2008年11月15日

パリの旅 第五回 ★グループホーム第1 西川光子【2008年11月号】

 私は人に会っているとき、無意識にその人の手を見ている。手にその人の生活感や、性格を感じる。オペラ座へ向かう地下鉄で私達の向かいの席に黒人の男の子と母親が座っていた。その子は真っ黒な小さな手で、親指をキュッと口に含ませ、私と目が合うと大きな瞳をクリクリさせる。指先は色が薄く、爪のまわりだけは白く目立つ。その微妙な黒と白の境に私はひきつけられた。
その子とアイコンタクトをとっているうちに、私の手は動いていた。私はいないいないバー”をしていた。指をしゃぶっていたその子の親指が口からサッと離れ、両手で自分の目をおおった。その子は私のまねをしてくれた。楽しくなった私は口に、耳に、鼻にと手を当てると、どの仕草もまねてくる。私たちは言葉無しで遊んでいた。真っ白の歯が愛らしく目立った。 大きなイアリングをつけたお母さんもその空気に入り込んできた。たわいもないが心に残ったシーンだった。
 宿は前日の郊外のペンション風のところから、オペラ座に歩いていける街の中心部のホテルへ移った。このホテルには中庭があり、そこで食事がとれる。中庭での食事は開放的でなかなかの雰囲気を楽しめた。
 ここでは小学校2年生のロシア人の女の子と出会った。夏休みを利用し、親子3人での旅行中とのこと。女の子は手に菓子袋を持ち、食事したくないとすねているようだった。あまりの可愛らしさに“一緒に写真とって”とお願いをした。最初はモジモジして体に力が入っていたが、だんだんと力が抜け抱っこさせてくれた。ギューと抱きしめ頬ずりしたら若い両親がニコニコしていた。
 30年前は置いてけぼりを食らって不安の中、子供にお金を取られ、窮地におとしいれられたパリだが、今回は黒人の子、教会の前で写生をしている子、ホテルの子たちに大きなプレゼントをもらったような気がした。    
 オペラ座は正面大理石の大階段と緑の屋根、30年前と変わることのないこの華麗な姿のままだった。今回は是非、舞台を見ようと中に入った。席を案内する人が扉を開けた。そこはなんと個室で、深紅の小部屋になっていて、コートなど掛けるようになっていた。この小部屋に観客席が並んでいる。私たちはこの部屋の最前列に座った。赤と金に彩られた5層の観客席、天井はシャガールの手になる“夢の花束”の絵が広がり息をのむほどの豪華さだった。
 ステージは“モダンバレー”で、現実と異界を往復し、その後未来が開けるといったストーリーで 会場の豪華さに比べて、とてもシンプルなものに感じた。ラストで観客の鳴りやまない情熱的拍手が体に響いた。 外に出ると、夕食を予定していた店がすでに閉まっていて、近くの日本人経営のレストランに入った。メニュ−はわかりやすく日本語での注文はとても気楽だった。だが値段の高いのにはビックリ。コース料理は頼めず、一品料理にした。ステーキ、エビそれぞれ1皿5000円なのだ。コーラ1本1000円。「お水どうしますか?」と聞かれ、日本人だし無料だとたかをくくって「お願いします」と言ったが、なんと水は800円だった。席は5テーブル程度で、お客さんは全員日本人だった。
 会計をすませ、出口で子供を連れた若い夫婦と一緒になったので、普段の外食にレストランを使っているのか聞いてみた。その人は報道関係の仕事をしていてパリ在住とのこと。“友人がきた時とかよくきます。ちょっと高いけど味はいいですね”とのこと。
 オペラ座近くのコーヒーが1500円というのにもビックリしたが、こうしたお店で日常的に食事している日本人はどんな人種なんだろうと考えてしまった。
 反動でパリ庶民の生活に触れたくなり、スーパーに入った。フルーツ、カット野菜、サラダ、ハム類など、レストランとは比べ物にならない安値。つい買い込んで、甘酸っぱいピクルスのおいしさに元気を取り戻した。 さて、次回はいよいよ最終回。
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"オカイコ"サン 〜銀河セミナー再開第1回〜 ★グループホーム第1 前川紗智子【2008年11月号】

 先日、夕食のテレビで、日本産の絹だけを使った着物作りの取り組みを報じていた。外国産の絹に頼っている着物業界の中、京都の呉服屋さんが、日本に残っている数少ない養蚕農家を一軒一軒まわって提携してもらい、純日本産の着物をつくりあげたというのだ。すると60代後半のパートの伊藤さんが「おれどごでもやったったぁなぁ〜。嫁に来たばっかりで、あいや気持ぢ悪!ど思ったったどもよぅ。」と語りだし、そこから食卓はお蚕さんの話になった。私も未知の世界の話に興味津々に、食事の手を止めて聞き入った。糸を吹けるようになった蚕は目で見てわかるらしく、それをひとつひとつ拾ってあつめ、さなぎから絹を取ったのだそうだ。
 そんなさなぎの話題が数日後の「銀河セミナー」で主題になろうとは・・・その時はもちろん知る良しも無かったのだが・・・。

 「銀河セミナー」は、銀河の里で定期的に行なわれている研修会だ。このセミナーは、私が里に就職した年2006年から始まったもので、途中休止もありながら、銀河の里という、ひとつの運動体の原動力を生み出すために欠かせない場として今回また再開した。“運動体としての原動力”の創出にこんなに力を注いでいる職場って無いんじゃないのかなと思う。銀河の里は、管理システム的に、マニュアルで回している施設とはちょっと違う。もちろん全く管理が無いわけでないが、管理に支配されてはいない。リスクマネジメントが重要視される世の中で、危険かもしれないが、里では管理の視点のそれとは「違うもの」で里全体を守っていこうとしている。セミナーでは、その「違うもの」を確認したり育てたりしているんだと思う。
 掲げられるテーマは認知症や障害者対策のような内容ではなく、音楽、演劇、文楽、能、太鼓、など・・・芸術・美術に関することや、心理学、哲学関連のものが多い。どれも不思議と私たちの仕事に直接リンクしてくるのでおもしろい。そして最終的には、認知症・障害者ということに人間存在の視点から迫ってくるからすごい。
 逆にいえば、むしろ、里で働いているからこそ、そういった生命の表現である芸術の味わいを深く味わい楽しめるのだろう。
 そうした味わいを得るたびに、私たちの仕事は単にお世話や、問題をどう扱うかではなく、人が出会って、関わっていく中で、人間、生、死、人生そのものと向き合い、関わりながら変容をしていくのだということを認識させられる。特殊な分野に限定されるものなのではなく、人間全体に、人生全体に、普遍的に流れているものを、まさに体感、実践していこうとしているのが銀河の里で、認知症や障害者の世界は、そうした全体に開かれたひとつの窓口なんだということを思わされる。そして私自身も単なる介護者としてではなく、全体のスペクトルの中にいる今の自分自身を見つめさせられる。
 少し硬くなってしまったが、セミナーを経ることで、私の中に、全体とつながっている安心感と知的好奇心がよみがえり、さらに発見的な感覚で、里での日々が続いていく事になる。
 10月28日の銀河セミナーは、休止を経て、仕切りなおしの第1回目、現状を踏まえて、銀河の里が出来上がる前から暖められてきた里の原点を振り返る会となった。
 現代のシステム化された社会の中では、関わりを得ずとも物事が進んでいくので、社会も人も成熟しにくい現状がある。銀河の里の若い世代もご多分に漏れず大人に成り切れず苦しんでいる。対人援助の仕事の現場であり、関わりがあり、やりとりがあるその中であっても、関わることにさえ壁がある。そんな、没入したままの私たちが、どうやって大人になるのか、そこに銀河の里はどう存在するのか・・・。
 没入したまま成熟を休止している私たちを、理事長は“さなぎ”と表現した。先日の食卓でのおかいこさんの話が蘇る。不気味で、角が立っているさなぎ。それを経て成虫になるので、さなぎの中には成熟への可能性が秘められている。だが、繭はぐつぐつ、釜で煮上げて糸をとる。蝶になれるのか、糸にされるのか・・・。当事者としては、聞いていて本当に心苦しい。もう、育たなかったら、煮てくれていいから糸を取ってくれ。それだって立派な再生。でも、ちゃんとした糸だって取れないんじゃないかと心配にもなる・・・。セミナーの翌日も、スタッフと、「まださなぎにすらなっていないかも」などと話になった。
 大人ということを考えだすと、正直、頭が痛くなってしまう。むしろ、大人になれるか否かということに悩むよりも、まず足元を見て今をどう生きるのかに専念したほうがよさそうだ。その先に成熟があることを願う。過渡期、もしくはこのどっちつかずの中間領域の今をどう生きるのか。そして、可能性を信じて待っていてくれる里と、私たちを没入からいつも引っぱり上げてくれる利用者。里で生きていることのありがたさを今回のセミナーで再確認しながら、ぐるぐるずいままではあるが頑張っていこうと思うのだった。
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あたまとからだとこころ ★グループホーム第1 前川紗智子【2008年11月号】

「あたまはスッと。
からだはビンッと。
こころはぐるぐるぐる・・・
人間づものは忙しいもんだ。
んだども、それが、人生っつうものよ。」


 私はどっちかといえば、

「あたまはぐるぐるずい。
からだはぐだぐだずい。
こころは・・・まだ理解不能。
泣く泣く泣く」


 あたまはぐっすり休ませて、スキッと軽くしてあげて、
あたまの重みで体がぐったりしないように、体を鍛えて、
こころのぐるぐるをエネルギー源に、
人と関われたら、もう少しいいような気がします。
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感じること ★デイサービス 中屋なつき【2008年11月号】

 先日、近くの紅葉した山道をドライブしてきた。
 一年のうちの、ほんの一瞬、精一杯の色彩を披露してくれる山。この時期だけ楽しめる色を味わった。デイサービスの利用者さん達と日頃口ずさむ歌など思いだし、「真っ赤だな〜」や「秋の夕日に〜照る山もみじ〜」など口ずさみながら走る。童謡や唱歌は、単純な言葉、簡潔な表現で、本当にその通り、的確に、しかも情緒たっぷりに、「そのモノ」の本質を見事に言い得ていると改めて感じながら。

 道中、油絵を描いていた高校時代の感覚が蘇る。絵の具を組み合わせて、微妙な色合いを作り出すのが楽しくて仕方がなかった。赤みがかった黄色、黄緑とも言えそうな黄色、白に限りなく近い黄色…などなど。ゴッホの黄色が身震いするほど好きだった。色って、ココからココまでが何色って言い切れない。面白い。
 色への興味は、自然を目にしたとき、私を愕然とさせる。それこそ自然の中には無数に、無限に「色」が存在している。あぁ、自然はこんなにも豊かで鮮やかな色彩でもってそこに在る。数々の才能ある画家が競って美しい色を作りだそうと、何百年、何千年、なんぼ頑張っても、かなわない。神業的にすでにそこに在る色。
 なぁんだ、わざわざ絵なんか描かなくったって、世界はこんなに美しいじゃんかと絵を描くことを投げ出しそうになる。でも、自然はただそこに在るだけ、誰かがそれを発見し、美しいと感じる人間の心が在って初めて、この色彩が美しくそこに存在できるんじゃない?そう気付いて、やっぱり表現しようと思い直した。自然の中にすでに在る色、それ以上のモノは作り出せないけれど、そうじゃない、もっと何か違ったモノが、人には産み出せるはずだ。人間として感じることをずっとやめたくない、と思った。

 大学時代、「野草の会」なるサークルの友達に誘われて山登りに行った。登山は好きで、子供の頃から岩手山など連れて行ってくれた親や叔父叔母には感謝している。街にいては感じられない独特な空気感が、子供心に魅力を伝えてくれたんだろうと思う。
 道々、その山でしか見ることのできない高山植物などに出会えることも、登山のひとつの楽しみだ。名前も種類も全く解らないが、「わぁ、かわいい」などと口に出して歩く。すると、さすが「野草の会」の人た
 「それは○○科の○○草と言ってね、何月のいついつしか咲かない貴重な何々で…」と詳しい解説してくれる。ほぉ、そうですか。初めのうちは「ふ〜ん、そうか」と耳を傾けていた。しかし、なんだか説明しすぎ?そして明らかにしすぎるのはもったいないと感じ始める。きれいだね、かわいいね、と感じている私の気持ちには注目してくれない。共感、気持ちの共有が抜け落ちる。そんなだったら、名前なんか知らなくてもいいや、この花がココに咲いていて、通りすがった私と偶然にも出会った、その事そのモノを味わうだけで充分。「わぁ、かわいいね」「そうだね」「ホントにかわいい花だね」のやりとりで充分なのに。
 当時も今も、直感・感覚型に偏った私としては、分析して明らかにする興味の方向は良いけれど、同時に、そのモノの本質も味わえる余裕も忘れてほしくはないなと感じたエピソードだ。分析的科学的思考で物事を見つめて尚、何も知らなかった頃に感じた感動を忘れずにいられたなら、もっと豊かに物事を感じられるかもという期待はあるけれど。
 山道を走りながら見える、色々な木、葉っぱの形も、ホントに様々。星みたいだったり、見事に真ん丸なのもあるし、三角、細長いのも、猫の顔みたいな形まで。こんなにいろいろで、いやぁ、まったく、みんなしてちゃんと自分を主張しているなぁ…と感心する。木ってすごいね、デザイナーだ、いろんな形を知っている。そして、花を咲かせたり紅葉したりする時期をよくも間違えないで、毎年そこに立っているもんだ。生物学的に仕組みがあるんだろうけれど(生物とかの授業で習った記憶がなんとなくある)、ちょっと調べてみるのも楽しそうだなぁ…などと思いつつ紅葉の中を走りながら秋の贅沢なひとときをすごしたのだった。
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里のアートシーン1 ★宮澤健【2008年11月号】

 「銀河の里」にもついにアートシーンがやってきた。里の音楽祭が11月3日に開催された。今年から収穫祭を音楽祭とタイトルを変えて臨んだのだが、これまで7年間、必ず晴れてきたはずなのに、みごとな雨模様となってしまった。アートの道は険しいようだ。
 すでに恒例となった花巻中学校のブラスバンド部による演奏を皮切りに、続いて佐比内金山太鼓と雨にひるむことのない堂々たる演奏で、昼前には雨を蹴散らしそれぞれの撤収には雨は影響しなかった。
 佐比内金山太鼓のきっかけは、昨年の盛岡のイシガキロックフェスティバル。ロックのフェスに和太鼓が登場しただけで度肝を抜いただろうに、和太鼓の野外での圧倒的な音響の優位さを見せつけたのだからたまらない。折から集まっていた現代ロックファンのお姉ちゃんたちのおなかに、その超弩級の低音が轟いてしびれさせてしまったのだ。
 その金山太鼓が、この夏、里の隣にある八雲神社の祭りにやってきた。このとき里のスタッフも、大勢が利用者とともに金山太鼓に酔いしれて帰ってきた。
 和太鼓を音楽として演奏し鑑賞する動きは近年急速に進んできている。その広がりは日本を超えて諸外国での人気が高いという。その急先鋒はなんと言っても林英哲で、カーネギーホールでのオーケストラとの共演をはじめ、彼の活躍によるところが大きい。銀河の里ではこの3年間、有志がツアーを組んで林英哲のコンサートに毎年出かけている。だいたいが日帰りの強行軍で、感動に打ちのめされながらヘロヘロになって帰ってくるのが常だ。特に国立劇場での千響シリーズは3部作すべて聞き逃すことなく出かけた。
 英哲の太鼓はかなり別格だ。聴きながらそれは祈りそのものだと感じたことがある。外へ表現するパフォーマンスとは全くちがう。内へ籠もり、中にに入っていく祈り。その響きは聴衆の耳へ外から入ってくるのではなく、聞く者の内がわの奥から轟いて出てくる。
 日本の音、もしくは広く芸能と言っていいかもしれないが、外に広がりアッピールしていく感じはあまり持たないのではないか。禅の影響なのか、内向していく性格を感じる。たとえば梵鐘の音と教会の鐘ではその性格は全く違う。明るく遠くまできらびやかに聞こえていく音と、あくまで内に深く響く哲学的な音の違いがある。英哲が指導したというオーストラリアのプロの和太鼓グループがゲストで出演したとき、派手でうまいのだが、和の祈りはまるで感じられなかった。
 そうした感覚でみると、金山太鼓も明らかに和なのだ。響きは外からではなく内から来るし、祈りを確かに感じる。ところがこの和と洋の分類を超えて、両者が出会い、何かが生み出されようとしている動きが金山太鼓にある。それが、ロックフェスで度肝をぬいた、和太鼓とドラムスのコラボだ。私流に言えばいわば、主張と祈りが共演しようと言うのだから訳がわからなくなる。しかしそこを取り組んでいるのがすごい。
 現実に我々は、主張と祈りが共存しなければならないような難しい時代を生きることを要請されている。介護の現場においても、ケアマネージャー、ケアプラン、ケースカンファレンスなどと、外来語だらけだが、だからいって日本人が和を全く失うと悲惨な事になる。瀕死状態の和をどう生き返らせ活かすのかが現場の大きな課題で、それに取り組むことで、介護や医療の現場の、サービスの質や品位を獲得していくことになるだろう。
 室内でドラムと和太鼓のコラボを聞くと、明らかにドラムにやられる。なんと言ってもシンバルのバッシャンーは派手だ。和太鼓も内に籠もってられなくて、祈りどころではなくなる。和太鼓が外へ向かって主張しはじめるとかなり辛い。
 屋外では、シンバルの音が飛んで、良い感じでコラボれると感じた。ドラムスが外へ外へ強く主張しても、和太鼓は静かに弩級の低音で祈り続けることができると感じた。
 西洋と東洋、一神教と多神教、全く異なった文化や考えが激しく出会い変容を求められる時代。個人としては相当な圧力に耐え、要請に応える必要が生じるが、果敢に挑んでいる金山太鼓の若人に触発されながら、我々も主張と祈りの両極をどう取り入れ、どう生きるかという瀬戸際を戦って行くしかないと思った。アートシーンとしての里の音楽祭、さすがに芸術は奥深かったと言うべきか。続く
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おすすめの本 『嘘を生きる人・妄想を生きる人』 ★宮澤京子【2008年11月号】

 『嘘を生きる人・妄想を生きる人』個人神話の創造と病 武野俊弥著 新曜社2005

(私と地下鉄サリン事件)
 平成7年のオウム真理教による地下鉄サリン事件から10年を経た平成17年にこの本は出版された。私は地下鉄サリン事件と聞くとその直後に帝王切開の手術で麻酔をかけられた時の恐怖が重なる。トランプの絵札がドミノ倒しのように、すごい勢いで吸い込まれ、私も一緒に落ちていった。その恐怖のなかで「なぜ、こんなことが私の身に起こっているのか」とその理屈付け(言語化)をしようともがいた。流れに飲み込まれるのもそんなに長くは続かないと思っていると、アルファベットの文字が弾けるように並びはじめ、私は暗い穴の中に吸い込まれ、そして意識がなくなった。目を覚ますと看護師さんが「お子さんにお会いしますか?」と声をかけてくれて、猿のようなひしゃげた顔の息子と対面した。新しい生命は、産道からではなく異界を通って生まれてきたのだという実感を持った。これは私の個人神話である。
 
(本の内容)
 オウム真理教の教祖であった麻原彰晃の“空想虚言性”が、自我による支配や操作性という「パワー原理」と結びついた破壊性を問題にし、「魂の救済システム」であるべき宗教とは真逆の方向に進んだ実態を分析している。これは、心理療法に潜む〈影〉の問題としても呈示され、「治療」のユートピア願望の投影に自覚的でなければならないことを強調している。そして、個人神話の持つ虚構性や虚偽性に秘められている「創造性」とそれが開花する土壌についても考察している。キーワードとなっている「無意識」への注目、「光と影を包含した丸ごとのエロス」や「触媒としてのシャルラタン」・「時代や世界を映し出すトリックスターの活躍」についての挿話は具体的で解りやすく、おもしろくて深い。
 
(著者武野さん)
 今年の4月、京都で行われた河合隼雄先生の追悼シンポジウムで、「日本における分析心理学」第三部シンポジウムの指定討論者として登壇されたときに著者の武野さんを初めておみうけした。指定討論者としては歯切れが悪すぎて、「あのー、あのー」と繰り返される接続詞?ばかりが耳についた。この本の凄さと、あの歯切れの悪さがどうも結びつかないと初めは思ったが、表題のダサさと対照的な内容の深さのギャップに気づいて、「あーやっぱり武野さん」と納得してしまった。おみうけした印象も文章にも「真摯さ」が滲み出ている。「空想虚言」とは全く縁のない、かつ「妄想」にも遠い方にちがいない。そして治療者としての武野さんが、影の餌食にならぬために、「悩み続け、疑い続ける」のを体現したのがあの「あのーあのー」であるとしたら納得できるような気がした。
 
(この本の意義)「神話を生きる」グループホームをめざして
 認知症高齢者の世界に接すると、矛盾と虚実を含みながら、時空を自在に超える奔放な言動に平伏させられる場面に多々でくわす。魂のリアリティともいうべき「生きた神話」がそこには息づいている。神話を生きる認知症高齢者とそれを創造的イマジネーションを働かせて向き合うスタッフが織りなす「物語」は、現代の一面的な因果律に縛られたつまらなさや無力感を払拭する鍵になると思う。認知症の高齢者はその多くが「生きた神話」の語りをもって存在しているし、グループホームはその神話を開花させる土壌であるとの手応えを感じてきたからである。少々長くなるがこの本にふれて再認識した、認知症の人の生きた神話の力を、現場に即して書いてみようと思う。
つづく
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今月の一句 思いやり… ★グループホーム第2 鈴木美貴子【2008年11月号】

 思いやり 水と一緒に かけながら 繋がるなにか 感じるなにか
 

 久子さん(仮名)が体調を崩し、二日ほどベランダのプランターの花に水をやれなかった。スタッフが水をやったりはしていたが、花はしおれてきた。体調を取り戻した久子さんがまたベランダにでて水をやり、花の面倒を見る。花もピンと生き返ってきた。水だけでなく花への久子さんの思いが花にも伝わっているように感じる。思いをもって見る、見守ることで育ち方は変わると思う。どうなってほしい、どうなりたい、言葉ではなく、花と人の心はつながっていけるんだろうと感じさせられた。
 人と人は言葉でやりとりができるけど、それ以上に見守る気持ちも大切にしていきたい。花には水と思いやり、人には言葉と思いやり・・・かな??? 自分もなにか育てながら育っていきたいな・・・・・
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"コラ"ボレーション−「おかしな世の中だな」 ★グループホーム 板垣由紀子【2008年11月号】

 コラさん(仮名)は部屋でほとんどの時間をすごす。目がよく見えないと日中も電気をつけ、ご飯もベットに腰掛けスタッフにおかずを説明してもらい食べ始める。いろんな事が「目が見えないから」思うように出来ないとこぼす。そんなコラさんの楽しみは、夜、横になって聞くラジオ。政治から経済まで、いろいろなニュースに詳しい。
 先日コラさんが何度も繰り返す話題があった。「あのな、結婚式の前の日に、相手の家さ火つけだど。結婚したくなくってつけだど。おかしな世の中だな。」はじめは、「そうだよね、いやだったら止めればいいだけじゃないね。」そう返したのだが、何日かして「あのな、今の世の中、変なことばりだ、結婚式の前の日にな、火つけたんだと、結婚したくなくてつけたんだど。昔だって火つけだってことあったけどな彼女取られだって言ってつけたもんだ。」そうかコラさんは、とられてつけたなら納得するんだ。コラさんの「おかしいな」には、深みがある。
 クラさんのいう「おかしいな」はその原因について掘り下げている。男性は、積極的に女性を求めるエネルギーで動いているべきで、嫉妬や怒りの感情で火をつけたにせよ、それは生きるとか、関わるとか、相手との関係を求めてのエネルギーであるべきはずなのに、「おかしいな」の事件では関わりを持たずに『無し』にしようとする、関係のない所に自分がいたいという力が働いているのか。
 今回コラさんが言いっているのは、男性のエネルギーのなさではないかと感じた。奪い取るくらいのエネルギーを持った男性がいなくなっていることを「おかしいな」と心配しているのかもしれない。コラさんの部屋を訪問するといろいろな『おかしな世の中だな』が飛び出してくる。ラジオの情報で耳年増になっているコラさんの話を聞きながら色々考えてみることも大切だ。
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銀河の里探訪記 その2 ★NHKエンタープライズ 横川清司【2008年11月号】

 グループホームケアプラン会議
 何回か銀河の里を訪れるうちケースカンファレンスに参加した。これもかなりの異次元体験だった。認知症の人をどうケアするかというような、従前の担当者カンファレンスの会議とはかなり違っていて、この人たちとどう暮らすか、新しい社会をこのグループホームでどのように創造するかと言った視点で開かれているように感じた。会議では、認知症や病気や障害という言葉はほとんど聞かれない。ましてや問題行動などという概念はここには存在しないことが透徹されていて、このことは、ほとんど感動と言ってよい体験だった。
 ケアスタッフに対する問いかけも、「あなたはここでどのような生活していくのか?どのように暮らしを立てていくのか」と言ったことが問いとして向けられているように思える。個々の利用者を一人一人、個性として受け入れ、自分たちも含めた共同生活、新たな社会を創造する協働生活者であることを実践するために、自らを関わらせることが求められている。自分が本音で関わって行くことしか相互に気持ちは伝わらないということなのだろう。
 銀河の里が誇るべきことのひとつに、農業を切り離さないことがある。農業を付帯事業とするには、人手がかかり決して効率などを追及するようなことは求められないはずだ。しかし、あり得ないことを、実践する。そこに宮澤さんたちとスタッフの思い入れがある。
 
 農業とそのリズム
 農業には、自然とともに生きるリズムがある。特にコメ作りは、日本人が自然と共生してきた長い歴史の上に成り立っている。雪が解け、土を起こ、雨が降って苗を植え、夏の日差しを天と地に祈り、秋の収穫に喜び、祭り、感謝する。コメ作りは人間の命にかかわる根源的な生産活動を支えてきた。こうしたリズムは、日本人のDNAにきっちりと摺りこまれ、代を重ねて稲作への思いは受け継がれているにちがいない。確かに、里の周辺の田園風景は心を癒すとともに喜びや感謝の気持ちを満喫させる。
 この農業のリズムは、ケアのリズムでもあるのではないか。悠然と構え、自然の営みのリズムに身を任せるうちに、ゆとりや、すべてを受け入れることのできる構えが醸成されるのかもしれない。単に利用者たちの年代や活動期の時間が、農村の風景の中にあったという事だけではなく、日本人に染みついた体内リズムが農村風景の中で共鳴するのであろう。
 こうした、リズムを体現しつつグループホームでの暮らしというひとつの器のなかで、利用者と介護スタッフの役割の違いはあれ、与え与えられる大きさは同じ質量でやりとりされているに違いない。
 スタッフは、若年が故の悩みや生きづらさを持っている。正面を向いた一対一の関係性を時流に任せて素通りして行くうちに、本来の感性を失い自分を表現する言葉を失っていく世代だ。自分自身をさらけ出すと言った局面を経験することなく成人し、曖昧で適当な距離感を身に付けることで世の中を渡っていかざるを得ない。一見豊かな近代の生活の背景に、豊かな精神生活が埋没してしまうと感じるのは何故だろうか?
 
 住み慣れた風景の中に、生活習慣や癖が潜んでいる。
 記憶は風景。言葉で規定されているものではなく視覚、臭覚、聴覚など五感六感が織りなす風景をもって摺りこまれているものに違いない。その意味で、この地に「銀河の里」があることは大きい。この地に足を運ぶすべての人にとって体内に摺りこまれた風景が記憶となって「今」を暮らせる「場」を提供してくれるからだ。
 私が「銀河の里」に来るのは、自分自身が癒されたい?自分の目で見てみたいと思ったからだ。この地に馴染んでいる自分を発見することはとても心地よい。この風景の中に住みついている瞬間を、遠い都会の曇り空から若く先行き不安な自分が恨めしそうに眺めている。
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