2007年03月15日

農と仮想1 ★理事長 宮澤健【2007年3月号】

 「脳」がブームである。一時期の遺伝子ブームが去って次は脳がきたのかという印象だ。しかし遺伝子にせよ脳にせよ騒がれるほど、矮小化され、本当に重要なところは理解されないまま流れ去っていくようだ。ブームという気分はそうしたものなのかも知れない。中高年向けの脳トレーニングシートも売り出されているが、最新脳科学の研究成果によって考案され、認知症予防に効果があると言われると、認知症恐怖症に陥っている現代人は飛びつきたくなるのなのだろう。認知症の威力を日常的に経験し、そこから生命の尊厳や超越性を感じている現場の人間としては違和感をもつところだ。
 そんなおり3年前になるが、脳科学の一人者である茂木健一郎が「脳と仮想」という本を出した。脳を機械物質的な実験データによる局所的な知見でとらえ、それを本質かのように言い振る舞う偽物が多い中で、その科学主義の偏狭に真っ向から挑むべく「クオリア」という旗印を立てて戦いを起こした本だと直感した。
一人の認知症の人間の尊厳を勝ち取るということは、たやすいことではない。むしろおとしめる方向の流れが轟々と音を立てているまっただ中で、我々は苦闘を余儀なくされている。濁流の怒濤のなかに立ち、科学の切断を廃し、関係を生き、それを物語ることでつなぎ直そうという努力は徹底的に少数派のマイノリティである。管理、計画、処置といった言葉でかたづけられ、いっちょあがりにされそうなところを踏ん張って、「出会い」「存在」「関係」などとやっていると、「怪しいやつ」と決めつけられ煙たがられる。「脳と仮想」を読んだとき「ここに同志がいた」と直感し感動した。
 早速、施設内でも何人かに本を紹介していたら、05年の箱庭療法学会のシンポジュームで河合隼雄がこの本を紹介し、茂木健一郎と対談をもとうという話をされたので、大いに期待していた。その後すぐに日本ユング心理学会で動いたようだが、何せ両先生とも多忙の日々にあって日程が組めたのが3年後だったらしい。
その会が先日、東京であり、参加した。しかし河合先生は昨年倒れられ、闘病中で二人の知的巨人の対談は実現に至らず、茂木健一郎と後継のユンギニアンの対談となった。二人の知の炸裂と、イメージの爆発の現場にこの身を置いてうちふるえたかったという願望は叶わなかったが、それでもこの会では大いに刺激を与えられた。
 「近代科学の手法は、人格形成に関して全くの無力である」「見えるものしか扱えないのが科学主義」「見えないものにこそ価値がある」「脳学者として科学の研究は続けるがそんなことと人生とは一切関係がないのが今の科学の現状」とまさに獅子吼であった。
 河合隼雄の元で30年以上も事例研究を旗印に新しい科学を模索し続けてきた日本のユンギニアン初め心理臨床家にとっても、田舎で細々と活動を続けている私たちも、腹の底から納得し、大いに溜飲を下げた感じの講演だった。
 ただ、ことは簡単ではなく、「今のところ敵は強大で勝ち目はない」「科学主義以外の手法は、手探りはされてはいるが、あまりに複雑すぎて使いにくい」という現状と、「本物と偽物があまりに似すぎていて区別がつかない。これをはっきり区別していく必要がある」といった多勢に無勢といった現状も語っていた。それでも「ゆっくりでも本当と確信できる道を行った方が楽しいじゃないですか」と知的巨人は実にフランクだった。
 彼は脳科学の専門家だが、私は農が専門、米を作っている。それを基盤に認知症の人と生活している。彼は「クオリア」を提唱したが、私は「コメリア」で、農を基盤に暮らしの中で、認知症者、障害者と生きようというのだが、それはクオリアとかなり近いはずだ。しかし科学主義の輩は脳科学でやれと、脳トレーニング、脳リハビリをおしつけられそうな勢いだ。茂木健一郎が語った「人生の問題がそんなことで片づくわけねーだろ」に同感だ。ともあれ同じことを語る「偽物」にならないように気をつけながら行きたい。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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