見下して冷め切った友人もいた。そんな偏差値世代の寂しさや苦痛にも通じるような気がした。私自身は偏差値の意味すらわかっていなかった(!!)し、先生が勧めるハイレベルの進学校にも興味がなかった。どこの学校がどのくらいのレベルだとか、自分の成績だったらどこそこに行けるとか、考えてもいなかった。「絵が描ける高校に行く」とだけしか思っておらず、滑り止めを考慮している友人たちの気持ちも、いまいちよくわかっていなかった。
 中学時代のいじめの体験にも発見があった。クラスの女子全員から無視され嫌がらせをされていた(らしい)が気付かず(!!)、隣のクラスの子から「なっちゃんは強いね、いじめられてても学校に来て」と言われて初めて、そういえばと思い当たることがいくつかあった(強いっていうか鈍感っていうか・・・)。主犯の女の子も大体の目星は付く。トイレに入っているとき、何人かのクスクス笑いと共に、上から多量のペーパーが降って来たことがあったが、急いで出て「こんなことして楽しいの?」と詰め寄った。ぐっ・・・と言葉に詰まった女の子たちの顔が忘れられない。やっとのことで「むかつく!」と一言だけ返してきた。次の日、登校すると、私の机と椅子が、黒板消しでたたいた粉で真っ白になっていた。ざわめいている教室、私は教壇に上がった。「やった人が自分で拭いて」静まる教室。「こんなガキっぽいこと、誰がやったか、わかってる。二度とやんないで」当時、女の子特有のぐじぐじぐやぐやが面倒臭く、男子生徒との方が馬が合った私は、どうやら女子らから“恨み”を買っていたらしい。「くっだらねぇ、気にすんな」という男子の一言で教室は平常を取り戻したのだが、事の核心にはもっと複雑な心境が渦巻いていたようだ。標的(私)がさっぱり堪えていないのでいじめてもつまらなかったのだろう、翌日から仲間割れ? 私をいじめていたグループの中のひとりが標的に変わっていた。私は、その子とも主犯の子とも、仲良くも悪くもなく以前と変わらずに接した。
 高校では、描きかけの油絵にいたずら書きをされたこともある。これも誰がやったか、なんとなくわかってしまった。一学年上の先輩だった。初めて挑んだ自画像のキャンバスの裏に「いい気になってんじゃねぇ」とかなんとか書いてあって、両目が真っ黒に塗りつぶされていた。いい気になるどころか自信などある訳もなかったし、ただ楽しくて描いていただけだったから、そんな
 ことを言われるのは心外だったけれど、描き直すのも悔しかった。“妬み”だな、とわかった。理由も理屈もなく「気にくわない」ってことってあるよな、と妙にリアルにその気持ちがわかって単純には憎めず、でも「だからってこんなことしていいはずはない、そんなの美しくない」というメッセージを伝えたくて、その自画像はしばらくそのまま美術室に放置しておいた。「私がその人を責めるより、本人が自分自身の醜さを責める方がよっぽど苦しいに違いない」と思った。偉そうに結構ひどい仕打ちをしてしまったよな・・・と今では思う。
 他者を否定することでしか自分自身を保っていられないギリギリの心境。いじめられる対象が次々に変わったり、いじめていた側の子が次の日には標的にされないとも限らない。話せばひとりひとりは良い子なのに、グループになると途端にみんな一律、平気で意地悪い顔になる。「ひとりでいるのが怖いからつるんでるだけ。自分が無いから不安でたまらない。流されていれば楽だから。でしょ?」と、他人事で、関わらないようにしていたかもしれない。恨みや妬みの感情からどうしようもなく生じてしまう闇。どっちが悪いとか誰が悪者だとか単純には言えない状況を、私は傍観者として見ていただけだったということにも気付く。「人間ってそんなに弱い生き物なんだろうか、寂しすぎる」ヒトラーは、ナチスは、身近な日常生活のなかにいる、むしろ自分かも・・・と途方もなく怖くなった。世界で起こっている戦争や宗教対立も、学校の中のいじめも地域の中の差別も、その根源には同じく、どうしようもなく抗いがたい人間の弱さや性があるんだと、身震いした。

【事実から考える】
 大学は、教育学部の美術科に進学。高校教員の父から「教師を目指すなら必読書だ」と言って勧められた数冊の本の中に『夜と霧』があったが、期待に反して、私は教師になる気もなく、本もすぐには読むことができなかった。小さい頃からずっと眺めていた父の書棚の中から、タイトルの言葉の響きに惹かれ、それと知らず手にとり巻末の資料写真を目にしたことがあったためだ。“怖い本”と敬遠していた『夜と霧』をやっと読んだのは、大学卒業間近になってからだった。劣悪な環境での過酷な強制労働の日々、常に死と隣り合わせの恐怖、理不尽極まりない仕打ちの連続で肉体も精神も極限まで追い詰められ、人が人間ではなくなっていく。明日があるかどうかなんて保証のない状態にあっても、暮れゆく夕陽を美しいと感じる心を失わなかった者が生きることを諦めなかった人たちだった・・・というくだりに鳥肌が立ち、勇気づけられた。精神科医の視点から善も悪も持つ人間の姿を語った美しい書物、自らの体験を語った勇気ある物語だと思った。
 劇場で『シンドラーのリスト』を観たのが高校時代だった。後から、時代背景や第二次世界大戦の状況などを補足してもらいながら、世界史の先生と映画の感想をシェアした記憶があるが、今回のポーランド行きを機に、再度、観賞した。“日本のシンドラー”と言われる杉本千畝は中谷さん(アウシュヴィッツの日本人ガイド)のガイドブックで知り、テレビドラマ『六千人の命のビザ』も観た。いずれも、個人が抹殺される異常で凶悪な時代であっても、自分で考え、貫き、生きた人物がいたということに希望を感じる。
 ちょうど施設長が旅立つ少し前、映画『ハンナ・アーレント』が公開されていたが、収容所経験もある当事者でありながら、感情に押し流されることなく、法廷でのアイヒマンの証言に耳を傾け、深い思考の末に「悪の凡庸さ」を唱えた演説シーンには、思考する人間の格好良さや強さを感じた。映画『さよなら、アドルフ』では、戦犯を問われるナチス親衛隊員の子供たちの戦後の運命が描かれており、私たち人類共通の今後の課題を考えさせられた。

【福祉の中の暴力】
 大学卒業後、福祉のふの字も介護や認知症のなんたるかも知らずに、銀河の里にやってきた。農家でもなく祖父母と暮らした経験もなかった私にとって、「おじいちゃんおばあちゃんと一緒に田圃や畑をやりながら暮らす」というワクワクの生活が始まった。認知症の人が見せてくれる世界の、なんと個性的でリアルで魅力的なこと! その豊かさと力強さに驚かされる出来事の連続で、「絵を描くこと以外でこんなにクリエイティヴな自分が引き出されることってあるんだ!」という発見に、毎日こころが湧いた。なのに・・・県内の福祉関係者が集う研修に参加した際の、つまらなさと幻滅と怒りと言ったら今も忘れられない。認知症高齢者を一括りにして扱う感じ、利用者主体の介護が大切と謳いながらも実は上から目線の冷たい感じ、マニュアルやシステムを押し付けてくる感じ・・・に、違和感どころか腸煮えくりかえった。「あなたは他者と出会ったことのない人だ」社会に出たてのド素人な小娘が講師先生に噛み付いたもんだから、他の参加者たちから、変な子、大丈夫かしら的に心配までされてしまった。「あんたたちも何なのよ、こんな暴力的なひどい話し聞いて、すごいですね素晴らしいですねじゃないじゃん、おかしいと思わないの?!」 と福祉関係者のレベルの低さにがっくりする。
一緒に暮らしている、サチさん・タツオさん・ヨリコさん・キミコさん(全て仮名)・・・がサチさん・タツオさんそれぞれじゃないモノにされちゃう感じ、消されちゃう感じが怖くてたまらないのに、そこがぜんぜん伝わらない。それは、私もナツキでいられなくなってしまうってことだ。個人を無視して人間を掻き消すことが介護だって言うなら、そんなの暴力だ、介護なんかしちゃいけない!と訴えた。その私に講師先生は、「あなたはもう少し制度についても勉強しなきゃね」と言った。論点をズラしてうまく逃げられた気分だけが残った。今思い出しても悔しいやら呆れるやら・・・制度とシステムの番人でしかない人たち。福祉の世界にもナチスはあった。今も私の原点となっている“個を消してくるモノとの戦い”が、この時始まっていたように思う。

【いざ出発!】
 そういう訳で、アウシュヴィッツは折に触れ、私の生い立ちと共にずっと纏わり付いている。いつかは訪れるべき場所、対峙しなければならないことだと思っていた。しかし、できるなら、知らないままでいて考えずに済ませたいと思ってしまう。自分の悪を照らし出され、重い責任を突きつけられることは予想がつく。「怖い、行きたくない」と、やっぱり気持ちは尻込みしてしまう。反面、自分が何を感じ考えることができるのか、期待もしている。今年度の主任研修「ポーランド“アウシュヴィッツ”の歴史を、その地に立って“考える”」というテーマに、逃げずに向き合いたい。自分で考える大人であるために。

 以上が出発前に綴ったぐるぐるだが、次回は研修旅行後のぐるぐるを書きたいと思う。耐えがたい難局を、力を振り絞って生き抜いていく知恵と忍耐が必要とされる。地道に考えてやっていくしかない。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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