2014年08月15日

夏の夜に響く ★特別養護老人ホーム 高橋愛実【2014年8月号】

 銀河の里では、夏が来ると「さんさ隊」の太鼓の音が鳴り響く。
 ある日の夜、交流ホールから聴こえる太鼓の音に誘われて、私は繁雄さん(仮名)とカヨさん(仮名)と一緒に見に行ってみることにした。繁雄さんはとてもユニークな元大工さんだ。大工道具をもってこい!と突然仕事をはじめたり、こんなところにいられねえ!と眠らず車椅子を動かし続ける日もあれば、「むかし漫才をやっていた」と冗談のような話も出てくる。繁雄さんの多彩な語り口を追いかけるのは楽しいのだが、「一緒に感じる」ような関わり方は少ないように思っていた。カヨさんも自分のイメージでどんどん突き進んでいくような人で、カヨさんの言葉の向こう側は想像もつかない広い海のようで、いつもカヨさんの背中を追い続けているように感じていた。そんな2人と「一緒に感じる」ことができたら、と私の中に小さな期待があったのかもしれない。

 私自身、盛岡さんさ踊りの経験はないが、幼少期から聞き覚えのある祭りの音に懐かしさと高揚感を感じていた。日本の夏祭りのなかでは群を抜いて魅力的だと感じる。繁雄さんはさんさ踊りを前にすると、放心したようにしばらく眺めていた。「繁雄さん、どう?」と聞いてみると「見事だ、うまいもんだ」と笑顔を見せる。
 繁雄さんの反応がうれしくて、しばらくゆっくり眺めていた。隣にいるカヨさんも目を細めて見入っている。こんなふうに一緒に何かを見るということは、私にとってただそれだけで喜ばしいことだった。繁雄さんやカヨさんとひとつになっているようだった。ふと2人の顔を見ると、2人とも笑いながら涙を流していた。 「太鼓の音がいいなあ」と繁雄さんはつぶやく。カヨさんは身体を震わせながら何度も私の顔を見ては、言葉にならない言葉をこぼしていた。それぞれなにを思い出していたのか、なにを感じていたのかはわからない。繁雄さんとカヨさんの中にあった何かが引き出されたのかもしれない。私はそのとき、自分が生まれるずっと前の遠い昔から聴こえてくるような「夢」を3人で共有していたような気がする。
 人が踊り、音色を響かせることが、どうしてこんなに心を動かすのだろう。私たちはどんなに近くにいても「個」として引き裂かれているような存在だ。心を開いたり、閉じたり、繋がれた、繋がれない、という葛藤をもっている。その断絶を、「踊り」は大きなうねりのようにひとつに包んでくれる。幼少期の記憶だけではない、もっと遠い昔のいのちの記憶を呼びさますような力が「踊り」にはある。繁雄さんとカヨさんはその夜たしかにそれを教えてくれた。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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