2010年03月15日

ピリカラ姫は里ではなぜアイドルか?! ★特別養護老人ホーム 中屋なつき【2010年3月号】

「バカ!」「でくのぼう!」「なんだ、おまえなんか!」着替えやお風呂のたびに殴る、蹴る、つねる、引っ掻く。食事中にも介助者の顔をめがけてツバが飛んでくる。でもテイ子さん(仮名)の居室の誕生カードには、カメラ目線で片手をヒョイッとあげた写真にこんなコメントが書いてある。『誰もが寄っていきたくなる、そんな里の★アイドル★テイ子さん』
 「テイ子さん、誘拐してっていい?」隣のユニットのスタッフほなみさんがやってきた。「いい!」というテイ子さんの元気な返事に「やったー!」と連れて行かれてしまうくらいお隣のユニットでも人気者。
 実習にきたオカマっぽいお兄さんは、初対面なのにテイ子さんと気が合った。実習後、感想を聞くと「指をパクパク噛まれちゃいました♪」と妙に嬉しそうだった。北斗スタッフの和美さんなんか、いっつもテイ子さんのそばにいて、一体になっている感じ。テイ子さんに、みんなどこか癒されるようで安心する。
 WS利用者の美智子さん(仮名)もテイ子さんには特別な感情がある。車椅子で居眠りするテイ子さんに毛布を掛けてあげたり、自分の野球帽をかぶせて「似合うよ」と話しかけたり。そして「テイ子さんね、いっつもバカ、バカァ!って言うんだよ。か〜わいいよねぇ♪大好き」と嬉しそうに話す。テイ子さんに「くま」と呼ばれてそれをとても気に入っている様子だ。
 なぜ里ではテイ子さんはアイドルでスターになっちゃうのか?
 引っ掻かれたりツバかけられたり、暴言の連発では、普通の施設だったら当然「問題行動のある厄介な利用者」として受け入れられないはずだ。事実、前に入所していた施設では他に迷惑をかけるのでという理由で退所させられた経緯もある。
 前施設に入所になるその前、テイ子さんは里のデイサービスに通っていたが、辛口トーク炸裂で、あだ名は「ピリカラ姫」だった。上品で可愛らしいお嬢様な一面と、有無を言わせない我がままぶりからついたあだ名だった。一日中、憎たらしいセリフを吐き続けるけれど、そこに小粋なスパイスも利かせくれて憎めない。むしろ「次はどんなセリフをくれるかな?」とみんな楽しみになってくる。デイサービスのスタッフも全員テイ子さんが大好きだった。そんなテイ子さんが施設入所になった時はお別れが辛かった。ところが6ヶ月後、特養が開設したタイミングでまた里に戻ってきてくれた。デイの藤井さんなどはウルウルと涙目だった。
 ところがまだ立ち上げ間もない特養では、ややもすれば“厄介で問題行動として括ってしまう施設職員”になりかねない気配があった。私はテイ子さんと「遊ぶ」姿を新人スタッフに見てもらいたいと心がけた。悪態をついてつねったり引っ掻いたりするテイ子さんと、ピアノを弾いて一緒に歌ったり、こちらからちょっかいを出して笑ったり。そんな私と、テイ子さんはしっかり遊んでくれる。「バカ!」も「大嫌い!」もいっぱい言ってくれる。「アイラブユー」と投げキッスをすると「ユーラブミー!」が返ってくる。「♪出た、出た、月が〜♪」と歌うと「で〜た〜で〜た〜、でべそぉ〜!」と音痴なテイ子節が返ってくる。この『やり取りしてる感じ』がたまらなく心地よく、嬉しくなってくる。

 最近は、里に帰ってきた1年前とは違って「鬼はどっかさ行ってしまった!」と本人も言うように、穏やかな「仏のテイ子さん」になった感じ。まぁ、たまにはつねったりする鬼姫テイ子さんもご健在だけれど、「テイ子さん世界一かわいい!」と言われて「うん」と頷きながら、ちょっと間をおいて「なにも世界一でなくたっていい!」と言って周りを笑わせてくれる。スタッフもテイ子さんとのやり取りのなかで『遊んでもらっている感じ』がでてきて、特養も里らしくなりつつあるのかなとホッとする。

 バタバタと作業に追われている時に、通りがかりにふとテイ子さんと目が合う。「あ、見ててくれたんだ」って救われることがある。無言でウンウンと頷いてくれるテイ子さんのそばに行き、「大好きー!」とテイ子さんの膝元に顔を埋める。無言のウンウンに油断しているところへ元気なキックが飛んでくる。「わー!」と大袈裟にひっくり返ると「バカ!」と一声。こんなやり取りを微笑んで見てくれている他の利用者さん。 テイ子さんが里のアイドルでスターなのはこれからも変わらない。
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深みにはまってしまったアナログ ★理事長 宮澤健【2010年3月号】

 特養を開設するにあたって自分は何をすべきか悩んだ。特養という高度な介護の現場に私が直接入ることはできない。管理者としては現場で頑張るスタッフを支えることが主な仕事になるし、その重要な枠組みを形作っていく責任がある。それはスーパービジョンとして、個別面談を丁寧に行っていくしかない。それでも現場で私にできることはないかと考えた。そこで是非やってみたいと思い立ったのは音楽だった。24時間一日中ジャズが流れているような特養をイメージした。そんなのは特養なんかじゃない。そこがねらいだ。既存の高齢者施設の概念を打ち破る雰囲気や空気を作れたら最高だ。
 ところがこれで大変な深みにはまってしまった。長年抑制してきたはずのオーディオマニアの炎に火がついた。元々音楽的なセンスはゼロで、音楽に造形が深い訳でもない。単に機械やメカが好きなのだ。録音された信号を音に変えて響かせるというこのメカニズムに惹かれる。スピーカやアンプ、CDデッキなど片っ端から情報を集めはじめた。そして80年代の垂涎もので100万円もした遙か高嶺の花だったダイヤトーンの高級スピーカーが20万円台で売り出されているのを見つけ手に入れた。ついでだが、かつてスピーカの王者だったダイヤトーンが外国メーカーに押され、今や生産していないことも知って驚いた。
 次に30年来使用してきたサンスイのアンプをパワーアンプとしてセパレート化するために、ラックスマンのプリアンプを中古で手に入れた。このあたりまではよかったのだが、音の固さが気になった。そこで真空管のパワーアンプに手を出してしまったのがまずかった。ダイヤトーンの音は格段に品位を持ち、暖かい感じになったのだが、それをきっかけにアナログへ気持ちが惹かれ、20年前の中古レコードプレーヤを手に入れたあたりにはかなりの深みにはまっていた。デジタルの音に感心が向かずCDを聞く気になれなくなっていた。   
 アナログは奥が深い。ターンテーブル、トーンアーム、カートリッジ、カートリッジシェル、MC昇圧トランス、イコライザーアンプ、フォノケーブルとさすがにアナログだけあって小道具も極めて多い。このほかにもレコードを拭くスプレーや布、レコード針を拭くスタイラスクリーニングなど限りない。
 オーディオマニアの中にはCDよりレコードの方が遙かに音が良いと言い切る人もあるがそれは私には解らない。でも確かにCDはほとんど聞かなくなった。レコードや針を拭いたり、CDと違ってリモコンはないので、手作業で針を降ろし、レコードを裏返すなど手間暇はかかるが、全体に心地がいいのはなぜだろう。
 人間は、便利だけを求めるのではなく、手間暇の中に人間らしい何かを感じるに違いない。特に介護や教育の現場では、手間暇をかけることこそ大切なことに間違いない。肝心の特養の音楽であるが、「うるさいので静かにしてください」と言われ音量を絞って小さな音で微かに鳴らしている。なかなかやりたいことはやらせてもらえないものだ。
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ピリカラ姫は里ではなぜアイドルか?! ★特別養護老人ホーム 中屋なつき【2010年3月号】

 「バカ!」「でくのぼう!」「なんだ、おまえなんか!」着替えやお風呂のたびに殴る、蹴る、つねる、引っ掻く。食事中にも介助者の顔をめがけてツバが飛んでくる。でもテイ子さん(仮名)の居室の誕生カードには、カメラ目線で片手をヒョイッとあげた写真にこんなコメントが書いてある。『誰もが寄っていきたくなる、そんな里の★アイドル★テイ子さん』
 「テイ子さん、誘拐してっていい?」隣のユニットのスタッフほなみさんがやってきた。「いい!」というテイ子さんの元気な返事に「やったー!」と連れて行かれてしまうくらいお隣のユニットでも人気者。
 実習にきたオカマっぽいお兄さんは、初対面なのにテイ子さんと気が合った。実習後、感想を聞くと「指をパクパク噛まれちゃいました♪」と妙に嬉しそうだった。北斗スタッフの和美さんなんか、いっつもテイ子さんのそばにいて、一体になっている感じ。テイ子さんに、みんなどこか癒されるようで安心する。
 WS利用者の美智子さん(仮名)もテイ子さんには特別な感情がある。車椅子で居眠りするテイ子さんに毛布を掛けてあげたり、自分の野球帽をかぶせて「似合うよ」と話しかけたり。そして「テイ子さんね、いっつもバカ、バカァ!って言うんだよ。か〜わいいよねぇ♪大好き」と嬉しそうに話す。テイ子さんに「くま」と呼ばれてそれをとても気に入っている様子だ。
 なぜ里ではテイ子さんはアイドルでスターになっちゃうのか?
 引っ掻かれたりツバかけられたり、暴言の連発では、普通の施設だったら当然「問題行動のある厄介な利用者」として受け入れられないはずだ。事実、前に入所していた施設では他に迷惑をかけるのでという理由で退所させられた経緯もある。
 前施設に入所になるその前、テイ子さんは里のデイサービスに通っていたが、辛口トーク炸裂で、あだ名は「ピリカラ姫」だった。上品で可愛らしいお嬢様な一面と、有無を言わせない我がままぶりからついたあだ名だった。一日中、憎たらしいセリフを吐き続けるけれど、そこに小粋なスパイスも利かせくれて憎めない。むしろ「次はどんなセリフをくれるかな?」とみんな楽しみになってくる。デイサービスのスタッフも全員テイ子さんが大好きだった。そんなテイ子さんが施設入所になった時はお別れが辛かった。ところが6ヶ月後、特養が開設したタイミングでまた里に戻ってきてくれた。デイの藤井さんなどはウルウルと涙目だった。
 ところがまだ立ち上げ間もない特養では、ややもすれば“厄介で問題行動として括ってしまう施設職員”になりかねない気配があった。私はテイ子さんと「遊ぶ」姿を新人スタッフに見てもらいたいと心がけた。悪態をついてつねったり引っ掻いたりするテイ子さんと、ピアノを弾いて一緒に歌ったり、こちらからちょっかいを出して笑ったり。そんな私と、テイ子さんはしっかり遊んでくれる。「バカ!」も「大嫌い!」もいっぱい言ってくれる。「アイラブユー」と投げキッスをすると「ユーラブミー!」が返ってくる。「♪出た、出た、月が〜♪」と歌うと「で〜た〜で〜た〜、でべそぉ〜!」と音痴なテイ子節が返ってくる。この『やり取りしてる感じ』がたまらなく心地よく、嬉しくなってくる。


 最近は、里に帰ってきた1年前とは違って「鬼はどっかさ行ってしまった!」と本人も言うように、穏やかな「仏のテイ子さん」になった感じ。まぁ、たまにはつねったりする鬼姫テイ子さんもご健在だけれど、「テイ子さん世界一かわいい!」と言われて「うん」と頷きながら、ちょっと間をおいて「なにも世界一でなくたっていい!」と言って周りを笑わせてくれる。スタッフもテイ子さんとのやり取りのなかで『遊んでもらっている感じ』がでてきて、特養も里らしくなりつつあるのかなとホッとする。


 バタバタと作業に追われている時に、通りがかりにふとテイ子さんと目が合う。「あ、見ててくれたんだ」って救われることがある。無言でウンウンと頷いてくれるテイ子さんのそばに行き、「大好きー!」とテイ子さんの膝元に顔を埋める。無言のウンウンに油断しているところへ元気なキックが飛んでくる。「わー!」と大袈裟にひっくり返ると「バカ!」と一声。こんなやり取りを微笑んで見てくれている他の利用者さん。 テイ子さんが里のアイドルでスターなのはこれからも変わらない。
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心揺らぐ年末の大掃除 ★グループホーム第1 西川光子【2010年3月号】

 昨年の年の瀬。昼食の時から何か必死に訴えているミサさん(仮名)がいた。何なのか受け止めようと皆で耳を傾けるがなかなか伝わってこない。 ”足が痛いです。おいしくない!!ダメ!! もういらない!!”と否定が繰り返される中「掃除」という言葉を食事介助に入っていた山岡さんがキャッチした。
 離れた所にいた私も嬉しくなり思わず”ミサさ〜ん”と声をかけた。”はい”と今までとは別人の様な返事が返ってきて、呼びかけた私を目で追っている。手を振るとしっかりと目で応えてくれた。
 すでに年末の大掃除は終わっていたので「昨日ぜ〜んぶお掃除やりました。よかったかしら?」と問いかけた。するとキョトンとした表情で「よかったです。」と答えるミサさん。さらに「外回りもみんなやり終えましたよ。網戸も、レールの溝も。雑巾がまっ黒になりましたよ。」と話を続けると、食い入るように聞いてくれるミサさん。
 私はますます話したくなり「ガラスは3回拭きし、流し台は・・・洗面所は・・・トイレは・・・庭の木の葉も拾って、玄関の格子戸は乾いた雑巾で拭きました。」とたたみかけた。それに対してミサさんは「もういいです。もういいです。」と言ってくれて、暮れの大掃除は終わった感じになった。
 しかし、どこか私の心の中にモヤモヤとした不完全燃焼が残った。私のイメージが先行しすぎてミサさんの実感は伴っていないと感じたからだ。その時、翌日一緒にお部屋の掃除をしようと決めた。
 翌日、車いすのミサさんと二人でお部屋に入った。右手にクロスをはめたミサさんは何も言わず車椅子にのったまま窓辺の柵を拭き始めた。私もつられて同じ柵をふいていると、木のささくれがチクッと手にさわったので危ないと思い隣に移動した。移動したところはたまたまダンナさんの写真が飾ってあるところで、ミサさんは黙ってクロスをはめた手をのばし、写真のガラス、そして額のまわりをふいた。
 私は初めてミサさんが銀河の里にきた日、この写真を両手にかかえ「あなた〜あなた〜どうしてここに居るの。一番逢いたかった人なの・・・」と涙したことが思い出され胸が詰まった。無言のまま、急須、湯のみ、丸鏡、時計、小物入れをふたりで拭いた。
 ミサさんはそれらを丁寧に拭くと「もういいです」と言って立ち上がった。黙って見守っていると久しく使っていない自分のベッドに、腰をかけるとゴロンと横になった。なぜか私もついつられて横になった。
 するとミサさんは私の首を左手でギュウギュウと痛いほどの力で引き寄せ、両足を私の膝の間にグイグイ挟み込んだ。そしてギラギラした眼差しで「怖いです、怖いです。明日死にます」と訴えるように語る。
 私はひたすらミサさんの足をさすった。しばらくするとおだやかな表情に戻り「かえりましょう。花巻、桜町4丁目」と語る。私はもう言葉にならずうなずくだけだった。
 いろんな思いがグルグルうずまいて、気持ちはミサさんの実家にいた。お互いとても心の揺らいだ年末の大掃除だった。
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一対一で出会うということ その2 ★理事長 宮澤健【2010年3月号】

 銀河の里はこれまでパートさん含めても40名の組織だった。組織運営に関わる中心者といえば10人程度のものだ。そこへ30名の人数が増えた。しかも銀河の里の雰囲気を知らない言わば「世間」の人が入ってきた。それが全体に分散するのではなく特養に集中してかたまりとなるので、銀河の里ではない集団がほぼ同規模で組織内にできたようなものだった。もちろん研修はしたが、そんなものはほとんど役にたたなかった。
 一方では社会的事情もある。コムスンショック以降、高齢者福祉のイメージは惨憺たるものがある。10年前なら花形だった介護系の専門学校も今では定員割れどころか、半分にも達せず廃止に追いやられるところも多い。卒業生も一般企業に就職する人も多く、介護職に就く人の大半は首都圏に出てしまう。
 専門性を求められ、奥の深い仕事にもかかわらず、重労働の上に給料が極めて低いという現実が介護職のイメージを完全に悪いものとして定着した。おしゃれなイメージに弱い最近の若者には極めて人気のない職種になってしまった。リーマンショックの渦中での求人だったにもかかわらず人員確保にはかなり手こずった。職安は求職者でごった返していても、福祉には誰も来ないという現実が続いている。慢性的な人材不足に陥っていて、他に仕事がないから仕方なく応募したという人が大半だ。
 高齢者福祉は人生最後の時期に関わる仕事と言える。人生総仕上げに関わる仕事だが、そんな重要な部分を他に仕事がないから仕方なくやっているような人に任せられるものではない。また消費者感覚でお金だけ欲しくて文句を言うだけの今時の感覚では、相手や自分に感心が持てるはずもない。とにかく人材で決まる現場だ。誰でも良いわけではない。いきなり30人の組織とチームを作り上げて出発するにはかなりの無理があったのは否めない。スタートしたはいいが現状は惨憺たるものだった。人柄重視で未経験の人が多いのは小規模なので何とか利用者さんが支えてくれるのだが、若い人を中心に、あまりに言語能力がない。なにも伝わらないし発信もされない。苦肉の策として顔を合わせたら手を挙げて挨拶しようなどと提案しなければならない程だった。
 そんな言語能力やコミュニケーション能力がほとんど出てこない若い人たちの中で、ある程度経験のある中高年の女性達が主に現場をリードしていた。しかしこれも裏目に出る。“おばん“を私なりに定義すると、社会的、人間的に成熟をせず、子どものまま歳だけとった女性だ。人間や社会に関して自分で考えたり悩んだりしない。人任せで無責任で表面的な行動しかできない。めざすのは良い仕事ではなく、定刻時間にきっちり帰ることだ。そのために作業だけをこなす。作業は進むが大事なものが消される。そこでは人間が完全に消滅してモノのように扱われて終わりだ。ましてや利用者さんの心や、気持ちは全く歯牙にもかけられない。そこに時代精神の科学主義が制度や監査を通じて襲いかかる。ちゃんと、きちんと、正しいひとつの答えがあるという幻想に飲まれる。人間の持つ多層性、全体性が消し去られる。
 定刻で帰れるのは良いことだが、立ち上げの一ヶ月目からぴったり誰もが時間で帰るのはむしろ異常ではなかったか。この時期は試行錯誤や葛藤にこそ意味があるはずだ。利用者さんの人柄、顔、個性はどこからも見えてこなかった。全く銀河の里ではない施設ができているようだった。
 しかもこれは今や「世間」の象徴なのだろうか、そのうち特養裏サイトが立ち上がっていく。この裏サイトは猛威をふるい、組織を混乱に陥れ、それぞれを疑心暗鬼にさせ、心を閉ざさせ、顔の表情を奪い去って行った。           続く
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幸子さんの笑顔 ★デイサービス 小田島鮎美【2010年3月号】

 ある日の午後のひととき。テーブル席に座っている幸子さん(仮名)と何かをしたいと思い、棚からお手玉を出してきた。幸子さんは歌が好きで、よく口ずさんだり歌にあわせて手拍子したりしている。踊りも好きで、お盆を持ってスタッフと一緒に踊ったりすることもあった。卓球が得意らしく、幸子さんのリズム感のすばらしさは、そこからも来ているのかもしれない。いつもの歌やリズム遊びとは違った形で楽しめないかと思って、お手玉を取り出してみた。
 “うさぎとかめ”などの童謡にあわせて、私がお手玉を高くあげたり、手の甲でキャッチする様子をジッと見ている幸子さん。そのうち表情がやわらかくなって、「上手だ」と笑い出す。ふだん笑うことの少ない幸子さんなので、幸子さんの笑顔を見られて私はなんだか嬉しくなった。失敗してお手玉を落としても、やさしく笑って楽しんでくれる。優しく包んでくれるお母さんのように見ていてくれる。そんな幸子さんの笑顔に、周りにいたスタッフも嬉しくなり、洗濯かごを持ったスタッフの脇山さんも踊りだした。これに幸子さんは大笑いで、顔を隠したり、涙が出たりと、もう勘弁!という感じになった。
 幸子さんの楽しそうな表情が、デイホールの雰囲気全体を和ませてくれた。何気なく「今日は幸子さんと一緒に何かをしたいな」と感じてはじめたお手玉だったのだが、私のその思いは、もしかしたら幸子さんに伝わったのかもしれない。
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かあちゃんのおやつ 〜残りご飯で作る団子編〜 ★グループホーム第2 北舘貞子【2010年3月号】

 毎日午後三時はおやつの時間だ。みんな楽しみで、スタッフの手作りのおやつをわいわいと食べる。私は甘いものが苦手で、おやつなんて作った事がない・・・「どうしよう」と担当の日は朝から悩む。利用者さんには糖尿病や高血圧等、色々な病気もある。「おやつ」だけど糖分を控えて作ると、甘いもの大好きな久子さん(仮名)から「砂糖かけてくいてぇじゃ」手厳しい声がかかる。
 そこでふと思いついたのが、「残りご飯で作るお団子」だ。手軽に作れて甘さも控えめ、お団子は利用者さんもみんな大好き。そこでみたらし団子を作ってみると、「うめなぁ」と声があがった。「これ、ご飯でつぐったってがぁ」と驚きの顔も。沢山作ったのだがあっという間にそれぞれのお腹の中に消えていった。「よかったぁ」と皆の笑顔に嬉しくなった瞬間だった。
 数日後、好評だったのでまた作ってみようとキッチンに立つと、「団子つぐるのが? ほんとにまんまでつぐるってが?」と桃子さん(仮名)が興味津々で近づいてきた。「てつだってけで」と言うと「でぎるべか」と言いながら、もうすでにエプロンを手にしている。
 ボールにご飯を入れてこね始める。「手さくっついでわがねじゃ」とご飯がいっぱいついた手を持ち上げてみせる桃子さん。「グローブみたいだなぁ」と私もはしゃぐ。
 ご飯を潰したあとは丸めてお団子にする作業。桃子さんはボールの中のご飯を適当な大きさに分けてくれる。「少しおっきいか?」 「ありゃ、ちっちぇがったが」といちいちコメントをしながら作業をしてくれている。
 ところが分ける大きさがまばらなのが納得いかなかったのか、突然「おらわがね、おめやれ」と私に振ってくる。大きさや形がまばらなのも手作りのいい所なのだが、生真面目で諦めの早い桃子さんだった。「オラまるめるがらよ、オメやれ」と団子に丸める作業に自分で移る。そうしてあぁだこうだと言っているうちに団子が出来上がる。「うまぐできたなぁ、いがった」と笑顔いっぱいの桃子さんと私だった。
 

≪みたらし団子の作り方≫
1.ご飯茶碗一杯に対して片栗粉計量スプーン大で二杯を混ぜ合わせる。
2.手に水を付けながらご飯の粒が気に成らなくなる程度に潰しながら捏ねる。
3.捏ねたご飯を、適当な大きさに分けお団子に丸める。
4.大き目の鍋にお湯を沸騰させ団子を茹で上げる。鍋に入れた団子が浮いてきたら鍋から取り出しバットに入れる。


≪みたらしのたれ≫(団子20〜40個) 濃い口しょうゆ 大さじ2 水 35cc 水(片栗粉用) 25cc 片栗粉 10g 砂糖 150g
※分量は大体の目安です。好みや団子の量に応じて変えてください。


 鍋に醤油、水、砂糖を入れ沸騰させ水溶き片栗粉でとろみを付ける。団子にたれをかけて出来上がり(^^♪
 みたらしの他に、黄な粉、胡麻、胡桃、あんこ味の団子も美味しいです。簡単ですので是非試してみてください。 ☆もち米を入れて炊いたご飯だと更に美味しく出来上がります。
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特養日記 華さんの一言 ★特別養護老人ホーム 板垣由紀子【2010年3月号】

 昼下がり、コーヒータイムにふと華さん(仮名)がつぶやいた「学校やんたな〜。」
 この言葉がビ〜ンと私に響いた。
 華さんがはっきり言っている訳ではないが、私には、「今の特養を学校のような堅苦しいところにしてほしくない」と言っているように聞こえた。
 学校のように問題を起こさないため管理し整然として堅苦しい空気。そうした空気を作る片棒を自分が担いでるとしたら・・・とゾッとする。
 確かにまだ特養は立ち上げ途中で、里にはなっていない。そこにいると自分が余裕を失い、遊びをなくしてしまう。暮らしや生活の潤いや豊かさは創り出せないまま、規則と日課にとらわれ無駄もゆるされないような脅迫観念が働いて、楽しみながら過ごすことができない。
 それでも私は勤務を終えて帰ることができるが、入居者は帰ることができないと考えると辛くなる。自分が居て楽しい空間でなければ、利用者だって楽しくはないだろう。ゆったりと構えてじっくりと自分らしく向き合いたいのにそれができない。華さんのこの言葉は、このところ苦しかった私にくれた『宝』の一言だった。思わず私は「学校で不良しよう。」と隣にいたスタッフのほなみさんに伝えた。
 こうした華さんの言葉も、みんなでテーブルを囲んで過ごす時間のなかで出てきた言葉だったと思う。何もしないで、ただそこにいる。そんな時間が人を豊かにし、そこでこそ相手も自分もお互いを見つめることができるのではないかと思う。12月の通信で寛恵さんのコーナーに紹介された映画「めがね」を見た。『黄昏れる』という言葉がキーワードなのだが、黄昏れるには、どうやら素質がいるらしい。私が好きなシーンは、春子さんが、キッチンに立って、小豆を煮るシーンだ。春子さんは鍋の前にじっーと立っていて、鍋の小豆はふつふつと音を立てている。一時も目を(耳も五感全部)そらすことなく、神経をそこに集中させる春子さん。そして時が来て「はい、今。」と火を止める。何もしない時間は五感を研ぎ澄まして待つ時間でもある。
 ある時、特養のツキ子さん(仮名)が「綺麗な、真っ直ぐな器量を持って・・・。」と話し始めたので耳を傾けた。「大きな海原に生きてください。・・・・若い人たちの生活ひきずっていくのはあなた方、読み直して、生活を大きく暮らすようにした方がいい。あとは何も言うことはない、あなた方が、煮るなり食うなりして・・・・とにかく垣根を取っ払って、あなた達の生活。みんな大きくなって下さい。」としばらく沈黙。何か大事なことを言われているように感じていると、「料理と同じもんでねがな〜。」と言った。その言葉と「めがね」の小豆を煮るワンシーンが重なった。
 「そうだよねそう言うことだよね」と感じながら、みんなで黄昏れたいと思ったのだった。
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今月の一句 『ひなまつりの一言』 ★グループホーム第2 鈴木美貴子【2010年3月号】

・性分を 眺めて思う 我のこと ぐずめく我に 生きがい感じ

・おひなさん 並ぶ表情 皆違う 家ではおらが ひな人形 
 

 コラさん(仮名)は、ほとんど居室で過ごしていて食事も居室でとる。時々、気分転換でリビングにでてくる時もある。3月3日はグループホーム第2でもひな壇を飾った。コラさんは、目が見えにくいが、「見えるべがどうだべ。見てくるかな・・・」と言っていたのだが、午後の昼寝が長引きリビングにでてくる時間が遅くなってしまった。目を覚まし、時間を聞くと「なんたら・・・おひなさん見に行くって言ってたのに、わがねえじゃ」とグチグチ言いはじめた。そんなぐずめくコラさんが、「ぐずめがなくなったら終わり、私はぐずめぐ性分に生まれたんだもんな。でも仕方がないんだ。ぐずめぎだしたら生きがい感じてらな。大丈夫だって思わなければならない」と自分で分析している。「人間は自分の性分わがってねばねえぞ!!」と言って「さあ、おひなさまでも見てくるかな」とリビングへ向かった。
 「立派なおひなさまだじゃ。銀河の里は名前だけ立派だと思ってたけど、違かったな」と言いながらひな壇を眺める。コラさんは5人姉妹の長女、「女だけだったけどおひなさんなかったおんな」とひな壇を眺めるコラさんの顔は真剣でもやんわりしていた。
 人間は自分の性分わがってねえばねえぞ!!グズめく自分も自分。自分を知ることは大事だよね。相手を知るためにもね。
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今月の書「蕾」 ★特別養護老人ホーム 山岡睦【2010年3月号】

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花開く時を待つ

ゆっくりと
ゆっくりと

太陽や土や水や
あらゆる自然の力を感じて

時間をかけて育ち
その先にある何かを待つ

たくさんの想いに胸を膨らませながら・・

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