春のある日、その畑にトラクターがやってくることになった。土を耕すのだが、いよいよ今年の農作業が始まると、朝からみんなワクワクしていた。昼過ぎ、戸来ケアマネージャーが運転するトラクターがダッダ・・・・と大きな音をたて畑に入ってくる。すると待ってましたとばかりにデイサービスとグループの人たちがいっせいにテラスに集まった。
お天気も良く、各々長いすに腰かけたり、テラスにもたれかかったりとくつろいで見ていたが、目の前に大きなトラクターが迫ってくるとその迫力に圧倒され、「わあ〜」と声があがる。いつも広いと思っていた畑が狭く見える。機械の存在感は大きいと改めて驚いた。
かねてより、畑を気にかけていた桃子さん(仮名)は、畑に降りていきたくてうずうずしている。だが危ないから我慢しているようで、テラスから身を乗り出し、「2回かけねば浅くてわがねんだよ。すぐ草はえでくるんだがら」とトラクターの音に負けぬ大きな声で言う。
”はい、わかりました”とトラクターが働く。オーライ、オーライ、まだ大丈夫だ、もう少しいいぞ!!」とギリギリいっぱいまで誘導しようとする 武雄さん(仮名)。ところがオーライの声にかかわらず手前で止めた戸来さん。その訳は、昨年武雄さんが深い思いで植えた植物が小さな柵で囲まれていて、それを配慮してのことであった。「大事なの大丈夫?」と躊躇する戸来さん。「いいのだ」と過去のことにしようと覚悟の返事をする 武雄さん。このやりとりに二人の秘めている思いが伝わり、居合わせた私も”はっ”と胸が熱くなった。
畑を耕し終わり、誰もが変わりゆく畑の光景に各々の思いを込めて見入った。昨年まで両ひざをついて草取りに夢中になったヨシノさん。今年は車いすになったが、今にも車いすから歩いて行きそうな表情でニコニコである。
かつて自宅ではヘルパーさんとシルバーカーを押して畑仕事をしたという研究肌のハナさん(仮名)。真剣な顔で車いすから一点集中、じっくり見続ける。いつも横になって休んでいて、いろんな誘いに「いがね、いがね」と断る ミヤさん()仮名が、なんと今回はキラキラした目をしてやってくる。「あだらす機械買ったの?おじさんいいっていったけが−−。あや〜なんたら粉っこまいだみでにきれんにうったごど〜上手にいったな」と笑顔で話しかけてくる。
あまりに具体的に褒められ照れる戸来さん。その姿にドッと笑いが上がる・・・。
農作業の親方、デイの利用者の良夫さん(仮名)に戸来さんが声をかけ「次はうね作らねばね。よろしく」と二人が握手する。それを見て、みんなもすっかりその気になる。「さあ〜何を植えようか」と話がはずむ。
昔はすべて手作業で働いた世代の高齢者、この機械の威力をどう受け止め、どう思っているのだろうか。いずれにしても春の農作業の始まりを、誰もが私の想像以上の興味、関心をもって迎えてくれたのは確かだった。農作業はいつもみんなの心を大いに動かしてくれる。現実だけでなく、異界のイメージも動く。尊い”大地”を感じた春のひとときの体験だった。