2012年02月15日

豆まき ★佐藤万里栄

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今月の書「誠」 ★特別養護老人ホーム 山岡睦【2012年2月号】

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人を思い
心を尽くす

誰かがいて
自分がいる

そう思えること

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幸せな時間 ★特別養護老人ホーム 加藤祥子【2012年2月号】

 特養ユニットの早番は一日を決める重要な位置にある。ひとりひとりが朝起きるとき、今日の調子や、気分などをつかみ、利用者がどう動くかも予想しながら、ユニットの1日を構成して行く。日勤がやってくるとそれを伝えてチームとして1日の活動を本格化させる。ただし早番は1人でユニットを見ている時間もあり、作業も多くて、体がもう1つあればいいのになぁと思う。銀河の里は特養とはいえ、認知症対応の伝統があるので、動きのある利用者も多く、起床介助に居室に入りながらも、リビングで動きのある利用者も把握しながら作業を進めることが求められる。
 1日が始まる瞬間に立ち会えるので、言葉だったりイメージだったり、利用者の様々な動きが見られて楽しい。朝遅くに起床する人が多い日は、おせおせでバタバタになる。起床時間がそれぞれ自由なので、利用者はいつ起きてもいいのだが、スタッフが少ないので、食事介助や動きへの対応、起床介助が重なると余裕がなくなる。あれもこれも頭で考えすぎると自分の動ける範囲を超えて、いっぱいいっぱいになり自分を失いそうになる。余裕があると思っていても、急にてんぱってしまう現象が私を襲ってくる。早番はこの現象に陥りがちで、気をつけていても、突然やってくる。自分を見るもうひとりの自分の力が私にはまだ足りない感じがする。忙しくなっても、ゆとりを持って全体がみわたせるような安定感が私の課題でもある。
 先日どうしようもないくらい時間に追われて、座ることもできない忙しい早番の日があった。その日は、9時をまわっても4人が起きておらず、それが食事介助の必要な人ばかりで私はぐるぐるして混乱していた。10時が過ぎて、なんとかみんなの朝食が終わった。次は10時のお茶タイムがある。座れない自分にいらつきながら、ピリピリしていた。 その時、後ろから私の腰を指でちょんちょんとつつく人がいた。振り向くとサエさん(仮名)だった。サエさんは元教員で凛とした姿勢で、厳しく指示や指導をする人だ。ちょっと近寄りにくい時もある方だ。そのサエさんが、ニコニコと穏やかな表情で「あそこにあるコーヒーもらっていいですか?」と話しかけてきた。後ろからツンツンも驚いたが、コーヒーを飲んでいいかと、座って休めと言ってるようなその言葉と雰囲気に、ピリピリしていた私の心がふわっと柔らかいものに包まれた感じで自分を取り戻せた。頭の中で、焦って膨らんだ忙しさが、吹っ飛んだ。

 新しくココアを入れて一緒に飲もうとサエさんの横に持っていった。すると今まで寝ていたフユさん(仮名)が、サエさんと私のやりとりを見ながら微笑んでいる。まるで「んだんだ、座れ座れ、休め、休め」と言ってるようだ。そこで3人で身も心も温まるココアを飲んだ。フユさんは「うんめな、うんめな」と笑顔だった。サエさんはいつも「風吹いている、吹かせている」とよく言うので、私が「今日は天気がいいですね。やっと風もやみましたね。」とバタバタしていたイメージをあてて言った。そしたら、「もう風はやみましたよ」と笑顔で答えてくれた。
 休んだ時間は10分もなかったが印象的ないい時間になった。まして、ハッパをかける役のサエさんにこんな感じで助けてもらえるとは驚きだった。
 利用者はよく見ている。そして助け舟を出してくれる。早番は作業が多いけど、そんな時は、利用者に支えてもらいながらやっていくしかないと思った。1人で抱え込まず、見守ってもらいながらやれるんだと改めて気付いた。苦しいくらい忙しかったなかで、サエさんのその時の態度はありがたかったし、そこで訪れた時間はすごく貴重だった。目が回るくらい忙しいからこそ、少し座ってココアでも飲んだらいいのだ。サエさんチョンチョンのサインありがとう。
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やわらい社会のおとずれを期待して ★理事長 宮澤健【2012年2月号】

 震災以降中断していたスパリゾートハワイアンズが2月8日に再開したというニュースがあった。炭坑閉山のあとに、ハワイアンを町おこしに持ってきたのはユニークで興味深い。時代の流れで炭坑が閉山し、仕事を失った炭坑夫に代わってダンサーが登場するとは華やかで色っぽくて象徴的に感じる。それが数十年も活躍し、震災を超えてさらに地域を励まし続けるという物語が逞しい。日本の未来はハワイアンに限らず、色っぽくて柔らかくて、暖かい社会であってほしいと願う。
 昨年の秋、研修で金沢に行った。金沢は豊かな文化を感じさせる町で、多くの文士を排出し、町並みも兼六園や茶屋街を始め風流に満ちている。その金沢で個人的にはこれまであまりなじみのなかった和泉鏡花の記念館に立ち寄った。その作品の怪しい魅力はハワイアンとも通じるような何かがある。100年も前の作品ながら、今もファンは多いようで、演劇などで取り上げられることも多くなっている。ちょうど、代表作「高野聖」をオペラ化して上演する企画が進められており、昨年、金沢で初演され、今年になって東京でも上演されたので観に行った。あらすじは、修行の僧が危険な山道に迷い込んで、蛇やヒルに襲われながら、命からがら抜けると山中の一軒家にたどり着く。そこに妖艶な女性がいて、色っぽく介抱してくれる。ところがその妖艶さに呑み込まれた多くの旅人が、ヒキガエルやコウモリや猿などの異形に姿を変えられている。馬に変えられて売り払われ、食料の代金にされたものもあった。
 「坊主のくせに命が惜しいのか」となじられるような僧侶ではあったが、先に行った薬売りが気がかりで、勇気を振るって危険な道を行き、命からがら抜けたところでなまめかしい誘惑に晒される。たいていの旅の男はここで異形に変えられてしまうと言うわけだ。臆病だが、純粋な修行者である僧侶は性的な魅力にいたずらに呑み込まれることをかろうじて免れ、むしろ聖者への道を開く。
うようよと襲いかかる蛇の大群や、無数に降りかかって血を吸うヒルの雨も、どこか性の生々しさや誘惑のイメージが重なる。深山の谷底の清水で、傷ついた体を癒してくれる女の裸身は抗いがたい性的魅惑に満ちている。性的な誘惑に、純粋に戸惑う心で性を貶めなかった僧は、異形に変身させられることなく、聖者への道を歩むことができた。後に物語のなかで明かされるのだが、一軒家の女は、15年前の大洪水で流された医者のひとり娘だった。近代化の波に呑み込まれ、伝統的な山奥の文化が終焉し、その霊が山奥の一軒家に籠もり、その怨念が妖艶な女性の姿として住まっていたということなのか。いずれにせよ性を貶めることなく尊重できるかどうかはとても難しくて重要なことだ。タブーで無いことにはできないし、呑み込まれたり、無下に扱っては異形にさせられてしまう。ハワイアンも当初は、低俗だとの強い批判もあったようだが、ショーとして文化的な次元まで引き上げる努力がかなりなされたのではなかろうか。
 性をどの次元で扱うのかという態度は、我々の介護現場では特に重要だ。修行僧が、欲望に揺らぎつつも、性を聖なるものとしてあくまで尊重し得たところがこの作品のポイ ントではないだろうか。そうした視点から現代を見ると、性は丁寧に扱われるどころか、大水で流され、山奥に追いやられて、呪いになりそうな実態がある。
昨年暮れから横浜美術館で開催されている松井冬子展の作品群は、そうした現代において、性の復活を予感させるような仕事ではないかと感じた。身体が切り裂かれ、臓器が露わになったり、蛇の体が裂けていたり、血がにじんだ人体が並び、表面的にはかなり痛々しい図が展開される。これは、高野聖で蛇に襲われたり、ヒルに血を吸われて逃げまどう感覚とどこか通じる。作者の松井冬子は女性の身体的な感覚で描いていると言っている。テレビのインタビューを見た程度で失礼だが、作者本人は病的でも神経症的でもなく、ケロッとしているような印象を受ける。作者は絵かきとして、女性の身体性や感覚はこういうものなんだと、いまのところ、その本質をわずかばかり突きつけてみたといったところではないかと思う。(もちろん気軽に描いたわけではなく血みどろの格闘の作品群であることは当然だ)ただ少し露わにしてもここまで衝撃的に痛々しさを感じさせる作品になるのだから、血を見たくない秩序社会にとっては、衝撃的で、今まではこうしたことをあからさまできないタブーが絵画の表現にもあったのではないだろうか。
 展覧会では、解説の文章を一生懸命読んでいる人が多かった。観客はその作品から不安や疑問を引き出されるようだ。解説文には心理学用語がたくさん使われていた。内的な表現に満ちた絵だと言うことだろう。彼女の作品は男性と女性ではかなり受け止め方が違うだろう。女性にとっては当然の風景に近くて、男性にとっては痛々しくて勘弁してくれと言う感じではないか。作者の松井冬子は30代の作家だが、彼女の作品が今後どう展開していくのか気にかかる。女性性がテーマであれば生み育てるモチーフが出てきてほしい。今回、生まれる絵は一枚だけあるのだが、それは色のついていない、小さな作品だ。トンボがヤゴから成虫に孵化する瞬間を描いた精密画だが、トンボじゃもの足りないし、色がついていない。大きな画面の、人間の誕生を期待したくなったがどうなるだろう。代表作で美大の卒業制作でもある「世界中の子どもたちに会える」はそうしたテーマをすでに内包しているようにも感じる。
  2月入って、銀河の里の研修でも何度か鑑賞し、お馴染みになった林英哲の太鼓を久々に観た。活動40周年記念のソロコンサートはいつものように迫力に満ちて感動をよび、例のごとくスタンディングオペレーションが自然に起こった。直前に聞いたラジオインタビューで英哲の実家はお寺さんで、鳴り物に囲まれて育ったと言っていた。「英哲の太鼓には祈りがある」と以前、通信に書いたことがあるが、これで納得した。あの世に逝った仏さんのお世話をするお坊さんがパフォーマンスでは品がない。あくまで内的で儀式中はこの世の人間に目を向けないのがいい。英哲はやはり必死で祈っていた。祈りを忘れた男性性は簡単に女性性を貶めてしまうように思う。ひたすら太鼓を打ち続け、後ろ姿で引きつける姿は、男性性のモデルを感じる。2日前に還暦を迎えたという英哲の太鼓はみじんも体力の衰えを感じさせなかった。力ではない何かを彼は身につけたにちがいない。
 英哲の翌日、能の卒塔婆小町を観た。これまた女性性を 考えさせられた興味深い能だった。美人の代表とされる小野小町が老いぼれて、墓場で卒塔婆に腰をかけて休んでいる情景だけでもあれこれイメージが浮かんで来る。老いぼれたとはいえ、小野小町の気位と知性はワキの旅の僧を圧倒する。卒塔婆小町のワキはワキツレがいて二人がかりだ。それでもかなわず、二人のワキは恐れ入ってひれ伏すしかない。観阿弥作で世阿弥がかなり手を入れたというこの能は、世阿弥好みらしく、素人から見るとほとんどシテの動きはない。動かない2時間の演技に勝てる表現があるだろうか。観客は自らの内面に湧き起こるイメージや思惑に圧倒されるか、あるいは退屈で熟睡するかどちらかだ。すごいことだ。
我々現代人はあまりに科学的、分析的に物事や人間、人生を記述したがる。もっと主観や、感覚、直感で迫りそれが活かされる必要があるだろう。他者は感じる私の中に現れてこそリアルに存在するのではないだろうか。自分自身 もそうだ。私を感じてくれる他者の情熱の中にこそ、私という実感は湧き現れる。卒塔婆小町が動かない分、観客は揺り動かされる。その心の揺れの中に老いた小町が強いリアリティを伴って顕現するのではないか。
  我々はかなり「性」を損なった時代を生きている。官僚的、お役所仕事、システム、管理、情報、などの洪水に押し流されてしまって、風情も風流もない乾いた景色に囲まれている。長い間、山中の奥深くに追いやれていた妖艶な女性性は、いま形を変えて冬子のような作品を通じて社会に登場しようとしているのかもしれない。その女性性は、英哲のような静かな祈りの男性性をパートナーとして必要とするだろう。益々、閉塞感が強まる時代に、止まって動かない老境の小野小町の秘めた気高さは魅力的だ。高齢者介護と障がい者支援の現場から3.11以降の日本と世界のありようの模索を、たどたどしくも続けていきたい。
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今月の一句 ★グループホーム第2 鈴木美貴子【2012年2月号】

【初もうで】
 ・初もうで 拍手バンザイ 太鼓ドン 神様たちの 神様もうで
 ・初もうで 拝んだ後は 安心で いがったなぁと 夢をみる


 年末年始は感染性胃腸炎が流行って厳戒態勢をとったので、正月気分を味わえないでいたが、全員の体調が戻ったので1月16日に熊野神社に初詣に出かけた。久しぶりの外出だったが、車の乗り降りもみんなスムーズだった。
 神社では、鈴を鳴らし2礼2拍手のはずだが、2回では終わらず念入りに手をたたいている人もいる。極めつけは「バンザーイ!」をした守男さん(仮名)。さらに賽銭箱を太鼓のように叩いてまるで祭りだ。守男さんらしい参拝をカメラに収めた。
 98歳の豊さん(仮名)も、車いすから立ち上がり、手を合わせる。「拝んだ」と満足した顔でまた車いすに座る。帰りの車の中も「いがったな」「いがった」と何度もつぶやいていた。歩さん(仮名)は一度賽銭を入れて拝んだ後もう一度「拝んでもいいっか?」と丁寧に拝む。  クミさん(仮名)は「おめさんも拝んで」と他の人への気配りをしっかりやっている。
神社でみんなで記念撮影。今年はどんな年になるのかな・・・。新しい年がはじまった!


【どんと焼き】
 ・どんと焼き スタッフ巫女で 幸願う 今日は神様 明日は何様
 ・あたるのは バチか棒か くじ運か 今年1年 体当たり年
 ・神様に 合わせる手には 祈りあり 信じる心 開ける気持ち


 1月26日に、どんと焼きをやった。今年の巫女は去年に続きスタッフの二唐さん。衣装も決めて拝む時に振る 幣束(へいそく)も用意した。
 利用者の久子さん(仮名)に、スタッフの寛恵さんがどん と焼きの予定を伝えると久子さんは「みっき来ねえのっか?神様のことなんだじゃ」と言った。みっきは私のことだが、当日は休みに当たっていたので「来ない・・かな・・・」と寛恵さんが応えると、久子さんは「来ねえばバチあたりなんだ」となり、さらに「来ねえって言った人がバチあたりなんだ」と寛恵さんにとばっちりが行ってしまった。
 当日、私がグループホームに行くと、久子さんはちょうど準備をしているところだった。いつもの帽子は脱いで、外出用の上着を着ていた。私が他の利用者さんの準備を手伝っていると「人のはいいんだからおめも着るんだ。美奈子(二唐)きてらじゃ、教わってやればいいんだ」と言い、寛恵さんにも「3人でやればいいんだ」と言った。さらに「矢沢(寛恵)きてねえじゃ」と言うので「来てるよ」と応えると「着てねえじゃ」と、巫女さんに扮する、はかまを着ていないと久子さんは言いたかったらしい・・・私と寛恵さんは・・・???どうする???・・・というかんじになった。(来年は3人で・・・巫女???)
 行事にはあまり参加しない久子さんだがどんと焼きは違う。彼女にとってどんと焼きは、神事で、真剣に臨むべき儀式なのだ。会場で久子さんの隣に私が座る。巫女さん役の二唐さんもすっかり巫女さんの顔になる。そして、「払いたまえ〜」と幣束を一振りすると4本のうち2本が飛んで行った。一同、飛んだ紙を目で追いかけたが、誰1人として真剣さを崩すことなく動揺もなく儀式は続いた。二唐さんの巫女さんが一人ひとり拝んでいく。久子さんのところに巫女さんが近づいてくると「神様来た。神様」と小声で言っている。いつもは「美奈子ちゃん」と呼んでいるが、巫女さんになれば、すっかり“神様”なんだ。「払いたまえ清めたまえ〜久子さんの健康を願って、払いたまえ〜清めたまえ〜」と拝んでもらって「ありがとうございます」とおじぎをする久子さん。甘酒を飲んで車で戻ったが、戻る車中でも手を合わせ拝んでいた。
 翌日、久子さんは久しぶりにベランダに出ていた。話しかけると「昨日のあまこ美味しかったな」と言う。「あまこ?」と聞き返す。どんと焼きに出た甘酒のことのようだ。「あまこよ。すーっとしておいしかった。」どんと焼きの後から久子さんがベランダに出ることが多くなった。


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叫びなさい ★特別養護老人ホーム 片方裕子【2012年2月号】

 銀河の里で働くようになって1年が過ぎた。前職は、保険会社の営業だった。毎朝、1時間以上の長い朝礼で始まり、売り上げのグラフを目の前にして気合を入れられる。  勢いで仕事をして、がんばって売り上げを伸ばし、いいところまで登り詰めたのだが、ある日、ふっと立ち止まってしまった。倦怠感…疲れてしまったのかそこからは気力がなくなり、どんどん脱落して行くばかり。今思えば、休日も頭の中は仕事のノルマや売り上げの数字でいっぱいで、気持ちが休まることがない日々だったような気がする。  銀河の里ではオリオンに配属になったが、当初、実習でユニット「こと」に入ったことがある。そのときスギさん(仮名)に会って驚いた。私の姉のお姑さんにそっくりなのだ。本人ではないかと思うくらい一目見て「えっ似ている・・・」と驚いた。「本人なわけはないよな」とスギさんの前へ引き込まれるように行った。すると、スギさんが「えいこさん?」と私に言ったので驚いて腰が抜けるかと思った。姉の名前はえいこなのだ。
 スギさんは、男性スタッフを旦那さんの名前で呼んだり「あなたを愛し・・ます」「結婚して下さい」等と真剣に語る人で、見ていてとても情熱的な方だと感じる。普段は、車いすでの移動なのだが、自分から気持ちが動くと決まって、お尻歩きで居室から出て来る。おしり歩きは独特で、スギさんの気持ちがこもっている。情念が蠢いていると感じる時もある。さわりがたい時もあるので、その時々の様子を見ながら、車いすに乗ってもらったり、ソファーに座ってもらったり、スギさんの思いをはかりながら、繊細な対応が必要とされる。
辛いことがあって、モヤモヤしていたある夜、一旦休んだはずのスギさんが、例のごとくお尻歩きで居室から出て来た。声をかけると、このときは車いすに「乗ります」と言ってくれたので、車いすに乗り変えてリビングへ来てもらった。
 シーンと静まり返った夜のリビングで、二人でお茶を飲み、ゆったりとした時間が流れるなか、私は抱えたモヤモヤを思わずスギさんに打ち明けた。聞いてもらえるとも、答えがほしいとも、返ってくるとも思ってはいなかった。でも、スギさんと二人の時間が自然に気持ちを伝えさせた のだろう。
 ところが、私が打ち明ける悩みを聞きいているうちに、スギさんはいつもとは違う感じになっていった。私の目を見ながら笑みを浮かべて「うんうん」とうなずいて聞いてくれるのだった。「えー聞いてくれている」と驚きながらも私は引きつけられるように話しを続けた。そのうちスギさんは目を閉じた。眠くなったのかと私が思っていると、突然、目を開いて私に向かって言った。「その時は叫びなさい」。またまた私は驚く「叫ぶ?」一瞬、意味がわからなかった。「なんのこと」と当惑気味で受け止める。あとでいろいろ考える「心に溜め込まずに声に出せ」ということなのかそれとも本当に「叫べ」なのか。わけは解らないままだが、でもどこかすごくぴったりの回答をもらったような気がした。
 しばらくしてスギさんはリビングでウトウトし始めたので居室に戻り、横になってもらって布団を掛けて居室をでた。リビングに戻ったところで、スギさんの居室から叫ぶ声が聞こえて来た。「おぉー」と叫んでいる。慌てて居室を覗くと、仰向けに寝たままの状態で、スギさんは何度も「おぉー」と叫んでいた。どういうメッセージなのか・・・私は静かにドアを閉めて、そのまま立ち去った。こうやって叫ぶのよと言わんばかりのお手本を示してくれたのだろうか。頭をいろんな思いがよぎって不思議な感覚に陥った。でも、それまでの、モヤモヤと張り詰めた私の心が和らぎ、なんだか笑いが込み上げてきて急に楽になった。私は救われた気持ちになった。その日以来、私とスギさんとの距離が近くなったことは明らかだ。
 スギさんは不思議な存在だ。全く別世界に居るような感じだが、現実のこともしっかり訴えてくる時がある。霊的にはかなり感覚のある人だとは誰もが感じる。死者が乗り移り、帰ってきて、語ってくれたり、まさにシャーマンのような見えないものが見える人だ。
 私のこころの悩みをスギさんは真剣に受け止めその解決方法も考えてくれたのだろう。「叫ぶのよ、思いっきり、大きな声で」と、何かと内気で控えめな私のありようを見抜いて、「自分はここにいる」と自分の存在を明らかにするように叫びなさいと言ってくれたのかもしれない。今はまだどう叫べばいいのか解らないが、いつか私らしく叫んでみたいと思う。
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はる ★施設長 宮澤京子【2012年2月号】

 北海道に生まれ育った私には、凍てつく冬の寒さと芽吹きの春は、「直結」したものとして体感している。どんなに厳しい寒さであっても、春の気配とともに、雪の下から芽を出す福寿草からはじまり、梅も桜もこぶしも木蓮も次々と硬いつぼみを開き、春が到来する。それらはじっと寒さに耐え、力を蓄え、時を見誤らず、確実に見事な開花を迎える。私は、季節のなかでも躍動感溢れる春のこの時期が好きだ。高校を卒業して北海道を離れ、40年経った今も、春の象徴としての「桜」は、私の中で、命の躍動を感じさせられる大切なものになっている。
 昨年3.11の揺れで、コーヒーカップが一個割れた。それは京都の窯元で桜の絵柄を特注して創ってもらったもので、よりによってそれが我が家の唯一の被害だった。コーヒー茶碗1コなど全く取るに足りないのだが、気にいって大切にしていただけに、その時は、桜の季節でもないのに「桜散る」と寂しく感じた。そうした出来事もあって、私のなかで春と桜と震災が関連づけられて刻まれ、東北の春がいつどういう形で芽吹くのか、長い冬を堪え忍ぶ今、なすべきことを誤らずなしておきたいと願う。
 一方「桜散る」とは受験生にとってはおぞましい響きだ。個人的なことだが、我が組織にも夢を抱いた青年があり、この数年彼の挑戦を支援してきた。大きなハードルであるだけに、本人も頑張ってはいるものの、なかなか結果が出ずに3回目の春を迎えた。
 私はこれまで、自分の進路に対しては、旧約聖書の言葉に「人の心には多くの計画がある。しかし、主のはかりごとだけが成る。」(箴言20章21)という厳しく揺らぎのない言葉を信奉してきた。自分の道について様々な思いや夢を巡らし、そのための努力は惜しまないが、出た結果に対しては、ほとんど揺るがされることはなかった。むしろ結果が出る前から、腹は座っているような所がある。しかし今、自分の努力とは全く関わりのない、青年の運命に関わる結果を待つというその心境は、また別なものがあった。  それは宮沢賢治の『雨にも負けず』に始まる詩のような、日照りの時は涙を流し、暑さの夏はおろおろ歩き・・・そんな‘でくのぼう’の心境だった。賢治はでくのぼうになりたいといっているのだが、私はそんな境地にはとてもなれない。しゃきっとしたいが、落ち着かず、おろおろして、柄にもなく眠れない日があった。自分自身の事であれば、いつも「結果は最善」という信条めいたものに支えられ、合格であろうと不合格であろうと潔く受け入れ、進路変更 熱もたやすくできるはずなのだが・・・親心とはこうしたものなのだろうかとあきれるほどだ。
 彼の挑戦が始まってこの3年間、受験の結果が出るシーズンになると、毎年何か、予感めいた出来事が起こった。一昨年は、夢で、室内のテレビに映る爽やかな桜吹雪に夢心地だったが、外に出ようと戸を開けたら、暗く冷たいみぞれの空から、ぼたぼたと重い八重桜が頭に落ちて来た。その夢で「落ちた」と悟った。昨年は、やはり夢の中で切り絵のニセ桜が現れ「本物じゃない。今年もだめだ!」と落胆した。もうあきらめてもいいんじゃないかと慰める私をはねつけ、「もう一度チャンスを!」と彼は両手をついた。
 今年こそは「3度目の正直」、偽の桜の夢も散る八重桜の夢も見ていない。現実にも資金の目処もつけた。本人のコンディションも試験に合わせてうまくのっているように見える。「よし、行けるぞ」と私の肩にも力が入った。ところが、そううまくはいかない。私が言い出しっぺで、私が一番聴きたいコンサートのチケット抽選に、周囲は当たったが、くじ運の強いはずの私だけが、外れた。「そんなこともあるのかな?」といぶかしい気持ちではあった。それが前ぶれだった。合格発表前日、それまで何ともなかったペンダントの鎖が外れた。外れただけなので落としては縁起が悪いと、あわてて鎖を修復した。発表当日、鎖を繋いで敢えてそのペンダントをかけて職場に行った。「外れたので接(つ)いできた」と言うと、「えっ、ツギですか?」と返された。そう来たか。「今回ではなく、次ぎか?」と危惧していると、案の定‘不合格’の結果となった。
 こんなしょうもない出来事に一喜一憂して、信仰者として情けない話しだが、めちゃくちゃ弱い自分がいるのもだと思わぬ発見をしてしまった。来年こそは、今までのように桜が落ちたり偽物だったりではなく、そして夢でもなく、私自身が接(つ)ぐ事で次ぎに繋がるような結果をもたらしたいと、彼の4度目の挑戦を後押しする覚悟を決めた。まったく親バカに近いのだが、目的に燃える青年の熱に対して、もう一度一緒に賭けてみるのもいいではないかと、接いだペンダントを見ながら一人泣き笑いしている。
 しかし「3度目の正直」さえも軽くかわした手強い相手、はたして4度目の春はやって来るのか・・・いや、春は必ずやってくる! 厳しい寒さの冬であればあるほど、しっかり根を張った草木が芽吹くではないか。
息子よ、あなたの悔しさに歪む顔、直向きな情、それを知りながら応援しないでどうするか。母というのは、いつも春待つ女なのだ。
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フユさんの学校 ★特別養護老人ホーム 中屋なつき【2012年2月号】 

 フユさん(仮名)は一日を通して目をつむっていることが多く、眠りの世界に生きている。大事なポイントは、寝起きの第一声。ここにみんな大注目、夢の中で活き活きと様々な出来事が起こって、いろんな所に行ったりしているのだろう、その世界の奥深さに驚く。
 ある朝、「おはよう」と声をかけると「学校さ行かねばねぇ」と目を開ける。「んで、まま食って、行く支度すっぺしね」と起きることにする。着替えをしていると「学校さ行って先生に聞かねばねぇ」と続くので「何を聞くの?」と尋ねると「達夫(仮名)よぉ」とお孫さんの名前が返ってくる。やっぱり!と思って「達夫さんが学校でちゃんと勉強してるかどうか先生に聞くの?」と問い返すと、「そうそう」とにっこり。「達夫、きかなくなってケンカばり一生懸命やってませんかぁ…って」「あっはは〜♪」と語って満面の笑みが返ってきた。
 別の日には、朝起こすと「オメ、学校さ行くのっか?」と来た。そこで私が「んだよぉ、行かねばねぇよ、その前にままかせてけで〜(ご飯食べさせて)、腹へったよぉ」と身体を揺らすと、「わぁがった、わがった!」とおばあちゃんの顔で優しく頭を撫でてくれた。朝食を食べながら「私は学校で頑張って、お勉強。ばあちゃんは今日は何するの?」と聞いてみると「ばあちゃんは今日は畑」とにっこり。子どもたち、あるいは孫たちを、毎朝こうやって学校に送り出し、わらしゃんど(子どもたち)の学校での様子に思いを馳せながら畑作業に精出すフユさんのかつての暮らしぶりが想像される。ほっこり暖かい気持ちになってフユさんを見れば、フユさんもふんわりした笑顔を返してくれる。
 ある時はフユさん自身が学校に行っているかのようなセリフも出てきた。深夜の巡回で目を覚ましていたので、どんな夢を見ていたのか聞きたくて声をかけるスタッフ。「どこさ行ってきたの?」と質問すると、当然! という感じで「学校さ行ってきた〜」と!「今日は何の勉強してきたの?」と尋ねると、「あ〜?空のカバンだけ持ってったぁ 〜、あっははは〜♪」と何とも陽気な返事が!しばらく“空のカバン”を繰り返して笑っているので「ちゃんと勉強するんだよ?」と言うと「オラ?オラは勉強さねぇよ〜、あはは〜♪」と返ってきたので、それじゃあ給食だけ食べに行ったようなもんだよね…とスタッフ間でも話題が広がって楽しくなる。
 これだけ“学校”のイメージが多く出てくるフユさんの世界。わらしゃんどを送り出すだけでなく自らも行ってしまう“学校”が、フユさんにとってどんなところなのか、スタッフの関心も高まる。朝の起床介助の時にどんな世界に行っていたのか聞きたくて、楽しみになる。居室に入ったスタッフから「今日も“学校”って言ってる!」と伝わると、リビングのスタッフも「やっぱり!」と、みんなでフユさんの物語に注目する。ご飯を食べながら「これ食べたら、オレ学校に行くよ」とスタッフ、「うんうん♪」とフユさんとの食卓の会話が弾む。「今日は雪降ってら〜、ばあちゃん、送ってってけで〜」には「ひとりっこして行げ〜」と厳しいおばあちゃん。夜勤者が退勤時に「んで、おらたち、学校さ行くよ」「行ってきま〜す!」と声をかけていくと、「まるっこ、いっぺぇ貰ってこぉよ〜」とにっこり笑いながら、指で“まる”を作って掲げ、手を振って見送るフユさんだ。
 夕方、お昼寝から起きたフユさんに、今朝のその様子を思い出して話を振ってみた。「今日ね、学校で先生にまる貰ったよ」とのぞき込んだ私の顔を見て「ほぉ〜!」と高い声!「帳面にまるっこ、いっぱい貰ったよ!」と言うと「んだ〜!」と嬉しそうに目を丸くしてにっこりしてくれる。調子に乗って「宿題もいっぱい出た〜」と続けると、微笑んでいた表情がとたんに硬くなった。あれ?と思いながら「ばあちゃん宿題すけてけで〜(手伝って)」とさらに続けたら…、ぱちっ!と目を閉じて知らん顔のおばあちゃんになった。
 今日も「フユさんの学校物語」は、ユニットほくとで微笑ましく続いている。スタッフもそうした世界に思い馳せ、時に登場人物になり、時にその語りを紡ぐワキとして、フユさんの物語と生きていきたい。
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異界の人々の織りなす守りの場 ★デイサービス 米澤里美【2012年2月号】

 認知症対応型の里のデイサービスには、他のデイサービスで本人の拒否で通えなかったり、いわゆる帰宅願望や徘徊が激しく「対応困難」として断られ、紹介されるケースがかなりある。
 対応困難とされる事情をお持ちの方々が集まるので、日々未知数で、今日はどうなるんだろう、どんなことが起こるのだろうといちいち不安がってはいられないので、もう期待して楽しみにするしかない。
 最近利用を開始された隆二さん(仮名)は、そんな私のワクワクドキドキ感をより高めてくれる人だ。他のデイサービスでは、お昼まで持たず、怒って帰ってしまうので利用を断られ、里でお試し利用を始めた。かつては経営者でいろんな事業を興した人だけあって品格もありユーモアもあり、お話ししていると楽しくて話が尽きない。「帰宅願望」が出るんだろうか?と不思議なくらいだったが、お昼になると「私みたいな異端児、ここにはいられません!皆さんに迷惑かけますから。失礼します!」と利用者さんとスタッフに丁寧に挨拶して玄関へ向かった。それが笑顔でニコニコなのが特徴だ。どんなイメージで帰らなければならないのかな?と関心を持って同行してみた。ドライブをしたり、別棟の特養の喫茶コーナーにお邪魔したりしながら、気持ちが切り替わらないかアプローチもする。しかし「転がってでも歩いて家に帰ります。」と笑顔ながら、帰る気持ちは頑なだった。
 一旦デイホールに戻っても「じゃっ!こんなことしてられません。そろそろお暇致します。失礼しました〜!」と笑顔ながら帰る気持ちは変わらない。午後、そんなやりとりを続けて初日はなんとか過ごした。1対1対応で、隆二さんのイメージについていくのにかなりのネルギーを使ってヘロヘロになった。二回目利用の前日にミーティングをするが、どう展開するのかは全くの未知数だった。
 2回目の利用の朝、不思議なことが起こった。送迎車で一緒になった静香さん(仮名)と隆二さんが車中、楽しそうに盛り上がって会話している。会話と言っても、隆二さんは隆二さんの話、静香さんは静香さんの話がぶわーっと全開して、話はかみ合ってないし、言葉のキャッチボールもないんだけど、二人とも笑顔!この感じがおもしろい!今日はどんな1日になるんだろう?!とワクワクする。その日も隆二さんは、仕事があって、事務所に行かなければならないらしい。「皆様に助けられてここまでやってこれました。ありがとうございましたー!!」とちゃんと挨拶して帰るのが隆二さんの流儀。その挨拶にフジ子さん(仮名)、政雄さん(仮名)、清さん(仮名)が「そうですか〜。またきてね〜。」とキチンと受けてくれる。いつもはフジ子さんも、政雄さんも「帰る」と忙しい2人なのだが、今日は送り出す側に回っている。おりから「山〜!行きた〜い!」と出て歩きたいエツさんは、隆二さんと一緒に出かけるつもりになっているが、そこはエツさんにちょっと我慢してもらって、隆二さんと里の「事務所」に出かけてみ た。しかし、そこは隆二さんのイメージとは違ったらしく、またデイに戻ってきた。デイの玄関を入ると、エツさん(仮名)が拍手して笑顔で出迎えてくれる。他の利用者さんも「あらいらっしゃい〜!」と笑顔で迎えてくれた。隆二さんも「また来ましたー!」と応える。ここで現実を突きつける人はいない。デイサービスのホール全体がふわ〜っとした柔らかい雰囲気に包まれて、立派に異界になっている感じ。それぞれが自由にイメージを生きていられる感じがとてもいい。今生きている自分の物語の世界をだれも現実で壊したり脅かしたりはしない。
 ところがそううまくいかない時もある、3回目の利用時にはイメージに添えず、現実的な対応をすると、隆二さんはたちまち怒ってしまった。仕事にタクシーで出かけなければならないイメージの隆二さんは「雪でタクシーはきません」と突きつけられてきつかったのだろう。「人をバカにしてはいけません!もう二度と来ません!」と隆二さんの怒りのメーターが振り切れたので、スタッフの車で街に向かうしかなかった。
 ちょうど会議で外出していた私は、「タクシーで帰る」イメージが続いていることをスタッフと電話で打合せ、タクシーの運転手になって途中で落ち合った。車には納得して乗ってくれたのだが、車中「一緒にお食事しましょう」と声をかけたのは、役作りとしては失敗だったかもしれない。ところが、その言葉に違うイメージが展開して、隆二さんは30歳になり、私と結婚するという物語になった。デイではちょうどソノさん(仮名)の誕生会をやっていたのだが、すっかり隆二さんの中では自分の披露宴になり、立派に挨拶もした。その挨拶にフジ子さんとソノさんが暖かい拍手をしてくれた。私と夫婦のイメージは、送迎で自宅に着くまで続き、家の玄関で消えた。こんな感じで3回目のデイも無事過ごすことができた。
 自在に時空を超えて生きる利用者さんのダイナミックなイメージ。スタッフは現実も押さえておかなければならず、イメージについていくのはなかなか大変だ。でも一方で、認知症の利用者さんは、現実からはずれながらも、イメージの世界ではおおらかな場をつくってくれる。 現実や事実にとらわれず真実を生きる力というのか、物語を支える能力というのか、認知症の利用者さんがつくり出す、豊かで暖かい場はありがたい。それは得も言われぬ雰囲気で、存在そのものを支えてくれる感覚がある。いまどきの世間や、社会とは全く真逆の世界がそこにあると私は感じる。そうした支えと守りの場があるときには、ハラハラドキドキしながらも、個々のイメージを、ゆとりを持って関われる私がいる。逆に、スタッフ主導になり、現実だけが吹き荒れると、たちまち個々のイメージや物語は壊れて「問題行動」にされてしまう。今回のケースでは、隆二さんの怒りは、わき上がってくる物語を生きることを阻まれた。それは物語の破壊に対する怒りではないかと感じた。
 私たちスタッフは、現実に根を張りつつ、不思議な場をそのまま守り、個々の物語を支えるだけの、ゆとりや理解力、洞察力、コミュニケーション力が必要なのだろう。
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場ができたコタツ会議 ★特別養護老人ホーム 三浦元司【2012年2月号】

 4回目のショートステイで、またカナさん(仮名)が来てくれた。いつもの「どのような理由でここに連れてこられたのでしょうか?」「いつになったら帰ることが出来ますか?」の質問はあるものの、せっぱ詰まった感じはなく、いつもの迫力がなくてなにか物足りない感じだった。
 昼食後、みんな居室やソファーで休んでいた。カナさんは、居室へ一旦戻ったが、10分ほどで「私、どうしてここに連れてこられたのか忘れてしまった〜。」と出てきた。そのとき、桃子さん(仮名)とコタツでまったりとしていた私は「待ってました♪」とカナさんをコタツに誘った。カナさんは「アハッ。ボケてしまったんだなぁ〜。なーしてここさ連れてこられたんだか、さーっぱりわからねぐなった〜。」と笑顔で余裕がある。私が「カナさんは先生としてココに来ているんですよ!」と言うと、「えっ!どーゆーこと!?」と興味を示してくれた。「今の日本は少子化で子供が少なくなりました。そのため、私達の世代は子どもたちに教えようと思っても、教える相手がいないのです。」と説明をすると、「うんうん。それで?私との関係性は?」と前のめりで聞いてくれる。「そんな現状なのに、カナさんはココに来てたくさんの若者(スタッフ)に囲まれています。生徒に囲まれています。現役でも教師!歳をとってからも教師!今の教師を目指している若者からしたら、教えることができる環境があってうらやましいと思いますよ。」と伝える。「ハハハ!私にはもったいないお話です。そーったに偉い先生でもないし、ただのボケ先ですもの♪」と大笑い。「ボケ先」とは、カナさんが作った「ボケている先生」の略語らしい。その後も「ボケ先♪フフ。」と何度も笑っている。桃子さんも大笑いで、「オラも若いスタッフ達さいろーんな事教えてるよ。時たまツノがおでこから何本か生えることもあっけどなぁ。」と語ると、カナさんも大笑い。
 その後も、お茶を飲みながら話していると、例のごとく「どーして私はココにいるんだろう?」とカナさんは振り出しに戻った。しかし、この時は「家さ1人で居ても不自由ないんだけどなぁ。ご飯は娘が作ってってくれるし、掃除洗濯も娘がやってくれるからなぁ…急に家が、家族が恋しくなりました。」と今まであまり聞いたことのない展 開になった。そこで私はすかさず、「カナさんはとても幸せだと思うよ。カナさんは家族にも愛されているし、帰る家もあるもの!」と言った。すると、桃子さんが「そーなんだ。カナさんは幸せさー!オラなんか子供達遠くさいて、会いたくなってもなかなか会えないんだよ。ココさ泊まっている人たちも、帰りたくても家さ帰れない人ばっかりいるんだ。」としんみりと話してくれた。それを聞いたカナさんは「私は繋がった家族が居るし、帰る家もあるから幸せなんだぁな!」と言ってくれた。
 そのうち、コタツの周りに利用者さんが集まり、コタツを囲んだ会議のようになった。議題は、《歳をとったじじばばは何をすればいいのか》に絞り込まれ討論になっていった。 そこで私は1つの案が浮かんだので発表した。「若い人が働いて日本を支えるので、じじばばはそれを手伝えばいいんだよ!子供はじじばばが保育所として預かる!じじばばが優しさと厳しさをもって育てればきっと良い子に育つ!ある程度育った若い人たちには、知識や常識や技術を指導する!んでもって、日本をよりよい国にしていく!あの世さ行く暇もないくらい手伝っていれば、じじばばも長生きする!一石何鳥だべ!どうだ!!!」と熱く発表すると「すごい!あなたは村長になりなさい!」とカナさん。「まかせてください!オレに足りないのは経験とまともな頭脳です!」と返すと拍手してくれた。私がトイレに行っている間に「まぁ、ながながそうはうまぐいがないんだどもな。フフフ。」とカナさんは笑い、桃子さんも「なったどしてもあの頭では、何十年もかかるんだ。その頃オラたちは土の中さ埋まっているんだべな。あははは。」とコタツ会議は賑やかになっていた…
 ほんの1時間ぐらいのコタツ会議であったが、カナさんや桃子さんのパワーでいろいろな気持ちが動き、自分も久しぶりに落ち着いて居られる場ができた気がした。コタツ会議の近くでは、経管栄養で寝たきりのハルエさん(仮名)と先輩スタッフの板垣さんが終始会議の行方を見守っていてくれたからこそ、こうした場が出来たと感じる。利用者さんのパワーや、自分の感情が引き出される事、それを見守っていてくれる眼差し、それらが重なって出来た場は、私にとってとても居心地のいいところだった。
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盛り上げと見守りに支えられて ★特別養護老人ホーム 高橋育美【2012年2月号】

 毎月ショートステイにやってくるユリさん(仮名)。いつも素敵な洋服を着て、お化粧も髪型もばっちり。華やかで粋なところもあって、恋の狩人と言った感じだ。「優しい男を選ばなきゃダメよ、でもただ優しいだけでもダメなの」とアドバイスをくれたり・・・異界と現実を行き来している利用者さんが多い銀河の里では珍しい、超現実派(?)の利用者さんである。場を切り盛りするのがうまく、みんなを巻き込みつつも自分も楽しむという感じで、地域の婦人部などで活躍していたのもうなづける。
 私は料理やお菓子作りが大好きで、何度かイベントとして計画してきたのだが不完全燃焼気味だった。みんなを巻き込めず、結局1人で作業をやってしまい「一緒にやった!」という雰囲気にならず、食べてもらうだけになってしまった・・・。しかしユリさんはそんな私を支えてくれる。ユリさんとなら「みんなで一緒に」ができるかも知れない・・・そこで少し早めだがバレンタインのチョコレート作りに挑んだ。
 入浴中に「バレンタインにちょっと早いけど、ユリさん、一緒に作らない?」と誘うと、「見てるだけになるかもしれないけど・・・あとで作戦会議しましょ!」と背中を押してくれた。その直後「作戦会議しなくちゃ♪」とユリさんはメモとペンを持ってきて、計画を立ててくれたフキさんはそんな私たちの様子を見守ってくれていて、ユニットの中心的な存在になっている。フキさんも誘うと「いやだ〜!でも食べるだけならいくらでも手伝う♪」とジョークでかえしながら、眼差しは優しく応援をしてくれていた。 ユリさんとラッピングを選びに買い物にでかけた。「育美ちゃんに任せるわよ〜」と遠慮がちだったが、いざデパートに着くと「やっぱりハートがいいんじゃない?」「女の子にも渡すんだもん、ピンクがかわいいよね〜」と、しっかり選んでくれた。ついでにバレンタインフェアで並ん だチョコレートを「せっかくだから息子に1つと・・・本命君用に1つ買って行こうかしら」と二箱買った。銀河の里の他に利用しているデイサービスにしっかり本命がいるとのことで、さすがユリさん、という感じだった。
 チョコ作りは作戦会議の結果合計25人分という量に膨らんた。作業が始まるとさすがのユリさんで、テキパキと材料を混ぜてくれた。隣のユニットから祥子さん(仮名)も「肩いたい〜!」といいつつ大量のチョコレートを刻んでくれ、チョコ好きなクニエさん(仮名)も見ていてくれた(チョコレートに夢中になりすぎてお昼ご飯がさっぱり進まなかったが・・・)そのうちユニットにチョコレートの甘い香りが広がった。甘い香りに誘われて、隣のユニットの利用者さんも集まってきて、まさにバレンタインなリビングになった。
 ラッピング作業を、ユリさんと私がしていると、みんなが取り囲んで見ていた。かわいい袋が出来あがるたびに歓声があがった。ラッピングが終わり、いよいよ「1人1人に渡しに行こう!」とユリさんを誘うと「え〜っ、いいわよ、恥ずかしい!」と言ったくせに、かなり積極的に「はい、いつもありがとう。頑張ったから食べてね〜」としっかり渡していた。フキさんも「はい、どうもありがとう。」と受け取ってくれ、「今日のとってもおいしかったよ〜!がんばったがんばった。これからも美味しいの、頼むよ!」と声をかけてくれた。ユリさんも「今日はどうもね〜、またやりましょう!今度は手料理でも」と、次の話しをしてくれた。
 乗りよく一緒にやってくれるユリさんと、それをいつも見守ってくれているフキさん。二人の存在は、今の私にとってとても大きい。新卒で働き始めた初年度は、いろいろ悩んでグルグルしていた自分だったが、今は「次は何をしようかな・・・」と楽しみが増えてきている。まだ自分からまわりを盛り上げる力はないが、ユリさんとフキさんの2人に支えられながら、これからもお菓子作りや料理で楽しんでいきたいと思う。
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豆まき ★ワークステージ 村上幸太郎【2012年2月号】

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★幸太郎くんのイメージから飛び出た2匹の鬼を、ワークステージのメンバーが勢いよく豆をぶつけています。一年の無病息災を願い、ワークステージの皆が元気良く仕事ができますように。
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バレンタイン★ワークステージ 昌子さん(仮名)【2012年2月号】

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2月といえば、バレンタイン。カラフルな昌子さんのチョコレートは誰がもらえるのかしら…?
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