2013年01月15日

里の音楽だより「―音をつかめ!」【2013年1月号】 グループホーム第2 佐藤寛恵

去年、私がベースを持つことになって、はじめてのライブがグループホームの利用者、豊さん(仮名)の99歳誕生日だった。それが3月だったからもう1年になる。それからライブを何回やっただろう。初めは演奏をお願いされてから練習を始めるような受け身だった。やがて音を楽しんでいるうちにそれだけでは物足りなくなって、里バンドから派生ユニットも生まれ、それぞれが自主的なライブの企画もするようになった。そのうちピアノとドラムも加わって、11月にはワークステージの「たらふくまつり」からはじまり、すばるユニット、ことユニットと、たてつづけに大忙しで3公演をこなした。そして総まとめとして外部にお披露目デビューを果たすという目標があったわけだが、ついに12月23日、その念願の里バンドデビューライブを行なうことができた。3月の時点で、もやっとだがデビューライブを意識していた。とはいえ外部のお客さんに聴かせるまでにやれるのかどうか直前まで悩んだ。チケット代も悩んだが、ドリンク付きで100円。ドリンクの方が高いくらいの!?入場料だったが、お心遣いの募金箱を設けさせてもらって募金もいくらか寄せてもらった。
デビュー初ライブ直前の楽屋では、緊張感をみなぎらせて3人娘が心細くこたつに座っていた。緊張と乾燥で喉が乾いて水分を摂り続ける木間さん(ピアノ、ヴォーカル)、「えぇ!?お客さんいっぱい入ってます〜」と緊張で胸の張り裂けそうな川戸道さん(ドラム)、練習からずっと本番に不安を抱いていた二唐さん(ヴォーカル)である。そこへ当日までリハーサルができず、ぶっつけ本番の司会となった詩穂美さんの顔が強張っている。酒井さんはいつもの通り、本番前には言葉が全く通じない(気持ちがライブに切り替わっている)。私はみんなを緊張させまいと普通にふるまう。いや本当は、大丈夫だとは思いながら本当に大丈夫なのか!?と揺れ動いて、緊張する余裕さえなかった。実は私は前日の夜に体調不良でダウンした。他のメンバーも数日前に風邪でダウンする人が続出していた。そんななか、頼むから、みんな楽しめますように!と何度も何度も願い、祈りながら本番の舞台を迎えた。
ライブの度に、音を合わせるということに、こんなに壁がいくつも現れてくれるものなんだろうかと戸惑うほど、必ずドラマがあった。そのたびにヒヤヒヤし、それぞれが自分自身と向き合って葛藤し、目に見えないところで成長を余儀なくされた。その葛藤はいつも突然現れて自分自身を動けなくする。迷宮に迷い込んだみたいに、解決策なんてものはみあたらない。不安にさいなまれながら、考えてもどうにもならないことは分かっている。音を出してもどうにもならず、音を出さないことで自分自身を見つめ直すときもあった。いつもそんな感じで、ライブは成功するだろうかと揺れながら本番までの日々を過す。
 私の初ライブでのこと。自分の作った詩を読んでいたのだが、その詩を読むという心がお客さんの前で負けてしまった。用意しているどの詩を読んでも、早くこれを読み終わりたいとしか思えない自分がいた。なんとか心を整えようと酒井さんのソロ中に抜けて外に出た。ああ、もうだめだと思っていると、暗闇の中、理事長と哲哉さんが、私の車のパンクを直してくれていた。自分の車がパンクしていることすら私は知らなかった。裏で支えてもらっている。ああ、里ってこうなんだよなぁって感じて、これを詩にするしかないとその場で即興の詩を書いた。急いで作ったので詩といえるかどうかあやしいものだったが、そのとき私が伝えたいことを、それ以外の手法で言葉に心をのせることができないことも分かっていた。その詩を声に出して読んでいるうちに涙が出そうになった。そこからやっと気持ちのエンジンがかかった。ライブ前はもちろんのこと、ライブ中だって何が起こるか分からない。
 場数を踏んできたこともあってか、ライブに向かう気持ちは1年前とは全く違うものになっている。私だって私の音を奏でたい。バンドもメンバーそれぞれがその人らしい音で楽しんで
欲しいと思いながらみんなを信じるしかない。
 ベースと平行して私はピアノも弾きたくなった。音づくりは楽しいばかりではいられない。音に成るのはやっぱり苦しい、苦しいけれど私でいられる。私でいられる自由はたまらなくうれしい。思うように音が奏でられないことばかりで、それはとてもとても怖い。それでも音に向かう。見つからなくても、音を奏でる。そうするとわたしが、そこにいるのがよくわかる。私の弱さがよく分かる。
 失敗がそれほど怖くなくなった。いや、失敗したくないが、でもそれにとらわれていては自分の音を見失って、音が死んでしまう。楽しめ、楽しめ。楽しめるところまで、楽しめ。23日のライブでは酒井さんではなく、私がピアノで突っ走った。初めてだった。酒井さんは「何か合わねえなあ」とすぐに分かったようだ。本番でこうなるとは予測もしていなかっただろう。
 酒井さんの音は聴衆をあっという間に飲み込んでしまう。隣でベースを弾いている私さえ飲み込む。私はまだ感情の殻を破りきれず、酒井さんと対等にはまだまだ戦えない。それで私はピアノを弾いてみようと思った。ピアノでも感情をむき出しにしすぎて、互いの音を消し合ったこともあった。それでもやっと、「カモメ」という曲で優雅に海を越えていくカモメの姿をとらえることが出来るようになってきた。どれほど合わせても終わりがないが、もっともっと良くなると思って練習していると新しい発見がいつもある。
メンバーだけではなく支えてくれる人のまなざしも心強かった。グループホームの利用者の守男さん(仮名)はこの一年、その都度、的確な言葉を私たちにくれて、エールを送ってくれた。今年がどんな年になるか、まだまだ分からない。それでも今年はこれをやるんだという方向性はある。里では、これからいろいろなユニットが出てくるだろう。23日のライブをさらに越えられるように各人が成長していきたい。
 「里バンド」は仮の名前だが、もう少しバンドがパワーアップしたら、自然とバンドの名前も決まるだろう。いつかぴったりの名前が決まる日が来ると思う。まだまだ発展途上の里バンドだが、未開拓の場所がたくさんあるので、枠にとらわれずに自由に音楽を楽しんでいきたい。
里の人や、地域の人たちにも楽しんでもらうことができれば幸いです。どうぞ里バンドをこれからもよろしくお願い致します。
12月23日の裏話は次回をお楽しみに。



posted by あまのがわ通信 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。