2007年03月15日

杜に飾られたみずき団子より ★グループホーム第一 西川光子【2007年3月号】

 2月2日「悠和の杜」開店に飾るみずき団子作りがデイサービスで行われた。 今年はみずき団子作りが二回目とあって、皆んな張り切っての参加だった。 しかしテーブルに向かうやいなや 「なんたらうるせいな、わかね、わかね。」
 「われのどこさ帰れ帰れ、ほれほれ、ここおら達のどこだから、行った方がいい。」 淡々とした口調だが、鋭く心に突き刺さるような言葉が続く。
 「縄張り意識」で自分達の領分に他者を入れたくない感じが、無意識に働いた言葉であったろう。 更に「何やってんだ。はっぱとしねばねんだ。早ぐモタモタしねいでやれ。」
  怒りの言葉がぶつけられる。その迫力に立ち向かうように私の体は動いた。大きなボール、梅酢入りの粉、腕まくりで力が入る。ボールが動かないように抑えてくれる方の腕まくりにも力が入るのが伝わり、それを見守っているみんなの眼差しも伝わってくる。緊迫のなかで必死にこねる。
「手つきはいいなー。もういいんでないか」前向きの言葉がくる。「よしまるめよう」とちぎる。われさきに7つの手が次から次へと猛スピードで差し出される。二個いっぺんにまるめる人もいる。もう競争の雰囲気。ゆっくり楽しみたい私は、どの手に渡せばいいのか、切なくなってきた。でも一方で“すごい心の元気”とも思えた。元気の方に気を取り直して、スピードに乗ってみると、楽しくなってきた。それで作業はあっという間に終わってしまった。
 同じ色が重ならないように、各々のセンスで枝に団子がつけられ、華やかに仕上がった。「よいしょ」と大きな枝を持ち上げた時、白い団子が3個くっついて引っかかり、木の団子につながった。このハプニングに「わぁー」と喚声があがった。みんなのこころが突然一つにつながった。「言葉を越えた感動」とでも言いたいぐらいだった。言葉は時に人を傷つけ、とり返しのつかない武器になったりもするが、病める心の救いになったり、つながったりするのにも大切なものである。でもやっぱり最後は「言葉越えたもの」にこそ重要性があるのでないかと思った。
 店に飾られたそのミズキがどうしても見たくなり、ある夜、一人立ち寄った。夜空の星とともにみんなの思いを色とりどりに可憐に咲かせて、店を守ってくれているように感じた。   


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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