2006年08月15日

Fさんの渡り初め ★牛坂友美 【2006年8月号】

 Fさんの自宅庭には、立派な石畳みが敷かれていた。Fさんは、何もなかった家の庭に、北上川から気に入りの石を自転車に乗せては運んできて、庭に敷いたそうだ。それは雨が降ると、土が水を含んで凸凹になるので、これまでその度に自分で直してきたという。しかし、今では修繕が大変になり、転んでも危ないので、Fさんの了解の下撤去されることになった。
 その日、私はデイサービスの帰りいつも2番目に送るFさんを1番に自宅まで送っていった。家に着くと、Fさんの茶色や白の石はもうすっかり無くなって、そこには黒いアスファルトがまだ湯気を立てていた。それを見て、Fさん「お、大丈夫、こっちを通っていくから」と畑の中を通ろうとした。「いやもう大丈夫ですから、どうぞどうぞ」と業者の方が勧めてくれる。「お、そうか、じゃ・・」とFさんがゆっくり、ゆっくり歩いていく。私は後を付いていく。
「ただいま〜」と普段通り中に入り、Fさんの姿は見えなくなった。そして出てきた娘さんが、興奮した様子で私の腕に触れた。「今ね、おじいちゃんがこの庭を歩いてくるのを中で見ていたの、たった今完成したと業者さんが言いに来てくれたばかりなんですよ。そしたら、おじいちゃんが真っ直ぐ歩いてくるものだから、びっくりして。渡り初めのようだと話していたんですよ。このおじいちゃんの道を最初に渡るのは、やっぱりおじいちゃんなんだね、決まっていたんだねって、そう言って見ていたところでした・・・。」
 「神様は、やっぱり見ているんですね・・。」救われたように娘さんが話してくれる。Fさんは窓からにゅっと顔を出し、また“いや〜どうも”と頭を下げる。私は胸がいっぱいになった。私は何を感じたのだろう?
おじいちゃんの石を残したいけれど・・・そんな家族の複雑な想い、お前達に任せると言ったFさん、たまたまこの時間に到着した送迎車、「どうぞ」と言ってくれた業者さん、娘さんの震える体、その想いと、変わらないFさんの姿。この一時で、娘さんの気持ちがどんなに晴れたことだろう。そして私は、沸き上がってくる感情の強さに一人で驚いた。
 Fさんの大切な石は、庭から姿を消した。けれども、Fさんと娘さん、家族の強固なつながりを感じる。絆と呼んでいいのかわからないが、一人一人の心の中に、どーんと他者が存在しているのだ。石畳みを通じたFさん家族の想い、つながり、それはFさんの石が姿を消したことでより一層、私に生きる事のリアルを伝えてくれたように思う。
 「我が人生悔い無し!」と言ってのけるFさんと、自分の道を切り開こうともがく私達の世代。これから私達は、どんな橋をどんな色の世界に渡して、そこをどのように渡っていけるのだろうか。見ていてくれる人はいるかな。誰と渡るのかな。こんなちっぽけな自分が架ける橋も、誰かを支えて立っていられるだろうか。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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