2007年12月15日

ある日の散歩から ★グループホーム第1 田代恵利子【2007年12月号】

 グループホーム第2から第1に移動になり、雰囲気にも慣れてきた10月末、コメさん(仮名)がふらりと玄関から外へ出たので追いかけて一緒に歩いていた。そのときデイサービスの入り口で以前私の居室担当であったより子さん(仮名)と会った。
 声をかけようとしたところ、より子さんの方も気づいて声をかけてきてくれた。「今何ヶ月なのー?」と妊娠している私のことを、気にかけてくれる。立ち話のあと、「散歩に行こう」と3人並んで、八雲神社方面に歩いた。
 私とより子さんは、約1年のお付き合いのなかで、楽しいこともあったが、衝突したり、より子さんに気を使って距離を置いている自分がいたり、なかなか関係が縮まらないことで悩んだこともあった。部署が移り、担当を降りて、ここ数ヶ月でより子さんを離れて見る位置で、私の気持ちにも余裕が出てきたせいか、自然な感じでより子さんと話しができた。
 神社前まで行くと、より子さんは「せっかくだから拝んで行こう!」と言って、立ち止まり手をあわせる。私もコメさんもつられて手をあわせる。拝み終わったより子さんが「あんたの安産祈願してやったからね」と私の方振り向く。心がポッと温かくなるのを感じた。
 悪気はないけど、辛口なトークが多いより子さんなのだが、気遣いができる人で、たまにグッとくるような優しい言葉をかけてくれる。
 帰り道は話題が子供の話になり、「より子さん、子供は何人くらいがいかなぁ?」と聞くと「3人がいいよ。3人もいれば1人くらいは、一緒に居てくれるでしょ。」と素直な胸の内を語ってくれた。担当だったときは、こんな話も自然にできなかったし、より子さんの本音に触れることもできなかった。壁をつくっていたのは私だったんだと思わずにはいられなかった。歩きながら、すがすがしい心地よい気持ちになった。先を歩くより子さんの背中を見て、“離れているが私も見守られている、私もより子さんを見守っていきたい”と思ったある日の散歩だった。
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のんびりゆったりの水面下 ★グループホーム第2 板垣 由紀子【2007年12月号】

 ある日の午後、所在なさげにリビングで過ごしていた守さん(仮名)を誘ってDホール向かった。守さんはホールから少し離れたいろりに腰を下ろし、丁度おやつの時間で焼き上がったパンを2人で並んでごちそうになった。お腹が満たされると今度はホールの応接セットの椅子に場所を移し、ぽかぽかと日の当たるその場所でウトウトと居眠りを始めた。グループホーム(GH)の利用者が出かけなきゃという気分になったとき、デイサービス(DS)という場所は、人の集まる、社交の場や、異空間として受けいれてくれる。
 ひとつのテーブルではおやつのあと、居眠りしながらゆっくりとした時間が流れていた。TV前でのんびりしている人もあり、隣のテーブルでは、ミツコ(仮名)さんが「何時に帰るのや?」といつもの光景。スタッフの美貴子さんが隣で指を4本立て「4時」と合図を送っている。その周りでは女性利用者がおしゃべりをしている。送迎までのDSでのくつろいだひとときだ。
 そこへ「トイレ誘導お願い」とかけ声がかかった。今まで静かだったDホールに激震が走ったようで、その声に素早く反応したスタッフが立ち上がる。するとそれにつられるように男性利用者が揃って立ち上がる。「ちょっと待って・・・」と慌てるスタッフ。私もフォローしようかと動きそうになったが、ここで動くと守さんが不安になると思いとどまる。そのとき「ガタン!」と音がした。立ち上がろうとしたセイジさんが、椅子にしりもちをついていた。ドキッとする。
 ここで凄いのがデイのスタッフ。さっきまでミツコさんと4時、4時とやっていた美貴子さんがいつのまにかセイジさんの隣に移って守っていた。ミツコさんは?と目をやると、美貴子さんと入れ替わりに昆さんが4時、4時と合図をおくる役をさりげなく入れ替わっている。
 午後のこの時間は入浴、トイレ、着替え、連絡帳記入とスタッフにとっては慌ただしさが増す時間であるが、作業としてテキパキとこなすべき事と、じっくりと座ってくつろいだ時間を守ることの、まさにアンビバレントな状態を同時に演出しなければならない。テキパキとこなす作業の裏で、作業の流れに左右されず、じっくりと座り続ける意味を理解しているスタッフの連携が混乱を招かない守りを作っていると感じた。
 その場の全体を把握し、自分の感覚で時々の状況を判断し適切に身を置くということが大切だ。それは指示や指導では成り立たない。チームができていると、言葉を交わす以上に意思疎通がはかれて、お互いに関心を持って守りの中にいる感じが出てくる。水面下で心を使って初めて、のんびりゆったりの状況が守られる。
 テキパキと作業をこなし、効率よく仕事を仕上げる力は当然のこととして、さらにそのうえで、動かないで見守り、何もしないことに全力を挙げる能力が必要と感じた。
 ここ数年、里のデイサービスには他の施設から断られるなどした、難しいケースが紹介される傾向にある。それを認知症専門のデイとして果敢に受けとめていこうとしている若いスタッフに感動させられる。
 対応の難しいケースには、能舞台のワキのように、動かず、虚空を見つめるなかに、シテの世界を出現させるようなありようが求められると感じる。それにはかなりの修行が必要になると思われる。管理や計画だけでは何ともしがたい所を、どう克服するかが勝負として問われるなかで、一種不思議な能力を持ったスタッフが、デイを支え守っていると感じた。
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事例発表を終えて ★デイサービス 昆 里美【2007年12月号】

 銀河の里に勤めて3年、まさか自分が事例を発表する立場になるとは全く思っていなかった。それもしっちゃかめっちゃかで混乱状態の今のデイサービスの事例。理事長から「地獄のデイサービスを事例で発表してみないか」と話をもらい、勢いで「はい!」と返事をしてしまったが、落ち着いて考えてみると何をどう書けばいいのか見当もつかないし、本当に書けるんだろうか?と不安になってしまった。面白そうと思う気持ちと不安とが半々のまま、とりあえず事例を書きはじめた。
 改めて記録を振り返ってみると、まさに地獄の日々。たまさん(仮名)やサチさん(仮名)、明さん(仮名)の怒鳴り声がホールに響き、鞄や豆が飛び交う。ユリ子さん(仮名)は「これはいったいなんなの!」と怒り狂ってホールを歩き、辰雄(仮名)さんは窓から外へ飛び出していく。向こうのテーブルでは文太(仮名)さんやセイさん(仮名)の異界が展開されている。
 その一方で、お互いの怒鳴り合いが、いつのまにか歌会に変わっていたりすることもあったりして、利用者一人一人の持つ深い世界に巻き込まれ、そのパワーに圧倒される毎日が展開されていた。私の気持ちも、それぞれの利用者との関わりの中で動いていく。
 飛び交う暴言にハラハラさせられたり、いきなり怒りをぶつけられ思わずむっとしたり、突拍子もない行動に戸惑って「どうしたらいいの?」と真っ白になって頭を抱えてしまう。心も体もめいっぱい使う感じで、デイが終わるとぐったりしてしまう毎日。よくやってこられたものだなと自分でも感心する。
 事例を書くにあたってエピソードは事かかないほどたくさん挙げられたが、一つ一つのエピソードを深めていくためには、その渦中にいた私自身の気持ちや感情を振り返ることも必要だ。特にたまさんとのエピソードに関しては激しいぶつかりのなかで悔しい思いや後悔があったり、立ち直れないくらいに落ち込んでしまったりした深い気持ちの揺らぎを明らかにするには躊躇もあったが、私とたまさんの関係を見守ってくれるスタッフと、利用者が居てくれたおかげで割と素直に表現できたと思う。
 渦中では自分だけの辛い気持ちしか感じられなかったが、エピソードをまとめていくことで、いろんな人が見ていてくれて、守りの力によって乗り越えてこられたんだなと気がついた。
 なんとか事例の文章をまとめたものの、発表当日はデイの生のダイナミズムを伝えられるか不安と緊張の塊だった。しかし発表が始まるとすっかり自分の世界に入って、緊張も忘れて一人芝居を演じているような感覚になった。反応も、私が事例をまとめながら思わず笑ってしまったエピソードには同じように笑いが起こり、考えさせられるエピソードでは黙って頷いてくれる。あるエピソードにはスタッフも泣いてくれた。
 自分の体験をまとめたもので、他の人がこんなに笑ったり泣いたりしてくれて、何かが伝わる感じが実感できて、新鮮な感動だった。  
 事例が終わり私の中で一区切りがついたが、デイサービスは新しい利用者やスタッフを迎え、一人一人の世界もさらに深まっている。またここからがスタートだと思う。
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昼の私、夜の私 ★グループホーム第1 前川 紗智子【2007年12月号】

 グループホームは24時間体勢なので夜勤がある。里の第1グループホームでは夜勤専門のスタッフがいて、夜を守ってくれているが、たまにローティションの都合で昼スタッフが夜勤に入ることもある。
 夜勤に入ると昼とまた違った世界があって面白い。それは昼の私と夜の私はなんとなく違っているからだと思う。たとえば、利用者のフクさん(仮名)は、昼間の私は嫌いでも夜の私は好きでいてくれるんじゃないかという感じがある。
 昼の私は、キャパが狭い…。利用者9人、一日の生活もあれこれ、あっちもこっちも気になる。板ばさみになって、引き裂かれるような思いをして、自分の中でいっぱいいっぱいになると、にゃー!!まって!! と、なんだか時を止めてもらいたくなってしまう。
 そうなると「ダメだよ」と止めることでしか対応できない自分になる。起こって来ることを受けとめながら、プロセスを紡いで、何かを生み出すような、そういうしなやかさを本当は持ちたいんだけど、それは至難の業。
 特にフクさんは、いたずら好きというか、よくスイッチを入れてくれる。スイッチ入れられると昼の私は、ついピリピリ前川になってしまうのだ。
 フクさんのいたずらで、誰かの怒りが引き出されるが、そこに熱が生まれ、それまで切れて冷たかった関係にも、新たなつながりができてきたりする。フクさんはそれを狙った確信犯なのだが、それを受けとめるゆとりが持てないのが昼の私。
 一方夜は、AさんもBさんも同時に引き受けなきゃ…といった込み入った葛藤場面は少ない。みんなが寝静まった夜、眠れないのか眠たくないのか?リビングに出てくるフクさん。静かなリビングにはフクさんと私だけだから、他のことに煩わされずにフクさんとじっくり過ごせる。フクさんにじっくり集中できる時間がある。
 ある夜勤の時、フクさんが5分おきくらいに何度も何度もガラッ!!とでかい音をたてて部屋から出てきた。ニコニコでペコペコと頭下げては挨拶をしてくる。部屋に誘導し風邪ひくからとお布団かけて寝てもらっても、また何度も出てきて、それを繰り返す。あんまり起きてくるから「なに?どうしたの?」と聞くと、「おめぇの顔、見に来た」と満面の笑みで答える。
 「なぁに、今見ねったって、明日も会えるでしょ?」と笑って返したのだが、心の中では、「あぁ、フクさんが会いたい私は、朝になってしまったら消えちゃうんだろうな」と思った。昼の私じゃなく夜の私に会いに来てくれるフクさんはなかなか鋭い。
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15年の重み ★ワークステージ 及川貴樹【2007年12月号】

 授産施設の農業班になって、半年が過ぎた。何もわからず始めた農業。いっぱい失敗し、いっぱい怒られ、いっぱい機械も壊した。今年の収穫物はほぼ獲り終え、あとは獲ったものの加工と、来年に向けての準備となってきた。少しは、農業人らしくなったかな・・・でかくなった声と体を感じながら、そう思っていた頃にその電話は鳴った。
 長年、米を送っていた人からのクレームの電話だった。あろうことか、玄米と白米を間違って送ってしまっていた。「15年間ではじめての事だわ。」
調べてみると、伝票の単純な書き間違いだった。帰りの車の中、このことが頭から離れず一人で考えていた。「15年かぁ・・・」ふいにぞくっとした。自分が15年間も付き合ってきた友人に名前を間違えられたら・・・自分にとっては、初めてで、半年に過ぎない仕事。でも、その方にとっては15年も付き合ってきた銀河の里なのである。そんなことを感じもせず、何の気なしに出荷作業をしてきた自分が情けなかった。伝票ばかりを見て、そこに書いてある名前に、どれくらいの重みがあるのか、そういうことに思いをめぐらせずにただ単純作業でやってきた自分が悔しかった。その15年間の中で私が携わったのはほんのわずかな時間である。だからこそ、大事にしなければならないはずだった。
 介護の現場で、私たちが関われる時間は、その方の人生の中でほんの微々たる時間である。そんな微々たる時間の付き合いの中で、その方の集大成にも近い時間を共に過ごさせてもらうのだから、心してかからなければならない。その方がどんな生活をしてきたのか、どんな想いで生きてきたのか、いろいろな事に思いを馳せなければ、その方の全体像は見えて来ない。全体を無視して、その場その場で起きていることだけに、目を向けられた介護は拷問に近い。だから、目の前で起きていることだけではなく、常にいろいろな事に想いを馳せながら仕事していかなければならない。そういう意味でクリエイティブな能力が求められる現場だと思う。
 私は、大学時代、人に何かを伝えていく仕事がしたいと思っていた。介護の仕事を始めて、3年経った頃、この仕事もあながちその路線から外れていないと確信した。視えないものをみる力・・・。情報社会では世界中で起こったことが、瞬時に伝わる。私が伝えるべきものは他にある。そう強く感じた。その事に気付かせてくれ、そして大きなミスをしてしまった自分を温かい言葉で励ましてくれた電話の主に心から感謝したい。
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詩人のまなざし ★宮澤健【2007年12月号】

−人間が見たり聞いたりしたものは生命の糸である−イエイツ

 我々はグループホームを舞台に、「暮らし」の中で認知症の人と「向き合う場」を重視し、そこでの個々の出会い(関係性)に意味をみいだそうとしてきた。
 開設当初、老人保健施設から入居されたA子さんの申し送りには、暴言、暴行、徘徊、危険物撤去、安定剤処方とあった。入居のための診察では看護師の腕にかみつき、ドクターにつばを吐きかける大活躍で、ドクターからは「グループホームで過ごせるわけがない」といわれた。
 ところがグループホームのスタッフはたちまち彼女の不思議な魅力の虜になった。朝食前、箸で茶碗を叩いて「まだかまだか」と大騒ぎ。「まだだ」と言えば「お茶っこもってきてけろ」と言いつける。お茶を飲んでいたかと思えばもう外に出て歩いている。集団生活とか、社会規範とかぶっ飛んで自由自在。そこには突き抜けた解放感があった。明るい性格もあり、スタッフは魅了された。こうあるべきというしがらみに強迫的に縛られている現代人の「癒し」や「解放」として、A子さんの存在はスタッフの心に輝いた。
彼女は東北の山村の生まれで、戦争も経て、何度も連れ合いと死に別れるなど苦労に苦労を重ねた。思うようにならなかった人生を取り返すかのように奔放に振る舞い、他から何かさせられることには抵抗が強かった。入浴は大変で、誘っても「おらへらね」となると何か月も入らない。温泉に出かけてその気になってもらったり、スタッフがわざと洗面器をひっくりかえして水浸しにしてお風呂に誘導したり、あれこ
 しかし、半年も過ぎた頃、スタッフとA子さんの関係は安定し、入浴の誘いばかりでなく、家族や周囲の人とのやりとりもスムーズになっていった。思うがままの言動を許されただけではなく、好意的で強い関心を持ったまなざしが注がれる環境は、暴行、暴言を必要としない安寧を彼女の中に生み出したに違いない。
 ヒルマンは、ドイツ語のDichter(詩人)は、物事をdicht(濃厚に、濃密に、緻密に)する人の意で、詩の価値は、ある瞬間のインパクトを凝縮できるか否かによって決まると言う。そして、詩のイメージがしがらみの中から生を引き出すところに「超越」があると述べている。
 現実に張り付き、短絡的で表面的な解決方法を追い求めるばかりで、深みも、重みも失った現代人には、「まなざし」という奥行きのあるパースペクティブが持てない。「まなざし」は詩人のdichtそのものではなかろうか。
 駆け出しの我々は、彼女の明るい性格と奔放な自在性に魅了され思わず詩人になり、超越に触れたのかもしれない。Aさんとの出会いは我々の行くべき道を指し示してくれた。
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カツコさんの入院で感じたこと ★グループホーム第1 西川光子【2007年12月号】

 あれほど元気で歩いていたカツコさん(仮名)が、このところ体調がすぐれず意識も薄い感じで会話もできなくなって、心配の日々が続いた。検討した末、娘さんと一緒に数年前診察してもらったことのあるM病院を受診した。ところが新患扱いで、長い時間待ったあげく1ヶ月先の受付検査になるとのこと。今日中に受診できなければ危ないかもと危機感もあって、入院はできないが開業の主治医の病院に行くことにした。しかしすでに12時。無理を頼み込み「12時30分までに来て下さい。」と受けてもらう。男性スタッフに送迎を頼み、車をとばしてギリギリ間に合った。
病院では点滴を始めたが「H病院に紹介状を書きます。すぐ見てくれるそうですのでこのまま向かってください」と点滴を抱えて次の病院へと向かうことになる。
 H病院につくと玄関に白衣の男性が二人来て我々を出迎えてくれた。他の急患かと思ったがなんと!!私達の出迎えだった。地域連携室スタッフということで、救われた感じがして、ホッとした。丁寧に案内され、検査を終えて、受診の階へ移った。
 ところがここからが長かった、廊下で待っているがなかなか呼ばれない。カツコさんは体調の悪さと疲れで頭がぐったりする。
“問診にどう説明しようか。原因も知りたいし。詳しく検査もしてもらいたいし ” 等々、考えながら約1時間。やっと名前が呼ばれ、娘さんと3人で診察室に入った。ところが医師は付き添いの私と娘さんを全く無視したかのように我々にはなにも聞こうとしない。ぐったりして、首を支えるのすら大変で意識も薄い状態のカツコさんにいきなり「はい両手を上げてみてください」という。なんと乱暴なと感じていると、さらにカツコさんの両手をつかみ「はい、あがりますね。あたってないから大丈夫です。でも週末だから入院しましょう。帰るとどうせ急患で来ることになるでしょ。大変でしょうから、こちらもその方がいいので・・・」という言葉と態度に娘さんと私は傷ついた感じになる。
 入院手続きは手順よく進められ、入院Aセット、Bセットを選択させられ、あ然として娘さんと目を合わせていたら、そこへ看護師さんが調査書を持って現れ「この人熱が下がったら暴れますか?歩き回りますか?」と聞いてくる。またまたあ然としながら「静かで慎重な方なので、そうであれば嬉しいくらいですけど・・・」と答えたが、認知症に対する厳しい現状を目の当たりにした気分だった。
カツコさんは3日間入院して帰ってきた。ささやかな退院祝をした。娘さんにそのこと報告すると、娘さんも喜んでくださった。その後 兄弟さんや、近所の仲良しなど、皆さんが面会に見えた。以前、カツコさんは、私の事を親友のアツ子さんに見立ててくれていた時期があった。その人もおいでになり本人と初めてお逢いする事ができて感無量だった。
 その後カツコさんは幾分調子を取り戻しつつあるが、歩くまでにはまだ至っていない。一年前はカツコさんは毎日のように外に出て歩いていた。ついて行くといつも「こねくていい!!」と言い、思いがいっぱいになってひとり黙々と歩き続ける感じだった。「来なくていい」と怒られながらも一緒に歩いているうちに、いろいろと話かけてくれた。
 小一時間も歩いて、近くの山をぐるりと一回りしたことがあった。ポケットにアメ玉があったので、二人でそれを口に入れながら、まわりの風景を満喫したことが懐かしい。
 今回の変調で、お友達などいろいろな方と出会い、ご家族とも新たな関わりを持つことができたが、一方で認知症を取り巻く医療環境の厳しさも味わった。システムが整い、連携がとれ、効率よく手順が運ばれるとしても、社会から人間や老いや、障害に対するあたたかなまなざしが失われたら、大事な何かが傷ついてしまうような感じがする。
 カツコさんに元気を取り戻してもらって、また景色を楽しみながら一緒に歩いてみたいと願わずにはいられない。
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