2014年03月15日

さぁ でかけよう ★デイサービス 千枝 悠久【2014年3月号】

 一郎さん(仮名)はいつもデイホールの中を自由に歩き回り、廊下にある戸棚や冷蔵庫を開けて何かを手に入れている。初めの頃、その“何か”が、食べ物だったことが多かったため、お腹が空いて何か食べ物を探しているのかな?と、私は単純に考えていた。それくらい一郎さんの行動は自然だったし、結果としての行動だけを見ていたため、そう考えることしかできていなかった。
 やがて一郎さんの“何か”はどんどんカタチを変えていった。生クリームの絞り口が入った小袋だったり、ベーキングパウダーの缶だったり。食べ物ばかりではなく、いろいろな物を手に入れていた。そして、食べ物を手に入れているときも、どうやら、お腹が空いたからという理由だけではないことが分かってきた。テーブルの上に食べ物があっても見向きもせず、戸棚や冷蔵庫に向かうことがあったからだ。
 なんでなのかモヤモヤとしていたところに、デイスタッフの高橋さんの「なんでコーラじゃなくて・・・、ベーキングパウダーの缶なんて!」という一言が光を与えてくれた。冷蔵庫の中には、コーラの缶がたくさん入っていた。それにも関わらず一郎さんが手に入れたのは、戸棚に入っていたベーキングパウダーの缶だった。コーラを飲み物だと思っていないのかと思いきや、「これは缶入りの飲料だな」と、一郎さんは話していた。どうせ持って行くなら、おいしいコーラの方を持って行けばいいのに!という高橋さんの思いからでた言葉だった。
 「食べ物を探しているわけではなくて、一郎さんが良いと思った物を手に入れているのでは?」「コーラの缶を戸棚に入れておいたらどうなるだろう?」そんなことを話しているうちに、一つの考えが浮かんできた。一郎さんは、“狩り”をしているのではないか、と。
 フィールドを自由に駆け巡り、獲物を見つけ、それを手に入れ(あるいは手に入れた気持ちになり)また次の獲物を探す。私だってフィールドと獲物は違えど、同じようなことをしながら暮らしている。誰だってある程度、似たようなことをしているだろう。そう考えると、一郎さんの行動は、男として、人として、そしていきものとして自然な“狩り”をしているのではないかと思えてきた。そんな視点で見ていると、一郎さんとホール内を歩くのは、発見と感動に満ち溢れた冒険の旅になり、廊下の奥に置かれた冷蔵庫のドアを開ける時には、洞窟の奥の宝箱を開けるような気持ちになった。
 一郎さんとの“狩り”にワクワクし始めていた頃、デイサービスに新しく広政さん(仮名)が来ることになった。広政さんが来る前の週の金曜日の朝、ホールに特養の三浦さんと見知らぬ男性が来ていた。大きな体で杖をついて歩く姿からは威厳が感じられて、“社長”と呼ぶには固すぎず、“組長”と呼ぶには優しさと暖かさを携えていて、男としてワクワクさせられる感じは、なんとなく“忍者の頭”のようだった。「頭領・・・というか・・・」と、私が言うと、「校長先生をしていた人だ。イタズラを許してくれる校長先生!」と、三浦さんが教えてくれた。私が感じたワクワクと、三浦さんが嬉しそうに話す感じとが一致した感じがした。
その日の午後、戸來副施設長に会った時、広政さんについて話してもらった。里のショートステイを利用時のエピソードを教えてもらったのだが、聞けば聞くほど、一郎さんと同じ感じだと思った。広政さんも特養で、いろいろなもの(主に食べ物)を手に入れているらしい。朝、三浦さんと来た男性が広政さんだったとその時知った。忍者のお頭みたいで、イタズラを許してくれる校長先生で、一郎さんみたいに“狩り”をする人で・・・。と私の中で、広政さんのイメージが広がり、デイに来てくれる日が、楽しみになっていった。
 土曜日の夕方には、特養の万里栄さんから電話が入る。電話が取り次がれる直前、電話口から「電話でもいいのかな?」という声が聞こえた。その言葉に私は、大切な何かが感じられた。「こっちからも広政さんのことを伝えたくて・・・」という話だった。私が、一郎さんの“狩り”を話すと、「一郎さんが狩人なら、広政さんは悪ガキというか・・・私に、見つけてきた獲物を見せながら『取って来た』と悪ガキ同士みたいになったり、ルパンと銭形みたいになったり・・・」と万里栄さんは話してくれた。体重が増えてきているので、間食は少し控えて欲しいという。それより何より、やり取りが楽しい人らしいことが伝わってくる。“ルパンと銭形”で、すごく納得がいった。広政さんは、心を盗んでいくんだろうな、と私は思った。
 翌週、デイに来た広政さんは、初めは少し緊張していたみたいだったが、そのうち冷蔵庫へ行き、扉を開けた。“広政さんはどうするんだろう?”と関心を持った私は、「そこにコーラが入っています。」と、水を向けてみた。すると、「これにはアルコールは入っていないんだな。」と。どうやら広政さんは酒っこ狙いらしい。酒っこがないと分かると冷蔵庫は早々にあきらめていた。お昼前、「ジッとしているのは好きではないんだ。」と、隣のグループホーム第一へ向かった。扉を開けると、それだけで「おっ!」と、新しい世界を見つけた少年のよう。そして、第一の中を隈無く探索。2階へと上がる階段を発見!「おぉっ!」とそこでも新たな扉が開かれた。“よくぞ見つけてくれました!”嬉しく感じながら私も一緒に2階へあがる。
 「おぉ〜〜〜〜〜〜っ!!」2階から見える景色を見て、2人で驚きの声を上げた。私にとっては2階から見慣れた1階が見えただけのはずだったのに、広政さんと一緒だと、まるで苦労して登った山の頂上から麓を見下ろしたかのような気持ちになった。しばらく絶景を堪能した後、2階の奥の方へ進む。そこには、缶入りのバニラ味のエンシュア(栄養剤)がたくさん入った箱があった。「これも、酒っこではないですね・・・」と言いながらも、私の中では、“缶の中身はマッコリに見えなくもないし、もしかして酒っこに近づいていってる!?”と期待が高まっていっていた。そして、隣の冷蔵庫に手を伸ばす広政さん。なんとそこには、ノンアルコールビールが!「ノンアルコールですね。」と私が言ったら、残念そうに元の場所にそれを戻していた。“すごい!本当にあと一歩のところまで酒っこに近づいた!”
 結局、今回の冒険では“酒っこ”というお宝を手に入れることはできなかった。けれどもこの冒険は、広政さんの酒っこを求める嗅覚に、ただただ感心させられた冒険でもあった。どこかにきっと、広政さんの求める酒っこはある。そして、自分の足で探し回りいつかきっと手に入れる。そんな夢がふくらむ冒険だった。
 実際に歩き回るのも冒険なら、広政さんや一郎さんをはじめとした利用者さんとの出会いそれ自体も冒険だと思う。自分の足でどこまでもどこまでも探し回って、それでやっと出会えるのだと思う。そして、出会いだけではなくて、別れもあって・・・。出会って別れて、出会って別れて、クルクル回って大変だ。上から見ている神様も、どう思っているのだろう?いろいろ考えていたら、出発が遅くなってしまう。カバンの中を軽くして、私も出かけようと思う。
posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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