2009年05月15日

温泉デイサービスのご案内 ★デイサービス・在介 高橋聡子【2009年5月号】

 4月の温泉デイサービスでは初めて利用する渡り温泉「花ごころの宿 渡り」で行い、参加者は51名と大盛況でした。

 講師を招き、音楽に合わせたリズム運動や舞台を使って覚えたばかりの踊りを披露したり、最後は全員で輪になってダンスをしました。皆さんの元気なパワーに圧倒された1日でした。
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顔写真の撮影でのふれあい ★事務 米澤充【2009年5月号】

 銀河の里は特別養護老人ホームができた事もあり、職員が約70名、利用者が約120名(うち高齢者約80名)となり、一挙に200人もの顔と名前を覚えなければならなかった。事務がまず御家族からの電話を受けるので、私は利用者の顔と名前(プラス御家族も)を覚える事が必須なのだが、それが割と苦手な私は、悩んでしまった。そこで顔写真入りの社内用名簿の作成を提案した。ところがいざ写真を撮り始めると思わぬ困難が待ち構えていた。まだ職員の撮影は理解もしてもらえて順調に進んだのだが、利用者の撮影は大変だった。かたくなに拒否される方や、「なんだなにをする」と怒られた事もあった。カメラ(一眼レフタイプ)を持っていただけで逃げだす人もあった。ある程度人間関係を構築した後でないと確かに失礼でもあると感じて、ゆっくりとチャンスを待つことにした。
 職員とのツーショットならOKという方もあったし、写真を撮ってくれてありがとうと感謝してくれる方もあった。私もただ単純に顔写真を撮って歩いたわけではなく、どんな方か関心も持っていたからか、撮影の後はお話タイムが展開されて面白かった。特に高齢者の方々は若者に何かを伝えたい、伝えなければならないという思いが強いのだろうか話に花が咲いた。何人もの自分史を聞かせてもらって、その人に歴史あり!をまざまざと見せられた感じがした。
「顔写真の撮影」という作業と考えれば、写真を撮ってさっさと事務所に戻り、パソコンで名簿作成をすればよいわけだが、拒否する人や、撮影をきっかけにコミュニケーションをしたい人や、撮影自体を喜んでくれる方がいたおかげで、単調な片付け仕事にならずにすんだ。

 「介護」という仕事自体が、作業や事務を淡々とこなすのではなく、利用者の人間像や個性、個人の歴史など、その方の全体の人生をイメージし、感じ、思いをくみとる必要がある職業なのであろう。
 今回はカメラという道具は事務の私と利用者との繋ぎ役として大きな働きをしてくれたと思う。事務員が、介護をするわけでもないのに利用者に近づき、いきなり世間話をするというのも何だか違和感があるが、カメラで近づきやすくなったと思う。結果、おかげで高齢者の方々の貴重なお話を聞かせてもらう事が出来て嬉しかった。
 今後も広報担当として、利用者の方々の個性や、歴史、気持ちに関心を持って関わって行きたいと思う。
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混沌のなかで − 農業班としての模索 ★ワークステージ 佐々木哲哉【2009年5月号】

 ワークステージ畑班に配属されて、あっという間に一ヶ月以上経過した 。

 はじめて接する利用者のみんな、はじめて触れる里の農業、土。一応肩書きは「職業指導員」などとカッコいい名称が付いているが、米作りは前職で多少の経験はあるものの補助作業中心であったし、畑に関しては採算や収量にとらわれない実験的な趣味の自給自足、素人に毛が生えた程度のものである。そして福祉も仕事としては全くの素人である。そんななか、これまでとは違い自分がどう動くかというより、利用者のみんなにどうやって作業を振り分け働いてもらうかを考えて指示する立場となり、あれこれと悩みながら結構なエネルギーを使っている。畑班は季節・天候・作物それぞれに応じて臨機応変に作業をこなさなければならず、同じ作業が続くことはせいぜい一週間ぐらいだろうか、いや厳密に言えば同じ場所で同じ条件の作業など一つとしてない。少しでも工賃に還元できる収益を上げるための作業性の向上、効率化やスピード感も大切だが、それだけではなくときには逆に、個性全開のみんなのそれぞれの能力や得手不得手、対人関係を知ったうえでよい物づくりができるよう、利用者それぞれとじっくり向き合う時間も大切になってくる‥‥それは畑や作物においても、育てたい作物がそこの土質や日当たりなど様々な条件に合うかどうかを知ることと同様であって、まずは知ることが何よりも大事だと思っている。

 一方で、年間自殺者3万人を越え、日々親が子を、子が親を、あるいは無差別に不特定多数の人々を殺傷する事件が日常化しつつある昨今、何が「健常」で何が「障害」だかよく分からず、むしろより混沌としたものになりつつある。いっそ知識や先入観など持たず、分からないなりに対等に、ありのままに接する。いまは、いやもしかしたらずっとそれでいいのかもしれない、とも思っている。銀河の里には、人との関係性において、ときに対立や衝突をしつつ利用者や家族、行政と向き合い、乗り越えてきたこれまでの蓄積が多分にあると思う。けれど農業の部分では、シビアだった前職から比べるとまだまだ改善すべき点が多々あると思っている。既存の農業や農家ですら生業として厳しいなか、大消費地から遠く、智恵や技術の継承から寸断され、まだまだ素人であり決して器用とはいえない我々が農業に挑戦することは生半可なことではない。が、作る作物や加工品を特化して、同情ではなく正当に品質を評価されて成功した施設もある。利用者と向き合うことと同様に、作物や、それを取り巻く自然、作業に欠くことのできない機械にも一定の性能を維持し長く使用できるよう、それぞれに向き合っていかなければならないと思う。

 そしてなにより、本質的に「農」は“暮らし”であり、人間の生きる根源的なものであるはずだ。それがなければ、市場経済に飲み込まれ田畑は荒れ、伝統芸能や“結”といった助け合いの精神で繋がってきた人間関係も希薄になり崩れていく農村と同じく、銀河の里は“里”でなくなってしまう。

 作物も温室育ち・多肥料と甘やかして育てれば、天候や病害虫の影響を受けやすくなる。利用者も、作物も、土も、我々が作り育てて守っているなどと勘違いしてはならず、自ずから育とうとする力をそっと手伝ったり応援することが最も共通した大切なことではないかと思っている。それぞれに向き合い寄り添うことで豊かな稔りを得られるよう、試行錯誤しながら努力していきたい。

「土の面倒をちゃんと見るということは、その肥沃度を維持するとか、その生産物を守るとかだけにあるのではない。目に訴える美の形、五感を喜ばせる魅力も我々が守るべきものである‥‥。どんな景観でも、ひとりの一日の仕事のなかで最も美しく表現されることのほうが、多くの富をつくるより望ましいこと‥‥。農民は、景観がその農業の一部となるまでは、自分と自分を取り巻くいっさいを完全に自分のものにしたことにはならない」

リバティ・ハイド・ベイリー 「聖なる大地」より
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居場所としてのデイサービス ★ デイサービス 藤井覚子【2009年5月号】

 デイサービスでは毎日にぎやかな日々を送っている。そのデイサービスは利用者さんにそれぞれにとってどんな場所に映っているのだろう?一人一人に異なる世界があって、そこもかなり独創的な人たちが集まってくる。ある人にとっては仕事場だったり、集会所、温泉、家、病院、学校とデイサービスはいろいろなところになっている。それぞれ認識が異なっていても「あや〜おめさんも来てたってか?」と他者と出会うことで一緒に時間を共有できるのもすごいことだと思う。

「ここさ来るのが一番いい」と話す歩さん(仮名)。毎日、デイの送迎がくる何時間も前から準備をして待ちかまえている。迎えに行くと「あや 〜、今日も来てけだってか。申し訳ない」と話してくれる。馴染みの利用者、スタッフと一緒にいると安心できる様子で、その中でお茶を出したり、他の利用者さんの話を聞いたりと、自分が必要とされたり、作業があることが心地よいように感じる。
 入院があって3か月ぶりにデイに帰って来たミチさん(仮名)は、来るやいなや雛人形を見て「あれ?何で雛人形ここさ飾ってるんだ?いっつもあっちさ飾ってたべ」と今までの感じや雰囲気をしっかりと覚えていてくれたのに驚いた。顔や名前は忘れても、デイという場がちゃんと居場所になっているんだなと久々にやって来たミチさんの言葉から感じ取れて嬉しかった。
 ある日、二日間のショートから帰ってきた幸子さん(仮名)の第一声は「ただいま〜」だった。迎えるこちらも思わず「おかえり〜」と返す。ほぼ毎日デイサービスに来ている幸子さんは、休みの日も「銀河の里に行く」と言うことがあるらしい。デイのスタッフとしても嬉しいことだ。日によって気持ちに波があり、落ち着かない時間もある幸子さんだが、「私の家だから入っていいよ」と他の利用者さんに声をかけることもあるほど、なんとかデイが居場所になっているようなのでありがたい。
 「ここに来るのが楽しみだ」「銀河にいきます」といった利用者さんのこの言葉に、ホッとするし、励まされる。
 デイに来る目的や楽しみはそれぞれ違っていても、日々何かが生まれ、発見もある。これからも1 人1人にとってデイが心地よい居場所として過ごせる場でありたいと思うし、また他者と出会う中で何が生まれるのかを楽しみにしていきたい。
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新人ケアマネージャー奮闘記 ★居宅介護支援事業所 板垣由紀子【2009年5月号】

 3月の末から、ドキドキで始まった新人ケアマネージャーとしての仕事。引き継ぎの担当ケースに会い、大まかな手続きを一巡し、なんとかやれそうかなと感触にホッとしていた矢先、待っていましたとばかりに新規の相談が次々とやってきた。
 緊急な相談内容との初回面談は緊張する。制度も、サービス内容もわからず相談に見える家族の話を聞きつつ、何が必要か?何が出来て、何が足りない?と自分のなかで整理していく。私の引き出しの中の情報を並べても見えてこないことが多く即答できない歯がゆさを感じながら、「検討して連絡します。」とひとまず話を聞いて面接を終える。
 その後が大変だ。状況を判断し考えられることを並べてみる。ケアプランを組み立てて本当にこれでいいのか、前任者、管理者といろんな所に連絡をとりながら練り上げる。その後、今度はサービス提供の事業所との調整に入る。
 緊急を要する場合が多く、会いに行くのと同時に事業所の空きを確認する。そして情報を提供し、事業所の本人面接に同行し、本人、家族さんの意向を確認し契約にいたるという作業が続く。
 とにかくあちこちにそれぞれ連絡がつくまでは落ち着かない、右往左往するしかない。しかしその右往左往がなぜか楽しいし、結構心地いいのが不思議だ。新人にしか味わえないだろうこの感覚がなかなかいいのだ。
 混乱しながらも動いたぶんだけ出会いや支えを感じる。そうして仕事ができあがり、私も育っていく実感がある。相談のご本人、ご家族、関係機関と繋がり、さらに地域社会とつながる感じがある。里に来て6年目、私自身がこうして社会とつながっていることに意味を感じる。
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戦う厨房 ★厨房 千田透【2009年5月号】

 私は過去4 年間、派遣の仕事をしてきました。それなりの充実感もありましたし、休みも十分過ぎるほどあり楽チンではありました。しかし一方で、歳を重ねるほど焦燥感や劣等感が増してきました。さらに、正社員からの蔑みのような感じなどもあって、我慢しかねる状態に追い込まれるようになりました。そんななかで毎日毎日「今に見てろ、絶対自分を活かした仕事をしてみせる。」と自分に言い聞かせていました。

 この春から、銀河の里の厨房の調理担当者として働くことになりました。私にとって待ちに待った念願の現場に立つことができ、感謝と共に全力でがんばろうと張り切っているところです。
 銀河の里は職人つまり専門職の集団だと思います。厨房は栄養士、調理師、介護現場は介護福祉士、社会福祉士、ケアマネージャー等々。専門職というのは、専門的知識や技能を持ちそれを磨きながら自分を育てていく働き方ができるのだと思います。やらされるのではなく、自分自身を賭けて仕事を作り上げていくのが職人です。そこは派遣とは全く対極にあるように感じます。
 確かにこの一ヶ月、施設も立ち上げで、厨房も立ち上げでしたから、どこもかしこも立ち上げらしい忙しさや混乱がありました。でも忙しいのは当たり前、自分の店が繁盛してる方がいいにきまってます。暇だったら職場の存続自体が危ぶまれることですから・・・
 特に厨房は命の基盤である食を担当するのですから重要な仕事と理解しています。食事は「楽しみ」でもあり、「喜び」でもあります。
 職人として一食一食を自分達の首をかけて真剣に取り組んでいきます。安全である事はもちろん、自分に納得できる料理を自信を持って提供できるよう心掛け、また厨房に籠もらず、ユニットの食卓に飛び込み、利用者の生の反応を受け止めて「明日はもっと美味しく喜んでもらえる料理をお出しします」と言い切れる自分でありたいと思います。始まったばかりですので、これからまだまだ厨房は進化していきます。厳しいご意見も励みにしますのでどしどしお寄せください。
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良子さんの里帰りと満開の春 ★グループホーム第1 西川光子【2009年5月号】

 お隣のグループホーム第2では、展勝地に花見に出かけ、「料亭T」で食事をするという。「料亭T」は良子さん(仮名)の実家なので、これは是非ともと合流して出かけることにした。

 良子さんは、日頃から和服で過ごしている方だ。いざ外出となると身支度が一段と念入りで時間をかけての準備となる。そこでこの日は特に早めに外出の声かけをした。「あらそう〜今日行くってか〜」とあっさりした返事だったが、そこは久々の里帰りとあってやはり念入りの長時間の身支度をして現れた。いつもながら身に付いた着こなしと振る舞いにうっとりさせられる。
 ここ数年、11 月の誕生日の里帰りが恒例になっていて、季節がら濃い色合いの着物で出かけたのだが、今回は春なので晴れやかに、明るい色の大島つむぎにしぼりの羽織と決めてきた。やわらかい色合いと華やかさが優雅さを引き立てる。しかもその衣装をきちんと着こなしていて、着おとりが全くしない。一同その気品にひきつけられる。
 それを目聡く見定めたのは2週間前に入居されたばかりのミサ(仮名)さんだった。「あら〜おばあちゃん、ステキですこと〜。これ総しぼりですよ。とても豪華ね。さわってみていいかしら。ほらこの着物、表も裏も絹だもの。着物は裏で決まるのよね。このすそまわしもすばらしいわ。色合いも合っているし、針目も見えないでしょ。上等だわ。素晴らしい!!おばあちゃんたいしたもんだ」と絶賛だった。

 このところ利用者の方4名の入れ替わりがあり、これまでにない大きな激動を体験しているグループホームのなかで、「私が軸になる」と決めたかのように、揺るがず、動くことなくビンと過ごしてくれていた良子さんだったが、この時ばかりは、腰かけていた椅子を少しミサさんの方に近づけ「う〜ん、そうね〜」とミサさんの審美眼に目を細めていた。
 ”着物”を介して二人が感性と価値観を共有し合っているようで、その場に居合わせた私も心地良く、二人の間に入れさせてもらった。グループホームで暮らすお互いが、こうした瞬間に出会いの一歩を踏み出しているように感じて嬉しかった。
 料亭Tに到着するやいなや、良子さんは「ここ私の実家〜」と人ごみを踏み分け一番乗りで玄関へ向かい、「皆さんどうぞ」とすっかり迎える側になる。カウンタ−にいた店主さんも忙しい手を休めて出てきてくれて「あや〜来てけだったのか。奥の方に部屋とってあるがら」と良子さんの手を取り暖かい歓迎をしていただいた。奥の間は、広いガラス窓から北上川を挟んで対岸の桜を眺める花見に絶好のお部屋だった。お弁当を食べ終えると、箸袋を三度ほど指でのばし、花見の記念にと袋に日付を記して懐にそっと挟んだ。
 食事後、北上川・展勝地の桜満開の春爛漫の景色を堪能しうっとりと時間をすごしているうちに”奥州橋 桜の名所 ヨイショ・・・さ〜さあがらんせ〜”。と自然に良子さんの口から歌が聞こえてきた。そしてゆったりと振りをつけて踊った。深い世界に浸って往時の華やかな風情に酔いしれているように感じてならなかった。その雰囲気にみんなも引き込まれて宴の気分・・・。「いいね〜」と小さく声をかけると「フフ・・・」と肩をすくめ、また浸り続ける。与えられた運命と、それを歩む人生を懐かしい歌と舞に託したかのようだった。
 皆が桜の散策に出かけたあとも、私と良子さんは二人残って余韻に浸った。良子さんのこころに咲いた満開の花をひとひらたりとも散らせたくない思いで、北上川のせせらぎを背景に桜アイスをいただきながら貴重な一時を過ごさせてもらったのだった。
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花見特集 【2009年5月号】

 ワークステージの花見   平成21年4月24日(金)  花巻市三郎堤

 4月24日は、ワークの作業を3時で切り上げ、近くにある三郎堤までお花見に行きました。惣菜班では紫芋饅頭をつくり、さやかさん(仮名)は特製のクッキーをタッパーいっぱい焼いてくれ、準備ばんたんでバスに乗り込みました。冬は白鳥がやって来る堤ですが、今は満開の桜が、川面に映って美しい。まぶしい日差しに目を細めながら、「はい、クッキー」と集合写真。
 堤の周りを駆け回ったり、じゃれ合ってのツーショット、大きな笑い声があっちこっちから聞こえてくる賑やかな花見。いつもの作業では見られない解放された笑顔がとても印象的でした。ワークの花見は、やっぱり「花より団子」かな?


 ワークステージ 箱崎 琴乃

 グループホーム第1の花見  平成21年4月21日(火)  花巻温泉

 グループホーム第1ではこの春、新設の特養に4人の利用者さんが移り、新しい利用者さん4名を迎えた。私が実習で入った昨年とは全く違った雰囲気だ。1人の入れ替わりでも空気は変わると言うから4人ともなるとガラッと変わってしまうものなのだろう。確かに家族的雰囲気が強いほど、人がいれ変わる影響は大きいはずだ。
 その新しい家族で、今年の花見に出かけることになった。家族は新編成、私は新人という中で、当日を不安半分、楽しみ半分の気持ちで迎えた。あれこれ準備を整えて、車に乗り込みやっと出発。いざ目的地花巻温泉へと思ったとたん、私の隣に乗っていたミヤさん(仮名)が意外な言葉を私にかけてきた。「わらし家に置いてきた。ドア開けてけて」と涙目で訴えてくるのだ。私は動転してどうすればいいのかわからず「ごめんね。車は走っているからドアは開かないよ」と言うしかなかった。するとミヤさんは鋭い目でキッと私をにらんで「なんたら酷い人だぁ。おめぇ、わらし殺す気が!死んだらおめぇさおしつげるがらな!」とキツイ言葉を投げてくる。「出かけたとき家に子どもを置いてきてしまった」というイメージになっているんだなと気持ちもわかるのだが、それに対して、何も言えないでいる自分が情けなくなった。ミヤさんの不安は花巻温泉に着くまで続き、私には不機嫌で目も合せてくれない。どうしようもなく不安を募らせるなかで花巻温泉に到着し、花見がスタートした。
 ここでミヤさんの気持ちは切り替わるのか、治まるのか、花見を楽しんでくれたらいいなとグラグラする気持ちを抑えながら、たくさん話し掛け、ごちそうを並べ、おやつを差し出した。するとミヤさんは車中のことはなかったことのように別人の顔で「ありがとうござんす」と満面の笑みで返してくれた。私はホッとして“よかった”と嬉しくなった。満開の桜の下で「キレイだね」と口々に語る利用者さんと一緒にいられる幸せを感じながら、とても味わい深い花見になった。

 ドキドキし、辛くなったり、嬉しくなったり、たくさんの感情が込み上げる花見の一日だった。嬉しい事や楽しい事ばかりではないけれど、日々繰り広げられるグループホームの世界は個々の利用者さんの心の世界でもあると思う。銀河の里では、人として大切な事に気づかされる毎日だ。新人らしく何事にも驚きながら頑張っていきたい。

 グループホーム第1 村上 ほなみ
 
 グループホーム第2の花見  平成21年4月19日(日)  北上市展勝地

 グループホーム第2では、「お花見」が新年度に入って初めて全員での外出となった。晴天の日曜日、桜満開の北上展勝地で桜を堪能し、料亭でお弁当をいただいた。お部屋の窓からは、北上川の流れと満開の桜並木、川を跨いで空を泳ぐこいのぼりが一望できた。
 食事会の終わりに、私は新しい入居者のお二人にプレゼントを渡した。新しい居室に飾ってほしくて、メッセージカードを作った。カードには入居してから撮ったそれぞれの写真を貼った。これから写真をたくさん撮って、いろんな思い出を一緒に作って行きたい。

 グループホーム第2 佐々木 瞳 

 
 特養の花見  平成21年4月20日(月)  イトーヨーカドー裏通り

 満開の桜の下―不安そうだった利用者の顔に、笑みがこぼれた。
 5月はじめ、不安と期待の中で「特養・銀河の里」がスタート。利用者のみなさんは不安を抱えながらの入居だったろうと想像する。入居から二十日あまり経ったお花見ドライブ。車に乗って景色を眺め、外の空気を思いっきり吸い、満開の桜を見上げたその表情は、確かにいつもと違っていた。風はまだ冷たかったが、そこには温かい空気が流れていたように思う。
 私たちの生活(暮らし)はまだ始まったばかり。これから巡ってくるいくつもの季節を、こうやって共に感じながら過ごしていきたいと強く感じた春の1日だった。

 特養 藤井 みどり


 デイサービスの花見  平成21年4月23日(木)  花巻広域公演
 
 皆で初外出の花見。12時の出発までに、入浴を済ませ、みんなでおいなりさんを作り弁当を詰め、荷物の最終チェック…とやらなければならないことが様々あった。
 おいなり作りはちょっと大きいかしらと時折顔を見合わせながら、桜でんぶを飾った豪華なものになり、弁当箱に厨房から来たおかずを詰めてみると凄いボリュームになり、こんなに食べられるかしら?!と笑ってしまった。広域公園で食べたときには、美味しいねと笑みをこぼしながら、おなか苦しいと話しながらも一口、また一口食べている利用者さんもいて、外に出て食べると気分も変わっていいのかな、と感じた。手持ちの紙に「花巻広域公園」と書く方もいた。
 スタッフとしては準備不足等の反省点もあった。でも、みんなで食べたお弁当、他事業所の方々との交流、外へ出て山の緑に触れ、満開の桜を見ながらのドライブを通して、利用者さんが“春”という季節を感じることのできた「最高のお出かけ」になっていたらいいなぁと願った。

デイサービス 小田島 鮎美
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あたった ★グループホーム第1 鈴木美貴子【2009年5月号】

 当たったよ 桜の花に しだれれば 今年の春は 千年ぶりに


 千年の 幾とせ超えて さくらさく コラとさくらの しだれのさくら
 

 グループホームではスタッフも利用者も何人か入れ替わった新メンバーで北上の展勝地へ花見に出かけることになった。お昼は枕流亭で花見弁当を食べる予定だった。いつも行くの行かないのでもめるコラさん(仮名)は、今年は行く気だったが当日になって「料亭でお昼を食べることは聞いていなかった」「桜の花を見にはいきたいが・・・」と行く気が萎えてきた。「お昼は気にしないで、桜を見ようよ。」「今しか見れないし、今一番だよ」熱を込めて誘うと「んだな、行くかな」と気を持ち直してくれた。車中は歌を歌いながら気分も乗って、枕流亭での食事もすんなり、座敷でゆったりお弁当を食べて、腹休めに横になって過ごす。対岸の展勝地の桜を眺めてから、ゆっくり花見ができる混んでない場所と考えて北上詩歌文学館へ向かった。


 目が見えにくいコラさんも間近で見える桜の木を探すと、詩歌文学館の広場にちょうどいいしだれ桜があった。「降りない」とぐずるコラさんを説得しつつ、車いすごとリフトで降ろして、桜の真下に行って、コラさんの目の前にピンクのしだれ桜がひらひら垂れ下がる。「何千年ぶりに見だー」と叫んでコラさんもにっこり。しだれ桜を手でも触れながらじっくりと見た。ちょっと強引でも来て良かったと思った。次の日もコラさんは「花見いがった」と話してくれた。「何千年ぶりにみた。しだれ桜見たいとおもってらったおんや、大当たりだ」「お金が100万、200万当たるよりいがった」とはしゃいでくれて嬉しかった。一本のしだれ桜にあたって良かった。桜は1 年に一度この時期に会える花。時期をのがさず、その時その時を感じて行きたいものだ。
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銀河の車窓から ★デイサービス 小田島鮎美【2009年5月号】

 施設長から「送迎もあるのでよろしくお願いします」と言われ、デイサービスで働くことになった私。方向音痴の私に「送迎」という試練がのしかかった。利用者さんの家をちゃんと覚えられるだろうか、家族さんとのコミュニケーションはうまく図れるだろうか、何より利用者さんとの密室空間…しゃべることにさえドキドキして、噛み噛みだし…。ワゴン車、リフト車、マニュアル車…初めての経験で大丈夫かなぁと、最初は不安の渦だった。だが、2 ヶ月経った今、気持ちにも少し余裕が出てきて、私にとって送迎は『ここでしか味わえない特別な時間』になっている。そこにはデイサービスのホールとはまた違った世界がある。

 ソノさん(仮名)が「オレは根性ひん曲がっているからこの歳まで生きてるんだ」と言うと、ふみさん(仮名)「違うの。みんな生かされているの」と返して、ソノさんも「んだっか」と受けている。 ふみさんってすごい。なんだか深い言葉。私も、そっか生かされてるのかとふみさんの言葉に聞き入っていた。
 ソノさんとふみさん仲がいい。車内ではいつも話に花が咲く。だんなの話、息子娘の話、孫が何人ひ孫が何人…こうやって二人があーだこーだ話している空気が私は好きだ。あえて二人のあいだには割って入らず、二人の話に耳を傾けながらだまって運転している。
 ソノさんは、「オラはわがね。わがねわがね。」と遠慮深い。おやつ作りも裁縫も、みんなの作業を見ていることが多い。「2歳の時に焼けてしまったんだと。」と左手をさすりながら、病気で手も足も不自由になり、腰も曲がって…と自分のことを話す。こちらが「一緒にやろう」と誘っても「わがね。」「おりゃ馬鹿だから…」と引き気味だ。
 だけど、朝迎えに行くと「銀河のデイは楽しい。」と話してくれる。先日のマルカンドライブも、出かける前は「どこに行くの?おりゃいがね。」と気が乗らない様子だが、みんなでお昼を食べてソフトクリーム食べていっぱいおしゃべりして…帰りの車内では「楽しがったぁ。」と笑顔で、私もうれしかった。
 ソノさんは苦労を重ねて、誰よりも強く生きてきた人なんじゃないかと思う。だから、人の痛みもわかって、優しいんだろうな。


 剛さん(仮名)の朝の迎えに、15 分遅れたことがあった。剛さんには9 時10 分が基準として入っていて、遅くても早くても時間に細かい。数字がとても気にかかる人で、トイレに入ってもタイルの数を1234…と数えたり、トランプを数字の順番に並べたり、送迎で乗る車のナンバーを毎回メモしたり。15 分は大きく「今までにない時間だなー」と気になるようで何度も言い続ける。「ごめんね」を繰り返すしかない私。それをきいていたソノさんが、「そんなに言わねんだ」と言ってくれる。落ち込みぎみの私を守ろうとしてくれたソノさんの優しさを感じた。
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今月の書「渦」 ★特別養護老人ホーム 山岡睦【2009年5月号】

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不思議と無意識の中で互いに絡み合うその力
それは言葉では言い表せない

すべてを包み込む目には見えない渦のようなもの
恐怖ではなく期待の渦

その先にまた新たな道が拓けると信じて




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