何回か銀河の里を訪れるうちケースカンファレンスに参加した。これもかなりの異次元体験だった。認知症の人をどうケアするかというような、従前の担当者カンファレンスの会議とはかなり違っていて、この人たちとどう暮らすか、新しい社会をこのグループホームでどのように創造するかと言った視点で開かれているように感じた。会議では、認知症や病気や障害という言葉はほとんど聞かれない。ましてや問題行動などという概念はここには存在しないことが透徹されていて、このことは、ほとんど感動と言ってよい体験だった。
ケアスタッフに対する問いかけも、「あなたはここでどのような生活していくのか?どのように暮らしを立てていくのか」と言ったことが問いとして向けられているように思える。個々の利用者を一人一人、個性として受け入れ、自分たちも含めた共同生活、新たな社会を創造する協働生活者であることを実践するために、自らを関わらせることが求められている。自分が本音で関わって行くことしか相互に気持ちは伝わらないということなのだろう。
銀河の里が誇るべきことのひとつに、農業を切り離さないことがある。農業を付帯事業とするには、人手がかかり決して効率などを追及するようなことは求められないはずだ。しかし、あり得ないことを、実践する。そこに宮澤さんたちとスタッフの思い入れがある。
農業とそのリズム
農業には、自然とともに生きるリズムがある。特にコメ作りは、日本人が自然と共生してきた長い歴史の上に成り立っている。雪が解け、土を起こ、雨が降って苗を植え、夏の日差しを天と地に祈り、秋の収穫に喜び、祭り、感謝する。コメ作りは人間の命にかかわる根源的な生産活動を支えてきた。こうしたリズムは、日本人のDNAにきっちりと摺りこまれ、代を重ねて稲作への思いは受け継がれているにちがいない。確かに、里の周辺の田園風景は心を癒すとともに喜びや感謝の気持ちを満喫させる。
この農業のリズムは、ケアのリズムでもあるのではないか。悠然と構え、自然の営みのリズムに身を任せるうちに、ゆとりや、すべてを受け入れることのできる構えが醸成されるのかもしれない。単に利用者たちの年代や活動期の時間が、農村の風景の中にあったという事だけではなく、日本人に染みついた体内リズムが農村風景の中で共鳴するのであろう。
こうした、リズムを体現しつつグループホームでの暮らしというひとつの器のなかで、利用者と介護スタッフの役割の違いはあれ、与え与えられる大きさは同じ質量でやりとりされているに違いない。
スタッフは、若年が故の悩みや生きづらさを持っている。正面を向いた一対一の関係性を時流に任せて素通りして行くうちに、本来の感性を失い自分を表現する言葉を失っていく世代だ。自分自身をさらけ出すと言った局面を経験することなく成人し、曖昧で適当な距離感を身に付けることで世の中を渡っていかざるを得ない。一見豊かな近代の生活の背景に、豊かな精神生活が埋没してしまうと感じるのは何故だろうか?
住み慣れた風景の中に、生活習慣や癖が潜んでいる。
記憶は風景。言葉で規定されているものではなく視覚、臭覚、聴覚など五感六感が織りなす風景をもって摺りこまれているものに違いない。その意味で、この地に「銀河の里」があることは大きい。この地に足を運ぶすべての人にとって体内に摺りこまれた風景が記憶となって「今」を暮らせる「場」を提供してくれるからだ。
私が「銀河の里」に来るのは、自分自身が癒されたい?自分の目で見てみたいと思ったからだ。この地に馴染んでいる自分を発見することはとても心地よい。この風景の中に住みついている瞬間を、遠い都会の曇り空から若く先行き不安な自分が恨めしそうに眺めている。