2010年06月15日

今月の書「雫」 ★特別養護老人ホーム 山岡睦【2010年6月号】

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空から降る雨
あふれ出る涙

生きていれば必要なもの

一粒一粒、落ちては溜まる

そうして出来た水たまりを

勢いよく飛び越えられることもあれば
避けれずに填まってしまうこともある

どんなに大きくても
どんなに濡れてしまったとしても

必ず乾く
晴れる時が来る


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初体験 ★デイサービス 明石寛【2010年6月号】

 5月31日“もち米の手植え”が行われた。当初は27日を予定していたが天候が悪く延期が続いたが、この日は晴天で絶好の手植え日和となった。
 私も田んぼに入って手植えをしたが、これまで農作業に全く縁のなかった私は、手植えをするのが初めてなら、田んぼに入るのも初めてだった。植え始めると周りからかなり遅れてしまう。そんな私の横にサエさん(仮名)はしっかり付いて作業してくれた。サエさんは田んぼに到着すると真っ先に田んぼに入る、かなり活動的な方だ。「遅れちゃいましたね〜」と私が言うと、「慣れてないから仕方ない!」と一喝。また別のスタッフが写真を撮ろうとすると「鼻水が出てるから〜」と言って顔を隠したりと可愛らしく、色んな一面を見せてくれた。
 周りのあぜでは、苗を植えやすいように細かく分けて渡してくれる良夫さん(仮名)、手植えをしている人に届くように力いっぱい苗を投げてくれるソノさん(仮名)、そして周りから声を出して応援してくれる方々。田んぼに入らないひとも田植えに参加している気持ちがみんなからしっかり伝わってくる。作業が終わると、「おつかれさま〜」と声をかけ、お茶やおやつをすすめてくれる。グループホームの歩さん(仮名)はわざわざコップを私の口に持ってきてお茶を飲ましてくれた上に、汚れた手足を「きれいにしてあげるから」と水をかけてくれた。笑顔で接してくれる高齢者の方につられ、私も疲れを忘れて笑顔になっていた。
 今回の手植えは、デイサービスだけでなくグループホーム、特養、ワークステージも参加するイベントだったが、スタッフや利用者の方が一体となった作業は、今まで感じたことのない不思議な感じを味わった。
 少し話は戻るが、私はこのイベントを行う前の事前会議にも参加させて頂いた。この会議の際に“里らしい”という表現がよく出てきた。この時の会議に限らず、新人研修の時にも、“里らしさ”という言葉をなんどか聞いたのを覚えているが、銀河の里に来てまだ3ヶ月程の私には、この言葉をなんとなくしかイメージすることが出来なかった。しかし、今回“もち米の手植え”に直接関わらせていただくことで、スタッフと利用者が一体となっている“里らしさ”を感じることが出来たように思う。
 今回のイベントでは、手植え、里らしさ等、自分にとって初体験や発見がたくさんあった。秋の収穫も今からとても楽しみだ。
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父から息子へ、息子から父へ ★特養 前川紗智子【2010年6月号】

 「あの中で俺の(息子)が一番いい体つきしてだんでねが?」と言う武雄さん(仮名)。特養の交流ホールの外庭に、着々と竹が植えられていく様子を見守っていた。その仕事を手掛けているのは造園業をなさっている武雄さんの息子さんと職人達だった。
 確かに息子さんはお父さんの体つきに似て、がっしりとした背中だった。息子さんに対しての自慢気な雰囲気や、誇る気持ちを素直に表現しながら、もちろん仕事には口出ししたりすることをせず、ずっと静かに、でも嬉しそうに見守っている姿はなかなか素敵だった。
 私はそんな武雄さんの姿を見ながら『継ぐ』『託す』という局面を、しみじみと味わっているのだろうな…などと思っていたのだが、武雄さんからは意外な言葉が。「あそこの廃材から良い木もらっていいのか?」(お?!何か作る気??)「箸でも作るがど思ってよ」(やっぱり!!)。息子さんの働く姿に触発されて、また何か新たに作ろうと思っている武雄さんの姿に、私もうれしくなった。
 冬の間、武雄さんは落ち込んだ日々を過ごし、自分から何らかの意欲を持って生きるという姿をほとんど失くしてしまっていた。そこへ、息子さんの存在によってまた何かが吹きこまれたようだった。
 二人は父と息子でありながら、師匠と弟子みたいでもあり、同志、ライバルみたいなところもあるのかもしれない。それから毎日、思考錯誤しながら武雄さんが箸づくりをしている姿を見るたびに、その心には息子さんのことがあるのだな…といつも感じるのだ。花巻のような寒い気候では、孟宗竹は育ちにくいというのだが、植えられた竹たちが、みんなの気持ちを受けて、ぐんぐん育って筍を生やし、いつか竹林になることを心から願う。
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未来への新たな地平(第二回) ★施設長 宮澤京子【2010年6月号】

 ケアの文化的意味を考えるにあたって、最近の著作をあたってみたが、多くの本があいも変わらずの制度論だったり、10年以上も昔の理論の塗り直しだったりする。その中でわずかではあるが新たな地平を見いだすような興味深い挑戦を試みている著作も出てきている。それらを紹介しつつ、現場にある者としての考察を深めていきたい。まず今回紹介するのは『ケアを問いなおす』 深層の時間と高齢化社会 ちくま新書1997広井良典 著 である。

 福祉や介護の現場で「ケア」という言葉が使われるとき、狭義の介護や看護の技術論的イメージをもつ方が大半であろう。それは、ケアが「もの」や「技法」といったシステマチックな視点でしか語られていないことによるのだろう。また、一般で使われる「スキンケア・ヘアケア」といったパーツとの組み合わせで使われているケアという言葉が浸透してしまっており、今となってはケアから「人生」や「存在」をイメージさせることは難しいように思われる。だからこそ、この『ケアを問いなおす』という著作は、表層的かつシステマチックにしか使われていない「ケア」を、本質的に問いなおそうと挑戦した大変興味深いものだと言える。

 内容は、曖昧に使われている「ケア」を語源から紐解き、本質を引っ張ってくる意図が最初にあり、次にケア論として学問的に論ずるときのレベルを三つに整理・分類している。一つは臨床的・技術的レベルとして介護技術・看護技術・カウンセリング手法等、二つめは制度・政策的レベルとして介護保険制度や医療保険制度社会保障等のケアをめぐる「経済」面を含むものとして、そして最後に哲学・思想的レベルという「一体人間にとってそもそもケアとは何なのか」というケアの本質を探っていく構成になっている。
 高齢社会が抱える課題としてのターミナルケアや、家庭内から外部化されるケアが、消費分野において福祉産業・福祉関連ビジネスとして成り立つ要因やケア科学の可能性を4つのモデルで紹介し、そのモデルが相互にクロスオーバーして越境していく必要性を述べている。ケアの舞台である「生活モデル」は、一般に「医療モデル」に比べて劣っていると考えられがちで、これらが二元対立する構図となりがちである。しかしより包括的なフレームの中で「心理モデル」や「予防/環境モデル」を加え、ケアの分野では心理モデルとの関わりをもっと重視していくべきであると強調している。
 さて、ここで考察が終わっているなら、単なる整理本でしかない。しかし著者の中で時間というキーワードそれも、カレンダー的「日常の時間」ではなく、生命そのものといった次元での「深層の時間」でケアを語ったところが興味深い。著者が語るこの本の中心的なテーマは、ケアが時間と深いところで結びついているということ。この視点から語っていくとき、意識的自我レベルの客観的・合理的な説明からは導き出せない逆転の結末を生んでいくなかで、その広がりは無限の豊かさを見せていく。
 たとえば、「私」がまずあってケアがあるのではなく、人間は「ケア」の関係の中でひとりの「個」となる。「私」が「私」であることをケアが支えている。 とか、直線としての時間というものは、実体として存在するのではなく、人間の意識が作りだした一種のフィクション、仮想的な存在にすぎない。また、私たちの生きる生は、根底において死によって支えられている。 このように「ケア」を哲学的に高めていく展開は、現場にいるものにとって非常に惹かれる内容なのだ。

 またターミナルケアに「深層の時間」という時間軸を当てることで見えてくる事柄の重要性を語っている。その時間とは、日常の直線的な時間の底に回帰する円としての時間があって、さらにその根底に「ポテンシャルとしてはひとつ」の最も深層な時間が存在するというのだ。つまり生命そのものといった次元の存在を意識化させようとしている。
 近代人の我々は、日常の直線的な時間を‘共通のめがね’として生活をしているが、これから死を迎えようとしている者にとっては、直線的な時間がいかにはかない仮象に過ぎず、死に向かう者にはまさに「深層の時間」こそが強いリアリティを持つというのだ。「深層の時間」を別な側面から見ると、意識の深い部分において、生者の時間と死者の時間がクロスする(何かを共有する)場所ではないかという。
 こうしたイメージを明確にするのに、「たましいの帰っていく場所」へ旅する老女が主人公の『バウンティフルへの旅』アメリカ映画 や、死んだ父親との再会を果たす『フィールド・オブ・ドリームス』1990アメリカ映画、そして山田太一著の『異人たちとの夏』などを紹介している。
 著者は学者として、「死者とのケアの関係」が描かれている映画や小説そしてファンタジーを活用しながら考察を深めていく。こうした次元になると、近代科学では理論的整合性がつかず、またその説明がかえって意味を失わせることになってしまうからだろう。
 我々は「里」の現場で、まさに異次元的であったり、円環的な時間の流れを日常的に体験する。たとえば90歳の女性が、働き盛りの30代になったり、お下げの女学生にもなるし、幼くして女中奉公に出されたあの日あの時に居たりと、たやすく時空を越えていく。そうしたことを本質的に理解し語ろうとすると近代科学では「妄想」「虚言」などと表層的説明に終わってしまって、理解にも語りにもならない。著者としては、そうしたリアリティは芸術作品などのイメージを使った方が伝えやすいとしてこれらを紹介しているのだが、とても共感できる。
 我々は現場のこの日常を「物語」としてつづり、「事例」として読み解き深めていくなかで、哲学的・心理的な眼差しがいかに重要であるかを実感してきた。里の暮らしや「あなたと私」という関係の中からプロセスとして紡ぎ出される出来事の持つ意味こそ、これから問いなおされるべきだと思う。
 介護現場で起こってくる大切なプロセスから「何を発見していくのか」「真に問いなおされなければならないことは何なのか」を真摯に考えようとする者には示唆に富んだ内容の著作である。

 次回は、野口裕二著『物語としてのケア』を紹介しつつ、里で紡がれている「物語」について考察してみたい。続く
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日常的なコメ、非日常的な稲作 〜一体感を求めて〜 ★ワークステージ 佐々木哲哉【2010年6月号】

 5月最終日、雨続きで寒かった天候がやっと晴れた。延期となっていたもち米の手植えがやっとできた。 昨年は1枚の田んぼの半分を田植機で植えて残りを手植えしたのだが、作業に慣れている畑班の若手メンバーや昔からやってきた田んぼ作業が体に染みついている司さんや運一さん達が一足先に植え始めるとあっという間に進んでしまい、さらに手植えが慣れている高齢者の桃子さん(仮名)やクミさん(仮名)達が後から加わると、みんなが手植えできるスペースがほとんどなくなってしまいそうな勢いのために手を休めざるを得なかった。ただの“イベント”にしてしまうと、正直物足りなく感じた。手植えは職員と利用者が関係をより深める場であり、また新人職員にとって高齢者や他部署のメンバーとの交流の場でもあるはず。どうせなら、少なくとも田んぼのなかに入って作業できる何人かは本気でやったほうが活気に湧いておもしろいんじゃないかと思い、今年は一枚全部を手植えすることにした。

 いったん水を抜いた田んぼにタテ・ヨコと線を引く。できた交点に、苗箱からちぎった稲を手にとり植えていく。畦から距離が離れてくると補給用の苗を畦や法面から投げてもらうのだが、その際にコントロールミスしたり泥が一緒に飛んだりしてどっと笑いが起きる。僕自身も線を引き終わって後方からみんなを追いかけるように手植えを始め、けっこうペースを速めて植え進み、毎年欠かさず田んぼのなかに入るクミさんにやっとこさ追いついた。その途端クミさんの闘志に火をつけてしまったようだ!追いつく前とは明らかに違うスピードでクミさんの手先が高速回転を始め、もの凄いペースで進んでいく。僕も負けじとムキになった。周りから 「さぁゴールまであとわずか!」と歓声が入る。ニューフェイスの若い男性職員も泥んこで笑いを誘って賑やかだった。 田んぼは「おコメ」を作る場であり、田舎ではどこにでもある見慣れた光景だけど、農作業の現場や収穫のあとの精米の過程などは知らない人が多いのではないだろうか。
 銀河の里が掲げる「農業を基軸に」とは何か?田植機に乗って田植えの真っ最中に電話がかかってきて「お米30kgお願いします」と特養のユニットから注文が入ったりする。どうやったら里全体で農業に対して一体感を持てるか、“消費者”ではなく“当事者”になってもらえるか、色々考えてやっていきたいと思う。

「お金さえ払えば、食料は外の世界から入ってくる。けれども何かが違う。変わりゆく暮らしの中でどうしても守らなければならないもの。自分たちが誰なのかを教え続けてくれるもの。クジラ漁とは、エスキモーの人々にとって、何かそんなもののような気がする」
「クジラの上に上がり、黙々と作業を進める若いエスキモーたちに、時々年寄りが指示を与えている。いい風景だった。 老人がどこかで力を持つ社会とは、健康な世界かもしれないと思った。何よりも若者たちの顔が輝いていた」     星野道夫 著作より引用
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農業を通じて引き継ぐもの ★ワークステージ 米澤充【2010年6月号】

 長年、米澤家の稲作とリンゴ栽培を担ってきた祖父が、昨年の10月に体調を崩し、それから母と私が農作業をやることになった。リンゴ作業に関してはワークステージのワーカーの協力もあり何とかやってこれたのだが、問題は祖父にまかせっきりであった稲作だ。稲作をやめリンゴ栽培のみにシフトする考えもあったが、一町歩(3000坪)以上の田んぼを作らないのは、祖父が何十年も守ってきたものを簡単に捨ててしまうような気がして、家族で相談し、やれるところまで挑戦する事に決めた。苗作りや水管理は母親が行い、耕起や代掻き(しろかき)といった機械作業は私が担当する事になった。
 まずはトラクターによる耕起作業の準備に、ロータリー作業機を接続しようとしたがそこですでにつまずいた。祖父が教えてくれたようにやるのだが、結局接続する事ができず、業者を呼んで取り付けてもらった。
 生まれて初めての田起こしに、いくらかワクワクしながらトラクターで田に入ってみたまではよかったが、どう回ったら効率的なのか、掘る深さは適切か、などといった悩みが頭をめぐり、初日は練習で終わってしまった。スタッフ哲哉さんに教えてもらいながら、田起こし週間が始まった。なんとか田起こしが終わり、次は田んぼに水を張ってから行う代掻きの作業が続くのだが、やはり代掻き用のロータリーの取り付けに難儀し、これも自分ではできず業者に取り付けてもらうはめになった。
 田起こしや代掻きの作業をしながら、こうした作業を、祖父が70歳過ぎまで主となってやってきた事実に今更ながら驚いてしまった。やせ細った祖父がとても大きな存在であることをしみじみと感じながらの作業だった。

 素人の私が本格的に稲作に関わってみて、現代農業イコール機械化農業であると感じた。もちろん機械化によって稲作体系が大幅に変わり、作業効率が上がった点についてはとても素晴らしい事だと思う。私が農業を引き継ぐにあたり、苦戦したのは機械の取付や操作であり、祖父からのアドバイスも「トラクターの速度はエンジン回転数3000回転が目安」「代掻きは2回やらなければならない」といった機械操作や作業方法といった話が多かった。
 ただ、作業が機械中心になっている事で、祖父とのやり取りも機械中心になっていて、農業の奥にある何か大切なものを伝えられていないような物足りなさを感じた。
 祖父はどういった思いでリンゴと稲作の両方を続けてきたのか、代々引き継がれて残っている田はどんな経緯(制度や部落内の事情など)があったのか、整備される以前の田はどれほど大変だったのか、知りたい事、聞きそびれている事がたくさんあったと思う。

 今後農業を次世代に引き継いでいくためには、機械操作や作業方法を教えるだけではなく、親から子、子から孫へ引き継いでいかなければならない大切なものがあると思う。その大切なものは何なのかは各々で異なると思うけれど、農業を残さなければならないと思わせる、心を動かす“思い”だと私は考えている。

 米澤家の田植えは5月24、25日の2日に渡って行い、絶好の田植え日和の中、銀河の里のスタッフやワーカーの協力のおかげで無事に終えられた。
 田植えの終了を報告した25日の深夜に、祖父は容態が急変し他界した。まるで田植え終了の報告を待って逝ったかのようなタイミングだった。
 リンゴと稲作の作業を一通り引き継いだ事を安心してくれただろうか。今となっては祖父の思いや考えは聞く事ができないけれど、田んぼやりんご畑での作業を通じて、人生の多くのことが感じとれるような人間に成長していきたい。
 祖父が昨年入院した際に、手を握りながら私に語ってくれた「充君、頼んだよ」という一言が今でも忘れられない。8月に生まれてくる子供にも農業を通じて、大きな存在だった祖父の事や、大切なものを引き継いで伝えて行けたらと思う。
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今月の一句 『伝わる心』 ★グループホーム第2 鈴木美貴子【2010年6月号】

・いつまでも 誰かと居たい ひとりでは 伝えることも けんかもできず

・人が居て 繋がる糸の 輪の中に あなたの言葉 私の気持ち 
 

 5月18日に運営推進委員会があった。新人職員によるピアノと尺八の演奏を交えながらみんなで歌ったりした。みんなからひと言のとき、サエさん(仮名)が「誰か居るところがいい」「おうちに一人ぼっちは寂しいです」と言葉にしてくれた。私もその言葉をうなづきながら聞いた。人が輪になり歌をうたい、そこでのサエさんの言葉。初めて会う人もいる中で、そのままの気持ちを表現できるサエさんはすごいと思う。
 

・言わずとも 感じる何か 通じ合う 安らぐ空気 もたらす力
 

 私は現在妊娠中で新しい命がお腹の中で育っている。先日ソファに座っていると歩さん(仮名)がきて、「子供さんある?」と聞いてきた。私は「まだ」と答えると「まず気をつけて」と歩さん。私が妊娠していることは歩さんに伝えていないのだが・・・。また少しして「子供さんは?」と「まだ」と同じく返答すると「はやく見たい、かわいいんだ」と歩さん。あれ?歩さんわかるのかなと不思議に感じた。しばらくするとまた、「お子さんは?」と歩さん。「まだ」と私。すると、歩さんは「丈夫な赤ちゃんもって、どっちが生まれるか楽しみにして」「どっちが生まれても子供は子供」と言う。
 私は女の子がいいなという思いがあったが、確かにどっちでもまずいい。お腹に赤ちゃんがいることを伝えないけど、歩さんはわかっているような話をしてくれた。
 最後には「とにかく体気をつけてね、体、お腹の中にもいるんだから。大事に育てるべし」とやはり妊娠している人へのいたわりだった。「大事に育てるべし」と力強い言葉、ふんわりした雰囲気のある歩さんの励ましは力になる。初めての妊娠で不安はあるが、いろいろ感じて、楽しみながら新しい命を生み、共に成長したいと思う。


 言葉と言葉ではないなにかと、伝えあい感じあうには両方、必要なんだと思う。
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能楽ライブ ★理事長 宮澤健【2010年6月号】

 賢治を題材にした新作能「光の素足」の作者としても活躍されている中所宣夫氏の能楽ライブが北上の慶昌寺で行われたので参加した。「光の素足」は7,8年ほど前だったか花巻でも公演され感動した記憶がある。その後2007年には千駄ヶ谷の国立能楽堂でも上演されて話題になった。
 このお寺での能楽ライブは5回目ということで、鼓などはやし方や謡いなどのそろった上演ではないが、能のおもしろさをワークショップ的に伝えようという興味深い企画である。能楽ライブでは、普段の能舞台ではあり得ない、間近で舞が舞われ、鏡の間で行われる能面を当てる場面も見られるのだから裏と表を一度に見ているような心地になる。
 今回のテーマは能面の表情の奥深さや豊かさを味わおうというものだったが、童子面という能面が使われる能演目3つをダイジェストで3人のシテ方が披露し、そのあとで観客から質問に応じて解説をするという展開だった。
 「能面はシンメトリーではないと本でよんだがどうか」という質問があり、シンメトリーでは豊かな表情が出ないので、厳密には左右対象にはなっていないものだとか、面うちの人によると、橋がかりを渡って出てくるときはかげりのある感じを、演じて引きあげるときは晴れやかな感じを出そうとする工夫が念頭にあるので、陰陽でいうと向かって左側が陰で右側が陽になっているなどと面白い話しが出る。
 「能面のような」という無表情の意として使う言葉は、能を知らない人が使ったまちがった言葉で、能面ほど豊かな表情を表現するものはなく、世界中の多くの仮面劇の中でも飛び抜けて繊細な表現を可能にした、最も豊かな表情を持つものだという話しもでた。確かに能面は派手な表情ではないから、その抑制された表情が「能面のような」という言い回しにつながったのだろう。その抑制の奥にこそ微妙な感情が豊かに表現されうるという逆説を、我々の先人は知恵として見抜いていたのではないだろうか。我々はその面に隠された微かな表現を豊かな表情として受け止める事のできる感性を持った民族と言うことができるのだろうが、「能面のような」と誤った表現が日本語にあるということは、やはり誰もが理解できるのではなく、ある種の人々に特化した形でその感性は活かされたと見るべきなのか。我々は今の時代、西欧的な派手な表現になれきっているから能の微妙な表情を感じる感性が萎えているのは間違いないが、昔の人でさえ能面の豊かな表情を読み取れる人は限られていたのかもしれない。悲しみや恨みなど心の微妙な動きは抑制の効いた表現の奥に微かに伝える事でしか本当には伝えられないのだといった美学的な知恵をそこに感じる。我々の現場では、ユニットケアでも障がい者支援においても、本人の意志の尊重が声高に叫ばれるようになっている。それはそれで間違った方向だとは思わないが、人間という存在がそれほど単純でもないことを、支援する立場にあるものは理解しておく必要があるだろう。言葉を単に意志として受け止めるだけでは、本人に責任を押しつけて、体よく支援者としての責任を回避することにさえなる。表現のその奥に微妙な陰陽が豊かに息づいていることを知らなければ、「能面のように」という言葉のような、本質を見落としてしまう轍(てつ)を踏むことになってしまう。ともかく現場にある支援スタッフとしては微かな表情の中の豊かな心の表現を見抜く感性とそれを生かす訓練が必要とされることは間違いない。
 長い間秘めてきた深い思いや、自分でも気がつかないでいた思いがけないことを語りうるには、それなりの「場」と「時」と「相手」が必要である。能面の抑制された表現が、豊かに語る舞台となるには、それなりの役者と観客が必要であるように。支援者としての我々はそうした時と場を保証する使命を持っているように感じる。それは自分自身が厳しく問われる瞬間でもある。自分がどういう人間として、どういう態度でその人に向きあうのかが決定的に重要になり、まさに生き方そのものと自分自身の存在が問われると言ってもいいだろう。
 こうした状況はおそらく能役者が能面と向きあう緊張感や関係性に近いのではないかと前々から想像していた。能役者はおそらく、鏡の間で、これから演じる能面と向き合い、憑依の状態にせまることでそれになりきり、舞台で、微かな面のかげりや照らしの表現を通じて豊かな感情を伝えるのである。鍛錬、修練によってのみなされる技であろう。
 そこで私は、能役者と能面の関係性について尋ねてみた。能面の面(おもて)を見ている観客としての私と、面を当てている能役者では面と裏の関係にある。裏は能面の裏というフィジカルなところから、能面の内面としての役者の存在自体という内的な深みまで考えられる。能役者の解説はフィジカルな所では、当てやすい面や妙になじむ面などいろいろあって、面との違和感のないときほどいい内容の能になるような気がするということだった。鏡の間で面を当てるとき、能面に一礼するが、それが、形式としてではなく儀式としての一礼になる必要があるという。演目が決まった時点から、その能面と向きあう時間をとることもあるという。世阿弥の時代から伝わった古い能面などは、魂が宿っているようで、その能面の生きた時代の重みに役者が引きずられたり支えられたりすることもあるなど興味深い話しだった。
 この能楽ライブを通じて、我々の現場でも「こうして欲しい」と言った自我意識に基づく意志などというあからさまな表現よりは、微かな表情の中にこそ豊かな感情を表現しうるという逆説的なことが重要な仕事となってくるのではないかと感じた。言わば利用者の舞う人生の能舞を「能面のような」といった表層で取り違えることなく、深い表現として味わい受け止めることができうるかどうかが問われるはずなのだ。
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畑の先生 ★特養ユニット「ほくと」 三浦元司【2010年6月号】

 特養の庭に畑を作るぞと勢い込んだものの、何をどうしていいのか全くわからない。耕運機の使い方はおろか、草刈り機のエンジンのかけ方すらわからない自分。果てには牛堆肥を取りに行こうとしても軽トラが動かせないというなさけなさ。いちいち先輩スタッフに教えてもらった。夏野菜の苗を育てるのもまったく分からない未知の世界。何もできず、なにも知らない自分を発見するばかりだった。
 なにも進まないまま一ヶ月が過ぎて無理なんじゃないかとあきらめそうになりながら落ち込んで畑に立っていると、なんだか視線を感じた。祥子さん(仮名)が遠目から心配そうな顔で見ているではないか。今まで気がつかなかったが、祥子さんは私が畑に取り組み始めた一月前から見ていてくれたことにこのとき初めて気がついた。
 その時から、苗の水やりを祥子さんと一緒に行くことが日課になった。祥子さんは「私はね、小さい頃からずっと農業をやっていたんだよ。」と話してくれた。作業をしながら毎日いろんなことを語ってくれる。土つくりについて、苗の育て方、仕立て方、虫対策、病気など教えてくれた。そのうち私は知らず知らずのうちに「野菜の育て方」という本をあまり開かなくなっていた。
 朝・夕の水やりは濃密な二人の時間になっていった。子どもの頃遊んだ情景、若い頃の恋愛の話し、戦争のこと、病気を煩ったことなど祥子さんの人生が語られる。畑からの帰りには、ユニットに飾る花を採ったり、犬の銀ちゃんを撫でて遊んだりとユニット内だけでは見られなかった祥子さんの多様な一面を見せてもらえるようになった。そんな祥子さんを見ていると、自分もわくわくして、この時間がとても大事に思えた。 ところがある日、水やりに行く途中祥子さんが立ち止まり、膝をさするようになって、日に日に歩くスピードが遅くなり、「足が痛い」とつぶやくようになった。水を入れたじょうろを持つのは厳しそうでフラフラしている。「大丈夫?じょうろオレ持つからさ。」と私が手を伸ばした瞬間、いつも穏やかで笑顔の祥子さんがキッと厳しい表情になって、静かに「ただでさえなんにもやらせてくれないのに。なにもさせられないのに、これまで私から奪うのか?」と言った。私は驚いてなにも言えなかった。すごく苦しく辛かった。祥子さんは、それ以上に心が痛かったんだろうな、、、、、
 翌日、ついにかぼちゃの苗を畑に植えた。昨日の事を自分なりに考え悩んだが、答えは出なかった。祥子さんには、かぼちゃを植える15分だけと決めて手伝ってもらった。やはり、祥子さんは畑がよく似合う。生き生きしているし、そばにいてこっちがわくわくする。15分は瞬くまに終わってしまう。でもその15分の中で何回怒られたことか。ナースに足の事で怒られ、スタッフに時間の事で怒られる。それでも二人で「うるさいな」とにやけながら土をいじって、なんだか心地よかった。
 よき介護、よき介護スタッフとは何なのか、社会人1年生の自分にはわからない。もしかしたらそんな問いに正解はないのかもしれない。でも、だから、、、これからも祥子さんと毎日水やりを続けて行きたい。今自分は祥子さんからたくさんの事を教えられ、伝えてもらっているような気がする。自分にとって大事な時間を祥子さんが作ってくれているに違いない。今、ここに祥子さんがいてくれたこと、祥子さんと出会えたことはとても大きなことに違いないと感じる。「またいろいろ怒られるんだろうなぁ。」と思いながら、祥子さんとの朝仕事にわくわくしてしまう。
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