2013年01月15日

追伸 ★施設長 宮澤京子【2013年1月号】

鷲田清一先生
 先生宛の手紙を、先月号の「あまのかわ通信」に書いたものの、手紙を出せず年を越してしまいました。
 『老いの空白』についての私の違和感に対して、理事長から「あなたの読み方、間違ってないか?」と指摘されました。「老いは空白ではない!」と怒る私に、「老いが文化として空白であることを指摘し、その文化を模索している本じゃないか」と言うのです。私は、著者自身に「老いは空白だ」という観念があるからこんなタイトルになったのでは・・という偏見を捨てきれずにいました。そんなやりとりをしているところに角川ソフィア文庫の新刊(12月)鷲田清一著『大事なものは見えにくい』の帯に、“日常の違和感から考える「鷲田哲学」エッセイ!”との文字が目に止まりました。先生が「違和感からものを考える」ことと、私が偏見で違和感を持つのとでは、まるで違うことは重々承知のうえで、哲学と現場の「とっかかり」を模索している私のあがきと寛容に受けとめて頂きたいのですが・・・。理事長は、「空(くう)は大事で、それはカラで白ではなく「空実」で、そこから全てが生まれる空なんだ」と言います。私共の現場の実践は、その「空実」から何が生まれてくるのかを問いかけてきたつもりです。それが本当に空白を埋めることのできる意味のあるものかどうか先生に見てもらいたいと願っています。
 私は「違和感」が高じて「怒り」に結びつく傾向があるので、自分でもよくよく気をつけなければと自戒しているのですが、どうしても「怒り」に結びついて、悶々とする日が続いていました。
 そんなおり、正月にNHK主催の第39回「日本賞」のグランプリに輝いたスペインのアニメ映画『皺 しわ』(パコ・ロカ作)を家族で見ました。老人ホームで暮らすことになった認知症のエミリオと天涯孤独のミゲルの二人の老人の「友情」を描いた作品でした。ややもすると介護や深刻な認知症が問題として取り上げられやすい中で、老人ホームで暮らす高齢者側の内面が描かれたこの作品は、アニメということもあり、心情的にすんなり入ってきました。いろんな場面でじわっと心が温かくなり、見終わると人との繋がりに「希望」を託せるような気持ちが湧いてきます。
 この作品の老人ホームの2階フロアーは、「重度の認知症」の方や寝たきりの方が生活しているという設定になっています。時々叫び声が聞こえ、1階に住む老人達には「あそこに移されたらおしまい」という認識があります。二人の関係が同室者から友情を持つ関係になると、ミゲルは認知症検査の日に、エミリオが2階に移されないように、あの手この手と小細工をします。やがて「帰りたい」と興奮するエミリオと二人で「ホーム脱出」の大冒険を実行します。ミゲルは老人ホームの入居者から巧みな話術で巻き上げてきた隠し貯金を使いきって、「自由」を求め、認知症のエミリオの運転で出発するのです。この脱出劇の結末は語らないとして、私は二人の純粋な情熱に感動し、その大胆な行動に少年の輝く目を見るような気がしました。老人ホームで出会った同室者にすぎない二人が、友情を育てていく過程が感動的です。認知症の深まるエミリオが、失意からプールに飛び込んだと勘違いしたミゲルは、服を着たまま一緒に泳ぐという出来事から彼らの「友情」が始まります。そして命と全財産を賭けた脱出大作戦を体験することで、その友情が「絆」に育っていきます。しかしその大事件以来、1階フロアーには二人の姿はありませんでした。
 このアニメには、認知症の高齢者が繰り広げる豊かな世界を描いたエピソードがちりばめられており、そこには「問題行動」や「妄想」として見る冷たい客観的な視点ではなく、作者パコ・ルカの人間を見つめる暖かさと、厳しく透徹したまなざしを感じさせられます。
 この二人の友情はアニメ映画という芸術作品として提示されて、私たちに伝わるのですが、こうした一般に見え難い世界のことは、現実では誰にも知られることなく、本人さえ意識することなく、消し去られてしまいます。見えないものは、違った視点を意識的に持って見るように努力しなければ永遠に見えないものなのでしょう。この作品でも二人は認知症が進んで「徘徊をする困った老人」として扱われ、2階フロアーに移されます。問題として捉え、それを処置してしまうことで、多くの認知症老人が消されている現状が多々あります。二人に芽生えた友情のような、人と人の繋がりや関係性に視点が当てられることは少ないのです。
これはアニメの話であって、実際には認知症の人の友情なんかあり得ないと考える人が大半だと思います。でも実際にはそうした深い関係は数多く起こっていると思います。ただ、それは見えないものが見えてこないと気がつきません。アニメの作者の芸術家としての目は、それを逃さなかったし、芸術はそこにこそ価値を見いだします。そうした視点や価値観が、日本の介護や福祉を含めた、老人を巡る世界にほんのかけらでもあるでしょうか。それこそ空白です。

 正月にこのアニメを見ながら、昨年グループホーム協会に「重度生活支援」の事例として提出したケースが重なりました。まさにそこにも友情があるのです。少し長くなりますがそのケースを紹介します。


事例1:Aさん74歳 男性
 Aさんは60代で認知症になり、銀河の里のデイサービスを利用していたが、他のグループホームに入居が決まった。ところが入居後3ヶ月のうちに、離ホームが繰り返されたのと、モノ集めや多飲水、異食、奇声などの周辺症状が激しくなって、精神病院に入院となる。デイサービスでの関わりから、当方のスタッフが病院にお見舞いに行くと、すっかりやつれて、薬も入ったせいで廃人のような状態だった。変わり果てたAさんを「何とか蘇らせたい」との思いで受け入れを申し入れた。主治医は「グループホーム対応は無理」との判断だったが、奥さんの「もう一度人間らしい生活を」との強い願いが後押しとなり、Aさんは銀河の里にやってきた。入居して数ヶ月で精神薬の服用を止め、本来のAさんが戻ってきた。それから10年を経るが、いろいろな経過を辿りながらもAさんは今もグループホームで元気に過ごしている。
 4年前からAさんは言葉を発しなくなり、その代わりに、うなり声で気持ちを表現するようになった。スタッフはAさんのうなり声から、体調の変化や様々な要望や微妙な気持を読み取りながらのコミュニケーションを軸に過ごしている。

事例2:Bさん81歳 女性
 Bさんは、他のグループホームに入居し4年間過ごすが、介護抵抗が激しいとの理由で、精神病院に保護入院となった。退院後も介護拒否は変わらず異食、不潔行為が激しくなり、退去を迫られグループホーム銀河の里に移ってきた。
 入居当初は、異食が激しく、ほぼ毎日、自らの便を口にした。身体に触れられることに怯え、入浴・着替え・食事等介護全般に抵抗し暴力的な行為も見られた。閉じこもって、部屋から出てこず、食事も3食とも部屋で摂った。
 入居当日、顔面外傷の痕が生々しく、紫色の内出血が顔半分に広がっていた。顔を伏せ怯えるようにうずくまり、髪の毛は伸び放題で、洗髪もしていなかった。ご家族に「何か心配なことは?」と聞くと、「ただただ、便のことです。壁に塗りたくるのが一番困っている」と不安そうで、本人の凄まじい形相と家族の憔悴した表情が痛々しかった。
うずくまったまま顔を上げなかったBさんは入居して1週間で段々顔が上がっていく。発語はほとんどなく、たまに「ダメなんでしょ?」の言葉が聞かれた。
 入居半年で精神薬を止める。異食はかなり減り精神的にも安定してきた。入居1年目には異食はほとんどなくなり、言葉で主張をするようになり、ほぼリビングで過ごし、外出・外食にも参加し、楽しめるようになった。
 介護への抵抗は時々あるものの協力的になる。リビングで過ごせるようになったばかりか、他の居室にも入るなど行動範囲も広がる。閉じこもりから逆に、利用者間のトラブルが気にかかるくらいになった。現在3年目だが、リビングのソファに陣取り、守り神のような存在のBさんにスタッフは癒されるという。

 当初、Bさんには、怯えや不安、不信が渦巻いており、それが拒否や暴力に繋がっているように感じた。しばらく会話は通じずコミュニケーションが難しい状態が続いた。
 入居当初の3ヶ月は、ほぼ毎日便を食べた。まるで自己完結するかのように口にする。その処置をしようとすると激しい抵抗にあう。スタッフは予防や処置に躍起になって対立的になるより、異食後の対応がBさんと関れるチャンスと捉え、スタッフがそれぞれの工夫で関わりを始めた。ガムやチョコレートと物々交換が成立して、緊張が緩んだところで、お茶で口をすすいでもらうなどいろいろ挑戦した。失敗すると指をかまれたり、頭やみぞおちにパンチが飛んできたり、脛に蹴りを入れられたりと悪戦苦闘だった。そのうち「のどを見せて下さい」とか「歯医者さんです」で、口を開けてくれるようになった。やがて自分から、便をコップやお皿に載せたりして渡してくれるようになった。ついには「お願いね、きれいにしてね」と言葉が出るようになり、スタッフとの関係ができるにしたがって異食は消えていった。
 不思議なことにBさんは事例1の男性利用者Aさんと近しい感じになった。言葉でのやりとりはないが、いつも一緒に並んで過ごすようになった。Aさんも他のグループホームから精神病院に送られ、銀河の里に入居になった経緯がある。Aさんとの関係でBさんの居場所ができ、お互いの部屋の行き来をしたり、リビングのソファで一緒に並んで座る姿がお決まりの風景になった。


憤り:まちがった対応が、周辺症状を悪化させた典型!
 この二つのケースは、認知症に理解のない施設のまずい対応に、周辺症状が極限まで悪化し、悲惨な状況に陥りながらも、グループホームの場で豊かな関係性を取り戻していった例です。もともと社交的ではないBさんにとって、グループホームで集団生活を余儀なくされたことはかなりのストレスだったと思われます。そのBさんに、集団生活の大義名分による管理、命令、指示は、傷つき体験となったように感じます。現在、精神薬を全く必要としないAさんBさんを思うと、介護現場の対応のまずさでこうした悲劇が繰り返されることに無念を感じます。
 むしろ異食はBさんにとっても、スタッフにとっても救いだったのです。異食はBさんとスタッフを繋ぐ、唯一の通路でした。現実、排便を食べるというのは強烈な迫力があります。ただどうやっても避けられないので、あとはそれを渡してもらってきれいにするしかありません。この勝負が毎日Bさんとの間に繰り広げられました。手を合わせ拝み倒して渡してもらったり、物々交換で成功する人など、毎回真剣勝負です。異食は1年2ヶ月に及びましたが、その間、Bさんの周囲との関係性は劇的に変わっていきました。本来のBさんが戻ってきただけではなく、Bさんらしさが先鋭化されているように感じます。その人らしさの先鋭化は老化の特徴なのに、介護側の不安から圧力を加えて周辺症状を悪化させるのです。人間は自分の個性の先鋭化を必要とするのかもしれません。ヒルマンは『老いることでわかる性格の力』で「高齢期は性格が輝くためにある」と指摘しています。Bさんは先鋭化を成し遂げ、ストレートなセリフでスタッフを鍛え、グループホームの暮らしを盛り上げてくれています。上っ面な理念や目標を謳い、マニュアルで「一丁上がりの介護」をしていては、全く見えてこない世界がそこには隠されています。

発見:深い次元での出会い
 一方、Bさんが自分らしさを取り戻す過程で、事例1のAさんの存在は重要でした。Aさんも他のグループホームで病院に送られ、二人は同じようなひどい経験をしています。二人の「親和性」がなぜ生まれたのかは知るよしもないのですが、二人はお互いの部屋を行き来したり、ソファに並んで座って過ごすペアになっていきました。そこには、私たちが考える「うまがあう」とか「友情」とはまた違う、人間存在を傷つけられたもの同士が、深い次元で「出会っている」と感じさせられます。Aさんとの関係がなければ、Bさんの心はもっと長く閉ざされ続けたかもしれません・・・。Bさんの心を開くために、言葉を発しないAさんの存在は必要だったのです。

 お二人とも言語的なコミュニケーションは難しいので、告発や真意を直接聞くことはできませんが、それはひとつの優しさのようにさえ感じます。先生の言われる『大事なものは見えにくい』に繫がる秘儀なのかもしれません。

 私の憤りは、「怒り」を超えて「凄いこと」の発見でしか癒されないようです。どうか、先生の卓見で、この発見とその意味を深めていただきたいと願っています。
 長い追伸になりましたがよろしくお願いします。





posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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