2013年01月15日

わら打ち作業で、心を打たれた私 ★特別養護老人ホーム 高橋菜摘【2013年1月号】

 ユニットほくとの茂樹(仮名)さんは、怒って騒ぐので、何カ所かの他の施設で利用を断られて銀河の里の特養にやってきた。入居当初は激しく怒るだけでなく、外出に誘っても拒否する人だった。一昨年の春に特養の前のりんご畑の植樹に出たが「寒い」「帰る」と怒って目をつむったままだった。一年のうち外出はそれだけだった。ユニットから出ることすらほとんどなかった。それが昨年は田植え・花火・誕生日ドライブなど・・いっぱい出かけられたし、楽しんでくれた。怒らなくなって外出も楽しめるようにずいぶんと変わってきた。そこで私は、デイサービスの軒下で行われる、しめ縄作りにも誘いたかった。かなり前から誘ってみたのだが、そのたびに「いいよ」とOKだったり「行かない」と断られたりしていた。気まぐれはいつものことだが、当日の気分と、どう誘うかで決まると覚悟していた。
 12月20日の当日の朝、私が誘うと「先にしごいてから打たねばねぇの」とやる気十分で答えてくれたので嬉しかった。その後熟睡して入浴も出来なかったにも関わらず、しめ縄作りの始まる直前には起きて「行く」と言う茂樹さんには驚いたが、よしと思った。それでも雪がはらはらと舞う天気で、寒がりの茂樹さんだから、外に一歩出たら怒りだして気が変わるんじゃないかと心配だった。ところが会場について車から降りると茂樹さんは「いいね」と微笑んで、わら打ちをするみんなの作業を眺めた。
 里から集まった20人ほどの利用者とスタッフが、切り株の上にのせたわらを木槌で叩いていた。屋外なので会場には焚火もあった。手際よくぱっぱと作業を進めていく、じいちゃんばあちゃん達。全くやったことのない若いスタッフが教えてもらいながら、危なっかしい手つきでわらを打っている。そんな光景に私も「いいな」と感じた。
 「茂樹さんも打つ?」と聞くと「いい、見てる」と言うので、私も茂樹さんの隣に座って、皆の作業を見守ることにした。そのうちデイサービスからおしるこがふるまわれたので、作業をしていなかった私と茂樹さんは一番にそれをいただく。毛布にくるまっているので手が出せない茂樹さんの口元におしるこを近づけると一口飲んで「おいしい」と、とても良い表情をしてくれた。私は少し幸せな気分になって二人でほっこりと過ごしていた。そこへしめ縄作りの担当の三浦さんが白い息を吐きながらやってきて元気いっぱいに「茂樹さん、どうですか!!」と大きな声で言った。私は穏やかな時間が突然引き裂かれた感じでビックリしたのだが、茂樹さんは力強く「最高だよ!」と返した。これには私も三浦さんも予想外で、驚いて一瞬思考が止まった。三浦さんが「どこが最高ですか」と聞くと「この音聞いてるだけで最高だよ」と茂樹さんは語ると、突然その目から涙がこぼれた。
 茂樹さんはかつて大工だった。東京で大きな建築物を建てた話や、山で苦労した話をしてくれたり、ユニットを見回して「あの柱じゃだめだ」と、普請のために道具を持ってくるよう要求することもある。怒って取っ付きにくい感じなのだが、子どもや孫の事をいつも気にかけていて、スタッフが子どもや孫と重なって優しい顔をして声をかけてくれることもある。私はこの約2年間の茂樹さんとの日々が蘇り、茂樹さんの「最高だよ」に自然に「そうだね」という言葉が出た。茂樹さんにとって、みんなが集まって何か作っている作業の光景や音は本当に最高なんだろうなと感じた。茂樹さん自身が作業そのものをやらなくても、できなくても、そんなことはどうでもよくて、やはり最高だったんだろうと思う。一緒に来れてよかったと心から思った。
 1時間ぐらい見学して、おしるこをおかわりして、焚火の前で暖を取っていたのだが「寒いから帰ろう」と茂樹さんが私に言った。怒りじゃない、ごく普通の言葉に私が驚く。「じゃ帰る前にお礼を言って帰ろう」と私は話しかけた。「最高だ」という言葉から、どこかお礼を言ったほうが茂樹さんにとっていいと思った。すると茂樹さんは「どうも、ありがとう!!」と大きな声で叫んだ。ちょうど近くにいた三浦さんも、その声にビックリしながら、茂樹さんの特別の言葉を受け取って喜んでくれた。
 車に乗りこみ「今日よかったね」と声をかけると「よかった」と言ってくれた。「来年も行く?」とたずねると「行くよ」とハッキリと応えてくれる茂樹さん。いつもどこかに出かけて、楽しめていても、また来ようねというと「もう十分」「もういい」と言うことが多い茂樹さんなのにこの日はちがった・・。
 特養に戻ると、みんなにも「良かったよ」と伝える茂樹さん。いつもの席に戻って「今日一緒に行けてうれしかったよ」と手を握ると「よかったよ」と茂樹さんも笑顔で手を握り返してくれた。毛布にずっとくるまっていた茂樹さんの手はとてもあたたかく「あったかいね」と言うと「あったかいよ〜・・・よかったよ〜〜」と言いながら私の手を繋いでブンブンと力強く上下に振る。これは初めてのことだったので驚いたが、今日の茂樹さんの気持ちなんだと感じて嬉しくなった。茂樹さんは「さぁ、あったかくして、帰りましょう!」と私を誘うので「もうここに帰ってきたんだよ。ここが帰るところ」と話すと「そう、ここに帰るんだよ」と暖房の前に行って「あぁ〜あったかいよ」と幸せそうな顔で眠りに入った。
 この話を誰かに伝えたくて、事務所の中屋さんに話した。「すごいね。茂樹さん変わったね。よかったね」と言ってくれた。その言葉を聞きながら、この2年の日々と、今日という日がどれだけすごかったのかということが実感として迫ってきた。
どこにも出かけず、ユニットで腕を組んで怒ってばかりだった茂樹さん。その茂樹さんが、「最高だ」と言い、みんなにお礼の言葉まで投げかけ、柔らかな優しい表情で私を包んでくれた今日の出来事は何だったのか。何もできない困った人にされ、介護されるだけの日々では怒りも爆発しただろう。みんなでトントンと音を響かせている、わら打ち作業の光景は、自分が作業に参加しないまでも癒される何かがあったのだろう。怒りに隠れて、今までは見えなかった怒りの向こうにいる本来の茂樹さんがかなり見えるようになってきた。しめ縄作りの会場で、茂樹さんの隣にいて、今までとは全く違う茂樹さんに触れることができた。それは私にとって感動の体験だった。これからもいろんな茂樹さんと出会っていきたい。



posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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