2013年01月15日

TERM90の存在の力(その2) ★特別養護老人ホーム 三浦元司【2013年1月号】

■ユキさん
 ユキさん(仮名)は、この通信にもよく登場する。ユキさんは特養の開設当初から入居しているすごくかわいい?人だ。特養は平成21年に開設されたのだが、いきなり特養に30名の職員が増えて、銀河の里の元々のスタッフが少ない中での1年目は最悪だったらしい。他の施設の経験者が各ユニットに配置され、全く里らしさは出せなかったということだ。利用者とスタッフの関係は、見事に“介護する側”と“介護される側”にきっぱりと分かれてしまい、定時の時間に退勤することが目的になっていたという。そこが目的になると、時間に向かってひたすら作業がこなされてしまう。そうなると作業が前面に出て、利用者は消える。扱われるモノになってしまって人間としては消されてしまう。人間の個性も人生も苦悩も全く見えなくなってしまう。利用者は、ただのおじいさんおばあさんですらなくなり、悪く言えば刑務所の受刑者と変わらない。そして管理されるだけのおとなしいお年寄り像を一方的に求められる。もちろん、そんなのおかしいに決まっている。当時の特養は介護工場になりそうで、スタッフはただの介護屋だったわけだ。そんなのが日本の介護現場の現状なのだという。確かに一律、平等の好きな日本らしい、つまらなさがそこには思いっきりある。そんな仕事なんかしたくもないと思う。でもそこが銀河の里の特養立ち上げの勝負だったのだろうと思う。10年のグループホームの経験を生かした、他にはない特養を作りたいというのが、特養開設の目的だった訳だが、簡単にはそれは実現させてもらえず、現実との過酷な戦いが必要とされたわけだ。もちろん銀河の里のことだから、しっかりと行くべき道を見失わないだけの人と力量があって、その困難な時期をなんとか乗り切ってこそ今があるというわけだ。
 私は特養開設2年目からのスタッフだが、当時もまだまだ厳しいところがたくさんあった。里らしい特養にしようという思い入れでスタッフも戦ったのだが、それを援護するかのようにユキさんも戦ってくれた。ベットに寝かせられたら、ベット柵をぶん投げて、這ってリビングに出てきたり、お風呂の時間だと言われても「オラは夜しか入らない」と激しく抵抗したり、浴室に連れて行かれても、「殺す気かーー!!」と大声をあげて、殴ったり蹴ったり引っ掻いたりと激しい抵抗をした。スタッフは、その時はいたたまれない思いをするのだが、そんなユキさんがいて頑張ってくれたからこそ、里はスタッフに利用者が完全支配された介護工場に堕落しなくて助かったところもある。大暴れと暴言で抵抗し続けたユキさんだったが、それでもまだ足らなかったのか、ついにはお尻に大きなジョクソウを作った。もちろん作ったと言っても自分で簡単にできる訳ではないのだが、それはどう見ても、口では足らないので、もう一つの傷口を作って語ろうとしたとしか思えないようなジョクソウだった。確かにそのジョクソウはスタッフを振り回し、治るまでに2年近くを要した。3年目に入り、特養が作業ではなく、里らしいやりとりで成り立ちはじめたころにそれは治る。そんなユキさんとも真正面から向き合い、勝負していたスタッフもいた。そんな関わりをしていると、介護屋さん達からは後ろ指を指されるのだが、手に負えない暴れ方をするユキさんなので、誰も近寄りがたく、彼らも黙認するしかなかったわけだ。毎日が戦争だったのだが、それはそれで介護作業屋になるよりは楽しかったという。そのうちユキさんはそのスタッフを通じて少女がえりをやる。意地悪で、かわいくて、反抗的で、素直じゃなく、特別扱いでなければ我慢できない、そんな少女を約2年もやり続けた。2年目から広周さんが新人スタッフとしてやってくると、彼を恋人やダンナさんにしてユキさんの少女は育っていった。3年目の昨年、少女期を終えようとするユキさんをふり返っての事例検討会を行った。3時間の検討会は興奮と感動の渦に巻き込まれるようだったが、私は「ユキさんは、これから先、何をするのか…」が気になった。そしてユキさんに対して興味がどんどん湧いた。
 そのユキさんのいるユニットすばるに私は昨年の4月から移動になった。すばるに異動した当初から、ユキさんは自分に対して当たりがものすごく強かった。怒鳴り、ぶん殴り、引っ掻き、文句たらたらのクソババァだった。ひたすらつっかかってくるユキさん。銀河の里で、私は普通のおじいさんおばあさんより、意味深な言葉を投げかけてきたり、手を上げる人、とっつきにくく、頭にくるような人の方が魅力的に感じていた。だから、「よっ!待ってました♪」とユキさんが大嫌いで大好きになっていった。
 その日は、朝からユキさんと私は一騎打ちでドンパチやっていた。原因は、『ユキさんの大切なティッシュを使った使わない』ということだった。他の人から見たら、そんなのどっちだっていい。新しいティッシュをもってくればいいと思うだろう。けれども、ユキさんも自分も一歩も譲らない。お互い声が枯れるまでやり続ける。もはや怒鳴り合いと、減らず口の戦いだ。ユキさんが本気なんだもの!オレだって本気でしょ!謝りなんかするもんか!絶対自分が正義であいつが悪者!そんなクソババァとクソガキの本気の戦いが午前中続く。戦いが終盤に近づくと、マシンガンのように出続けた言葉も底をつき“あっかんべー”だけの戦いになった。
 昼食中は、お互い相手の出方をチラチラと気にする。「箸を間違えでもしてみろー!第2ラウンドしかけるぞ!」とでも言いたそうに、箸を配る私を睨んでいるユキさん。「今日のメインディッシュ。鶏肉の照り焼きに文句でもつけてみろ!オレはいつでもいくぞ!」と私の心の中ではすでにバチバチ火花が散っている。ただ、すばるの昼食は「早く早く早く!早くだよー!」と煽る幸子さん(仮名)がいたり、フライング王の洋治さん(仮名)が手で食べ始める。それに対して「コラ!洋治!!川っぷじさ繋ぐぞ!」と鬼の形相で叱る祥子さん(仮名)がいたりする。周りの激しさにユキさんと私の対決はお預けになって、昼食時間はお互い出方を伺うだけにとどまった。
 事が起こったのは、オヤツの時間だった。この日のオヤツは、厨房特製のテカテカに光っているおいしそうなパンだ。しかし、過去に何度も誤嚥性肺炎で入退院を繰り返しているユキさんにはプリンが付いた。それを見たユキさんはここぞとばかりそのプリンに噛みついた。ついに戦闘開始「オラだってタダで入ってるんでねぇ!みんなさば大きな饅頭付いて、オラばりべちゃべちゃづいの!先生から証明書もらったもん!」と爆発。『オヤツはパンかプリンか』戦が勃発した。ユキさんの猛攻撃は、かの織田信長・桶狭間の戦いのような一点集中で攻めてくる。それに対し私は今川軍のようになってはいけないと必死に抵抗する。ある程度やり合った時点でユキさんが動いた。今までは、文句で攻撃を仕掛け、相手を討ち取ってからオヤツをおいしく食べていたユキさんだった。しかし、この日の猛攻撃は口合戦だけに留まらず、他の利用者のパンを取り、プリンとパンを自分の前に持ってきた。その時点でユキさんは息を荒くし、唇が震えていた。ユキさんがそういった行動をとったのは初めてだったが、私はいつもと違ってかなり冷静だった。ユキさんは、ソフトではなくパンを食べたいという気持ちもあるが、今日はそうではない『なにか』を訴えているように感じた。
 頭の中ではパンを食べようとするユキさんに備えて「吸引器の場所とスタッフやナースの勤務体制」を確認しつつ、ユキさんの中で動いている何かに「なんだろう?」と構えた。そして、その『なにか』が出てきた。私はまさかと思いながらたじろいだ。ユキさんは怒りと悲しみに充ち満ちた声でわめくように、今にも泣き出しそうな表情で私に向かって怒鳴った。「またガガ(奥さん)といなくなんのか!オラばり置いてって!そーだべ!いっつも二人!ガガとばり!出て行け!!オメだぢ出てったら、オラもこの家出てくから!ガガと行けばいい!オラばりだ…」
 ユキさんは、夜寝る前に語ってくれることがよくある。農家の仕事について。千葉に出稼ぎに出ていた時の話。貧しい時代の話。旦那さんの話。子供を3人産んだ話。長女さんや次女さんの話…。ニコニコでたくさん話してくれる。1時間以上かけて、人生の出来事を話してくれることもあった。でも、長男さんの話だけはユキさんはしなかった。以前、長男さんのことを聞くと、ユキさんはニコニコはしていたものの、声が小さくなり「息子は…ずっと会ってないの。とってもいい子だったんだけどね。結婚式挙げたんだよ。でも何ヶ月かして、オラが畑さ行ってる間に…いなくなってしまった…。そっから会ってないねー。今はどこにいるんだか…」と言った。息子さんは父親であるユキさんの旦那さんの葬式にも顔を出さなかったらしい。

 『なにか』が起こったその瞬間、私がユキさんの息子さんになっているとすぐに感じた。全く返す言葉が出てこない…。ユキさんの一番の深いところ、もしかしたら生きている内は語らず墓場までもっていったはずの心の奥の深い語り。「オレはユキさんの息子じゃないよ」とも言えず、かといって息子さんのフリをして、謝ることも出来なかった。しかし、私の中でユキさんに対しての怒りと悲しみがふつふつと湧き上がってきて、私は息子さんになっていた。なんとも言い表せないやるせない悔しい感覚が襲ってきた。とたんに時空が変わり、他の利用者やスタッフの音や声が消え、ユキさんの言葉しか聞こえなくなって二人きりの世界にいた。一方ユキさんは何度も何度も後ろを振り返り、そこにいる『誰か』と相談しているようだった。ユキさんは、一言伝えてくるたび、後ろにいる『誰か』に「そうだもんね」と小声で話しかけている。ユキさんは心の中に住む、息子が出ていったあのときの自分と話しているのではなかったろうか。私は、私の後ろに息子さんがいて、私の体を突き抜けてユキさんの言葉が息子さんに語られている感覚だった。異次元の不思議な感覚だった。
 その時間は、5分程度だったと思うが、長い時間に感じた。その後ユキさんはプリンだけを食べて、パンには手を付けなかった。ユキさんの長年の息子さんへの想いや恨みや色んな気持ちは語れたのだろうか、これで終わりなのかまだ語るのか・・・。
 少女期を終えた91歳のユキさんは、さらに第二期の少女期を巡るのかと思ったが、何か重要なことを語って、新しい章に入っていくのかもしれない…。


posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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