2005年04月15日

歩むという事 ★及川【2005年4月号】

 今年度から、部署が変わりGH2で毎日を過ごすこととなった。自分にとっては、銀河の里に入って初めて過ごした場所でもあり、里帰りに近い感覚でもある。福祉や介護というものを全く知らずに、ここに来た自分、 「少しは福祉や介護が分かってきたのかなぁ」という想いと、「そういう言葉にとらわれない一人の人として存在していたい。」という想いが交錯します。岩手に来てから2年8ヶ月、銀河の里に入って、2年5ヶ月、自分はどのような道を、どのように歩んできたのだろうか?GH2では、雪どけが始まり、ばっけなどの春の息吹が芽を出してくると共に、例年通りそれを待っていたかのように外を歩きはじめる利用者の方が、増えてきました。「家に帰る為」、「散歩」、「健康のため」理由も様々なら、歩き方も様々であり、ただ黙々と前に向かって歩く人、犬や近所の人たちに手を振りながら歩く人など、千差万別である。そういう歩きに、どう自分が寄り添っていけるかは、いつも自分に大きな何かを投げかけてくれる。どうしても一緒に歩きたいと思う場合もあるし、どうしても一緒に歩けない場合もある。その歩きを見ることさえしてはいけないのでは、と思う場合もある。何故、そこまで歩くということが自分にいろいろな感情を動かさせるのだろうか。自分が見ているのは、ただ単に歩くという行為だけではなく、その人の歩みなのではないだろうかと思う。それはただ単に、性格が歩き方に表れるとかそういう単純なものではなく、その人の歩んできた道、積み重ねてきた何かが、今歩いている道筋に集約されているようなそんな感覚になる。だから、簡単にはみれないし、一緒に歩くとなるとそれなりの覚悟も必要である。先日、利用者の方と2時間一緒に歩き続けた。日頃の不摂生もたたり、お互いふらふらになりながら帰ってきたのだが、そこには大きな充実感もあった。それは2時間の距離を歩き終えたという充実感ではなく、自分の歩みと、利用者の方の歩みが少しではあるが交わったという感覚が産んだ充実感ではないかと思う。そんな充実感をこれからももっとたくさん味わっていく事が、これからの自分の歩みを、かたちづくっていくのではないかと、本当に思う。 


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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