2009年07月15日

今月の書「歩」 ★特別養護老人ホーム 山岡睦【2009年7月号】

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一歩ずつ、一歩ずつ、道なき未知を歩く

その先にあるものはわからなくても

歩き続けることに意味がある

歩んだ道を振り返ったときに見えてくるもの

それが次なる糧となる


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今月の一句 ★グループホーム第1 鈴木美貴子【2009年7月号】

 晴天の 空に浮かんだ 白い雲 見上げる空に 二人も浮かぶ
 

 例年の「父母の日会」が今年も行われた。今回は童話村に出かけた。以前にもおなじ会で童話村に出かけて、そこの汽車に乗ったこともあった。コラさん(仮名)のお気に入りの場所だ。ところが、「父母の日会」が近づくにつれて、例のごとくコラさんの心は曇り気味に、「行かないよ」という話になっていく。ひねくれコラさんのいつものことなので、私は当日に賭ける。当日は快晴。「今日晴れだよ」と出かけようとは言わずに声をかける。「そうねいいね、で、何?」とコラさんも返してくる。駆け引きだが本音は誘われたい気持ちもあるはず。「今日は童話村の日だよ」と誘うと。「行かないよ」とは言うが頑なな感じはない。「何回も行ったもんな。」と柔らかい。「いんだ何回行っても、行こう。天気いいし」と言うと案の定「行こうかな」とのってくる。
 会場の童話村では「日の当たるところがいいな」と特等席で昼食をとり、その後、車椅子で童話村を散歩。コラさん大満足の童話村での、「父母の日会」になった。空を見上げながらコラさんが、「雲、一つある」と言う。普段は「目がみえない」というコラさんがみえた雲。青空にひとつだけぽっかりと浮かんだ雲。その白い雲がまばゆく新鮮に感じられた一時だった。
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気づいたこと ★デイサービス 櫛引美里【2009年7月号】

 里に来て、3ヶ月。利用者さんの名前と顔も覚え、日々の仕事にもなじんできた。ところが作業をこなすことにこだわるあまり、利用者さんの言葉や行動の意味を想像したり、理解しようとする姿勢を失っていたことに気がついた。先輩スタッフに「右往左往しないで、どんと座っているとよく見えてくるものがあるよ。利用者さんに関心を持ったらいいんだよ。」と言われてハッとした。どこか作業を優先し、利用者さんへのまなざしを失いがちになっていたと気がついた。それから視点が変わるといろいろ見えてくるようになった。
 良夫さん(仮名)は一人でいる時間が多い。ある日おやつ作りを一緒にやってみたいと思い、声をかけ
 「これ入れてちょうだい。」「これ混ぜてちょうだい。」とお願いをすると、とても丁寧に取り組んでくれた。私が席を離れている間も一生懸命作業をこなしてくれ、味見をしてもらうと「いいな」と笑顔で答えてくれた。おやつ作りを通して良夫さんの人柄に触れ、優しさも感じた。
 なかなか落ち着いて座っていられず、ホール内を歩き、周囲に対して「小ばかたれ!」「ドロボー!」と大声を出してしまう幸子さん(仮名)。当初は「なんでこんなに言うんだろう?」ととまどいでしかなかったが、ある日幸子さんの隣で食事をしながら、幸子さんの世界に浸ってみようと思った。ご飯を食べている途中で「早く!」と言い、立ち上がる幸子さん。「どこに行くの?」と聞くと「さくらまち」と答えてくれる。今は家に帰るイメージなんだなと解釈した私は「私も一緒に行っていい?」と聞いてみた。すると「いいよ」と私を連れて歩いてくれた。少し歩いて席に戻り再びご飯を食べていると、今度は鞄を取りに来た他の利用者さんに対して「ドロボーだよ!」と声が飛ぶ。幸子さんはここが自分の家で、くつろいでいるところに無断で入ってこられた感じなんだったら、“ドロボー”という言葉もいくらかわかるような気がする。デイサービスが幸子さんの居場所となっているのならそれは嬉しいことだ。
 今何が起きているのか全体を見ること、利用者さんと関わっているスタッフやその関係に関心を持つこと、自分も利用者さんの関わりを他のスタッフに見守ってもらうこと、こうした守りや支えがあって利用者さんと向き合えるのだなと感じた。個性あふれる利用者さんと毎日を過ごし、当初に感じた楽しさとはまた違った楽しさ、面白さを発見しつつある。
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新人ケアマネ奮闘記 ★居宅ケアマネージャー 板垣由紀子【2009年7月号】

 寝たきり寸前、ぎりぎりの攻防 その2  「積極的な“生”の復活」

 ショートステイで受け入れてもらって、その間なんとか戻る場所も確保したが、今後どうしていったものか。身体的な状況が回復しても、2階が寝室のアパートでは、転倒など同じことが繰り返されることは目に見えている。長期的な今後の検討のため、市の生活保護課、サービス事業所の関係者に集まってもらい担当者会議を開く。
 平屋の市営住宅に移れないか。空きはあるのか、引っ越しの費用は生活保護費で出るのか、施設入居を考えるべきではないか。かなり自由度が高い施設でないと本人の性格やニーズにそぐわないのではないか。生活保護が対象の施設でなければならない等意見が交わされた。
 市営住宅は建築課が担当で、この場では見通しが立たず、ケアマネージャーの私から、建築課に問い合わせ、生活保護課からも話をしてもらうことになった。
 建築課では、生活保護の人の市営住宅入居をためらう傾向があった。「入居後に生活保護になるのは仕方がないが・・。」と考え込む。「立て替えの住み替えなら問題ないのですが・・・。」立て替え予定は2年も先のことで間に合わない。低所得者を対象に古い平屋を残す話も出ているが決定ではないとのこと、結論は出ず、生活保護課と相談してみるとの話になった。ショートステイは20日が期限になると伝えて連絡を待つことにした。
 そうした調整中に本人はショートステイでみるみる元気を取り戻し、車いすで自走し自由に動きまわり、玄関脇の喫煙場所に通って来るまでになった。食べるものを食べ、介助付きでお風呂に入り、自分のスタイルを貫き、スタッフに醤油を買ってこさせたり、朝はパンがいい、たばこがなくなる・・・等とにかく注文をつけながら、快適に過ごしていた。
 薬は完全に自分勝手な飲み方をしていたので驚いた。体調を壊さないのがおかしいくらいだ。むしろ薬は飲まない方がいいのではなかろうかと思う。看護師も「薬を残したり、足りないと催促が来る。」と困っている。「処方箋通り飲まないなら、受診した意味がない。ここでは、医師の処方通りにしか薬は出せないから。」と本人に話す。「わかった」とは言うものの、長年これでやってきただけあって、勝手な飲み方は改まらず、スタッフを困らせた。
 ショートステイに入って2週間も過ぎると、痛みも消え、デイサービスにピアノを弾きにいくまでになった。久々のピアノは、思うように指が動かずとぎれがちではあったが、それでもなかなかのものだった。そうした生活が続くようになると、薬へのこだわりは、すっかり消え、処方通りに飲むようになったから不思議だ。
 施設での生活にもなれ、スタッフともなじみの関係ができてきた。ショートステイをベースに、今のままのアパートで一階に限定してやっていけるのではないか思えるまでになってきた。彼のためにピアノをショートステイに運んで調律もした。思う存分いつでもピアノを弾ける環境も整えた。(つづく)
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お中元商戦 2009 ★事務・広報 米澤充【2009年7月号】

 ワークステージにとって、工賃アップのための重要な季節が今年もやってきた。

 今年のお中元は健康を意識した3種のヘルシー餃子が特徴。昨年まで製造していたエビ餃子などに比べ、見栄えに関してはシンプルな餃子となったが、ベテラン製造技術者を職員として招いたことで、自慢できる品質の餃子に仕上がった。また自家製の皮も自慢の一つで、特に焼売のプリプリ感はぜひとも食していただきたい。
 この時期ワークステージの利用者もお中元モード。片っ端から知り合いに宣伝する人もあれば、製造が間に合わないよ!と生産スケジュールに気をもむ人もいたりと、てんやわんやの様相を呈してくる。
 地元紙の岩手日報、岩手日日の両紙面で報道された効果もあり、おかげさまで注文受け付けから2週間で200セットのお申し込みをいただいた。目標の300セットまであと少し。“景気が冷え込む今夏の贈り物だからこそ、手作りの温かさをお届けしたい”という職員と利用者の思いを胸に、製造や発送に忙しい日々が当分続きそうだ。(お中元は7月31日までお申し込みを承っております。)
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草っことってよがったな ★グループホーム第1 西川光子【2009年7月号】

 この春、新たにグループホームに入居してきたフユさん(仮名)。腰痛があってほとんど部屋で横になってすごしている。トイレに行く時など物音ひとつさせず、ベッドからスルリと床に降りる。そして四つんばいで目的地に向かうのが常だ。そんな時「どごさか行ぐ所だっか?」と声をかけると「あや〜申さげねな〜。ありがとや、どうも!!」と手を引いて立ち上がる。
 ”趣味は草とり”と聞いていたのでいつか畑の草取りに出たいとは思いつつ、普段が四つんばいなので、長らくためらっていた。ところがある日、度胸を決めた山岡さんが「フユさんとテラス前の畑で草取りしてます。来れる人お願いします。」と声をかけ、畑に向かった。
 いよいよ来たかと、私は「うん行く、行く」とはずんで返事をした。畑仕事が好きなゆう子さん(仮名)も誘って一緒に畑に出た。みんなで畑に立つと乾いていた畑が一気にうるおった感じがした。私達の気持ちがうるおったに違いない。
 見るとフユさんは、両ひざを土につけシャカシャカとリズミカルな音を響かせて鎌を動かし、あっという間にあたりの草が消えていく。さすが”趣味は草取り”と申し送りに書かれるだけのことはあるとうなずけた。畑の草取りの四つんばいは大地とマッチしていて、とても自然だった。室内の違和感のある四つんばいとあまりに違う印象が不思議だった。
 ゆう子さんは青菜を見て「こったにこごっておいでダメなんだ!!」と間引きを始めた。間引かれた青菜は、すぐに持てないほどいっぱいになった。中にいる人に洗ってもらおうととキッチンに持っていったところ、ミヤさん(仮名)が忙しそうに「わらす探しさ行がねばね。おめよ!!行ってすけね」と話しかけてきた。先日餅つきの縁どりで大活躍したばかりのミヤさん。思いきって「これ洗ってすけね〜」と返したら、なんとすんなり「これ洗えってな」と作業を受けてくれるではないか。 一本一本丁寧に洗った上に、さらにテラスに積み上げてあった青菜を見つけ「これもやればいいんだべ」と足取り軽く運んでいく勢いに驚いた。
 ミヤさんも含めて畑とキッチンの見事な連携にみんなの作業は一段と活気づき”結いっこ”の気分になった。畑の方では間引きも終わり、全員で草取りに集中している。ふと顔を上げたフユさんと目が合うと「ありがっとや!!」と笑顔でお礼を言ってくれた。自分の畑をみんなが手伝ってくれているイメージなのだ。そのイメージの中に入って手伝う人達の感覚は心地よい気分として盛り上がった。
 間引いた青菜を洗い終えたミヤさんも、ベランダに出て畑の作業を見ている。「誰がずるけるがもしれねがら見ででけでや」と言われて「そだな ハ ハ ・・・」と両ひじを椅子にもたれかけて監督役を引き受けている。それが不思議とミヤさんの”見守り”の中で草を取る感じになった。”見守り”ってよく言うけど”見て守る”人がいてくれることは凄く大きなことなんだなと体感した。
 やがて「小昼だずよ〜。こっちゃ来てんじゃ」とミヤさんの声に「じゃ今日は終わりにするっか」と一同畑を引き上げた。フユさんは「おれの鎌どれだったす」と道具を大切にする心を見せてくれて、さすが達人と感じさせられた。
 ゆう子さんもゴム手袋を脱ぎながら「洗っておがねばねんだな。みんな”いっちょ”にしておけばいいんだよ」と教えてくれる。
 テラスではお茶におやつが華やかに用意され、心和む充実の時を過ごした。入居者が4名入れ替わり新しいメンバーになって3ヶ月の激動の日々が過ぎて、久々に里の”暮らし”を満喫できた時間だった。
 フユさんは、それから畑を見る度に「あの時、草っことっていがったな〜」と口にする。みんなの心にいつまでも残る草とりの一コマだった。
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ミヤさんに誘われる ★グループホーム第1 村上ほなみ【2009年7月号】

 GH1で働き始めて2ヶ月が過ぎたが、未だにミヤさん(仮名)を上手く入浴に誘えないでいた。脱衣所まで行くものの、今日は入れる!!と思ったところで「頭具合悪いがらよ」「孫と入るがら」と毎回断られてしまう。私は悩み、涙する日も少なくない。
 そんなある日、私が朝の申し送りから戻ると「湯っこに誘われ、湯っこに誘われ〜」と歌うミヤさんの声が聞こえてきた。ミヤさんは注目してみている私の視線に気づくと、歌を歌いながら手招きし、ソファーの真ん中にドッカリと座っていた身体を端に寄せて私を横に座らせる。そして何と「おれ、今がら湯っこさ入って来るどもよ・・・おめぇ、もう入ったってか?」と一緒に入ろうと誘っているかのような言葉をかけてくる。
 “おまえはいつまで経っても駄目だからこっちから誘ってあげるよ。”と言わんばかりの満面の笑みだ。嬉しいけどちょっと悔しい思いも感じる私は、「え〜、ミヤさんが入るならね。いつも断られるからさ。」と返してみる。すると、「一緒に入るべし〜」と私の手を引っ張り立ち上がり、その勢いで脱衣所に入ると、さっさと服を脱いで風呂に入ってしまおうとする。私はあっけにとられながら「あっ、本当に入った!私も!!」と急いで後を追いかける。「待って!今行くから!」と浴槽に入り、2人一緒に風呂に浸かる。
 溢れ出るお湯を見て「ほー。おらどがデブだからだな。」と笑うミヤさん。私は何回もことわられ、泣きながらやってきただけに「こうして2人で入る時間を持ててよかった。」と嬉しくて仕方なかった。
 あんなに悩んでいたことが、こんな形で実現してしまうなんて!ミヤさんには、本当に心を揺り動かされる。あれこれぶつかることも数え切れないほどあるが、そうやって、本気で向き合ってきたからこんなことも起こるし、それが感動として体験できるのだと思う。これからも本音で向き合い、ミヤさんと挑戦!ミヤさんと発見!そんな毎日にして行きたい。
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銀河の車窓から ★デイサービス 小田島鮎美【2009年7月号】

「おはよう」「あや、おめさん来てけだ」デイサービスの迎えに行く度に、勝手口で、歩さん(仮名)と挨拶しあう。彼女は一人暮らし。私とふたりで火の元の確認や戸締りをして銀河のデイに出発するのだが、出発するまでになかなか時間がかかる。“かぶるの持ったっけか”と、ジェスチャーを交えてわたしの目を見ながら話すので、どれどれとふたりでカバンの中をのぞく。“あったよ。大丈夫!”と一緒に確認して、歩さんは手ぬぐいをカバンに入れる。が、さあ行こうかというときに、その事がスッと消えてしまうらしく、また一緒に探す。(持っていくものを入れたかどうか、気にかかってしかたないんだ。わたしもそうだもんな。) 手ぬぐいなんて必要なの?と思う人もいるかもしれないけれど、歩さんにとっては草取り作業の必需品。自前の草取りガマや帽子まで持参する。
 歩さんはよく、“おれ、頭こう(パー)だから”と、すぐ忘れてしまうと笑いながら話す。でも、もしわたしだったら、そんな自分を笑って語ることなんてできないと思う。だから、歩さんのその一言を聞くといつもせつなくなる。と同時に、強さも感じる。
 勝手口であーだこーだとやりとり。時に、“おめさん朝早かったべ、おなかすいたでしょ”と、冷蔵庫を開けて、自分の畑で採れたたまねぎを渡したり、あらかじめ準備していたお菓子やら果物を、わたしの服のポッケになかば強引に入れたりする。銀河でたくさんすけてもらってるから、と断っても、歩さんは一歩も引かない。遠いところまでわざわざ迎えに来てくれて、何もお礼にあげられなくてごめんや、という思いがあり、せめてもの気持ちとして、たまねぎやお菓子をちょっぴり強引に渡すのかもしれない。デイでは、いろんな利用者さんに声をかける歩さん。話し上手で、聞き上手。ホールを歩いているスタッフにも、“座って休んで”“なにかすけることあるか?”と、声をかけてくれる。いたらないわたしを、孫のようだぁと可愛がってくれる。
 その歩さんは、グループホームに入居が決まり、デイの利用が終了する。入居の予定はあった方だったけれど、急だったので、何ともいえない気持ちになった。いつでも会えるんだけど…。もう歩さんの送迎に行くことはないんだなぁ…。デイのあのテーブルに歩さんの姿がないのを思い浮かべていた。寂しさもあるが、グループホームでこれからも続いていく歩さんの人生、暮らしを、見守っていきたいと思う。
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日々是旅人 〜バス送迎の車中より〜 ★ワークステージ 佐々木哲哉【2009年7月号】

 ワークステージの夕方のバス送迎を始めて一ヶ月たった。夕暮れにはまだ早い田園を駆け抜け、石鳥谷駅や花巻空港駅などを廻りながら銀河の里に戻ってくる。車内には自宅へ帰る利用者さんのほかにも、銀河の里のグループホームに暮らしている利用者さんも同乗して、気分転換を兼ねて約1時間のドライブをする。
 いつも同じことの繰り返しだけれど、そんななかにもドラマがある。

 ほぼ毎日朝夕欠かさずに助手席に乗るサチさん(仮名)は、少しでも本人の気に触る音がすると「うるせっ!」と怒り、大きな振動や驚きがあると「おっがね!」と声を荒げる。
 そのおかげで運転は慎重になってよいのかもしれないけれど‥‥他の利用者さんまで緊張してしまうのが難しいところだ。ただ面白いことに、必ずしもラジオの音量や流れてくる音楽、利用者さんの会話など音の大きさが気になるわけでなく、サチさん自身が独自に持つ敏感な音や振動があるようだ。例えば運転席ドアの窓をピシッと閉めると(静かに閉めたつもりでも)、ラジオから偶然流れてきた激しいロック音楽など気にもしないのに突然「うるせっ!」と言われてこちらがびっくりしてしまう。

 それでも次の瞬間には怒りなどどこかへ行ってしまい「次はどっちゃ行ぐの?」、「ここはどこさ?」とニコッと聞いてくる。毎日同じコースなのに、サチさんには日々初めての道のりのようだ。さぞ新鮮なことだろうと思うと、羨ましくもなる。陽気なときには突然「とん、とん、とんからりんのと〜なり〜ぐみ〜」などといろんな童謡を唄ってくれたり、日差しが眩しいときには(やっぱり突然!)「帽子貸してけろ」と、農作業でうす汚れた私の帽子を何も気にせず被ったりする茶目っ気もあって楽しい。

 他にも、どちらかといえばお騒がせものだったり色々悩みを抱えている利用者さんが同乗するのだが、そんな利用者さんとサチさんが銀河の里に戻ってきたバスから降りて坂の上のグループホームまで一緒に手を繋いで歩いている姿を見ると、一日の疲れを一瞬忘れるほど和やかな気持ちになる。そこには自然体の温もりがある。

 ある日、朝の送迎を担当者の出張で私が交代した。いつも通るルートを逆に廻るだけなのに見る風景はちがって映る。緑濃い田園風景はひときわ眩しかった。忙しい日々も、ちょっとしたことで新鮮な旅になる。

 暑い夏が、もうすぐやってくる。夏ノ暑サニモ負ケナイ「ワークステージ」で乗り切りたい。
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