2007年05月15日

はじまりの日 ★グループホーム2 伊藤洋子【2007年5月号】

 4月17日は豊子さん(仮名)の今年度の散歩のはじまりの日だった。豊子さんの散歩は冬場お休みになるらしく、この春からの新入職員の私は知らないのだが、豊子さんは散歩が大好きで、一人で夏場は午前中2時間、午後から3時間の散歩を毎日してきたという。
 この日午後のおやつの後、Mさんはいそいそと上着を羽織り、外に出て行った。久々の散歩再開でもあり、今年は一人での散歩は難しいかもしれないとの話もあり、私は後を追いかける。風がやや強く、冷たく、淡い緋色の夕日がやけに綺麗に感じた夕方だった。
 豊子さんは農道をてくてくと歩いていく。私は知らない道。Mさんの手を取り、半ば探検気分でついていく。話しかけてもMさんは「ふふふ」と笑うだけで言葉はない。500メートル行った辺りでUターン。「戻るのかな?」と思ったが、またUターン。それが4回続く。
 先にくたびれてきたのは私の方だった。豊子さんは楽しげに歩いていく。風邪が完全に治りきっていないのか、時折咳き込みながら、道路を擦る足音が少し大きくなってきても、それでも歩きつづける。4往復目の最後は側溝に沿って、道なき道を進み始めたので、私は慌てて、思わず「こっち行くの?」と尋ねる。その私の反応を笑いながら、がさがさと枯れ草と新芽の上を踏みしめ山の中に入っていく。
「この先はどこに続いているんだろう?」と不安になる私をよそに、豊子さんはどんどん進む。足元には生え始めた笹の葉。「夏は歩けないんじゃないか」と思っていると、あっさりと山から抜けてそこは施設前の道路につながっていた。ホッとしたのもつかの間、さらにあぜ道に入り、田んぼに沿って歩いていくので「今度はこっちなの〜!?」と絶叫したが、豊子さんは私の慌てぶりはどこ吹く風で、笑顔のまま、まだまだ進む気配満々。
 まいってしまっていると、スタッフが気を利かせて買い物に出かける車で声をかけてくれた。久々の散歩でMさんも疲れたのだろう。すんなりと車に乗ってくれた。私は、買い物に行くスタッフにMさんのことをお願いして戻ろうかと思ったのだが、車の中からMさんが「隣に乗って」とばかり席をポンポンと叩き、誘ってくれた。Mさんが、同行者として私を捉えてくれていたと感じて嬉しくて一緒に買い物にもつきあった。
豊子さんとの散歩は、私にとってドキドキさせられるなかなかの探検だった。つぎはどこに先導していってくれるのか、どんな道を教えてくれるのか、ときめく思いである。
 コメント: 豊子さんは過去3年間、夏場にはかなりの距離を一人で歩いて過ごしてきた。一日5時間歩く日もあり、その行動範囲は半径10kmにも及ぶ。国道から山道、あぜ道に至るまであらゆる道を走破せんかの勢いである。時計はみなくても時間は正確で出発も帰宅も毎日ほぼ一定である。事故のリスクは高くなるが、ご家族とも話し合い、歩くことに意味を認め、あえて散歩の禁止はしないことにしている。安全の為、GPSを入れたポシェットを持ってもらい15分おきにチェックをしてきた。その通信費用が2万円を超えた月もあった。昨年暮れに散歩中溝にはまり救急車で運ばれた。幸い大事に至らずその日に帰ってきたが、今後の散歩に関してどうするかスタッフとしては悩みどころである。新人の伊藤さんは手をつないで歩いたようだが、これは今までにはなかったことだ。手をつなぐ距離には行かせてもらえなかったのが実情で、他人が入り込めない豊子さんの独自の世界があった。しかし伊藤さんは大胆にもその世界に入り込み繋がっている。豊子さんにとってもそれが侵入された感じにはならずに同行者になった様子なのは、これまでを知っている者にとっては驚きである。入所当初の豊子さんは表情がほとんどなく、会話も成り立ちにくかったが、散歩中を通じて笑顔がほとばしる感じになっていった。最近はグループホームの中でも会話が成り立つことも多くなった。今回手をつないでくれたのは、これまでのプロセスを基盤に、新人の純粋な大胆さを受け入れてくれたからではないだろうか。新たな出会いがさらなる人生の旅を織りなすことを祈りたい。                                             (宮澤 健)
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別れ ★デイサービス 戸來淳博【2007年5月号】

 銀河の里のデイサービスとグループホームの間にはテラスがある。晴れた日にはテーブルと椅子を出してお茶を飲んだり、収穫物を干したり、さまざまな交流が行われる大切な場所である。目の前には小さな畑、向こうには棚田が並び、遠景には北上山系の連山を見渡す。その景色の中を農道が走り、家々が点在する。
 7年前の開所当初から入居されていたKさんは、よくこのテラスに出て、手すりに寄りかかりながら、その景色を長い時間一人で眺めていた。今年も春が来て、木々も色づき、テラスにも心地よい空気が流れ始める季節になったが、テラスにKさんの姿はなかった。ここ数ヶ月、病状が悪化し、透析のため入院生活を余儀なくされていた。
 夜、会議をしているところに「今晩が山」と家族さんから連絡が来た。長年おつきあいをさせていただいたスタッフとして急きょ病院に向かった。病室に入ると、娘さんと息子さん、親類の老夫婦がおられた。Kさんは天井の一点を見つめ、ベットに寝ていた。病状として改善は望めないことは知らされていたし、いずれはこの時が来ると覚悟はしていたとはいえ、涙が浮かんだ。Kさんの最期を厳かに見送りたいと部屋の片隅に居住まいを正した。  主治医は血圧計とパルス計を確認する。先ほど50だった脈は、40まで落ちていた。「ピッピッピ・・・。」という音と画面の波形。Kさんの死が、まじかであることをわかりつつ、Kさんの「生」が、電子音に変わり、波形になるのは薄っぺらなものに変えられるようで嫌な感じがした。みんな数値と波形に目を向けている。
そのなかで老夫婦はKさんに寄り添い名前をよぶ。おばあさんが「目が動いたようだ。わかったんだべか?」といわれる。するとそばの看護師が「意識はもう無いと思います。」と答えた。その言葉に私の思いは行き場所を失ったような気がした。私は聞こえたんだと思った。  こんどはおじいさんが話しかける。「K子、俺もそのうちそっちに行くから、先に行ってまってろじゃ。」と。おばあさんは「あんたそっただこと」とたしなめる。私はそのおじいさんの死を受け入れた言葉に救われるような気がした。
 できれば退室願えませんかと看護師から声がかかるが、誰も出ない。聞かないふりでとおした。看護師はアンビューをKさんの口にあて、人工呼吸を始める。医師は心臓マッサージを始めた。胸を押され、ベットと体が揺れる。Kさんが今晩この世を立つだろう事は誰もが覚悟していたし、この処置が死を回避できる可能性もないことは解っている。まじないに感じるが医療関係者も辛いところだろう。
 心肺蘇生が繰り返えされ、まもなく「ピー」という機械音と共に、パルスは0を表示し、波形はフラットになり、臨終が告げられた。
 死を受け入れるには少し時間がかかる。次の日、Kさんのいつも佇んでいたテラスに出てみる。天気が良く、心地よいやわらかな風がふいていた。新緑が萌え、遠くには早池峰山が見えている。Kさんの一人佇む後ろ姿を思いうかべながら別れを告げた。
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里 の 行 方 ★理事長 宮澤健【2007年5月号】

 利用者と出会うことで「人間とはなにか、生きるとは何か」を随分考えさせられてきた。まさに導いてもらってきた感じで感謝しきれない。里のスタッフそれぞれもそうした感じを実感として強く持っていると思う。
ただ、そうした思いを書いたり伝えたりするが、ほとんど反応がないのは寂しい。現場では基本的で、重要なことだと思うのだが、「小難しいことを考えて馬鹿じゃないの」といった、めんどうくさそうに厄介者を見るような目が大半だ。実際「また言ってる。あきれる」と言われたこともある。聞きたくもないというのだ
「福祉は、どうでもいい人や、終わってしまった人や、役に立たない人をお情けで面倒見てあげるのだから、よけいなこと考えるんじゃないよ」という意識が基本にあり、市や県の行政はじめ、同業者もほとんど徹底して貫かれている。そうした意識から来る圧力との闘いに、かなりの労力を浪費するのが現状だ。
 焦りにまかせて昨年は内部で「最後の10年、最初の10年」と銘打ってセミナーをやった。私にとっては社会人最後の10年、20代のスタッフにとっては最初の10年という意味だ。人材育成塾と、遺言を語るつもりで張り切ったが、退職者続出となった。ついて行けないということなのだろうか。さらに落ち込む。
「勉強すれば楽に生きられる」と、大人はここ何十年もかけて子どもに言い続けてきた。考えなくても、悩まなくても楽に生きていける社会を必死になって作ってきたのに、今更「悩み、考えよう」などという方が無理なのか。
「福祉くらいは考えよう」と言っても嫌がられるのは当然かもしれない。楽ができると思って社会に出たの 「悩んで、苦しめ」と言われるのでは話が違うということなのか。
 心を使わないですむ便利な社会は、表面はいいようだが、味気なく、生きた実感が薄く、傷つきやすく、どこか辛くなる。生きるエネルギーが枯渇していくのだ。 一方こうしたことに気づき、考えている人のなかに、里を注目してくれる人が増えて来ている。「夢だった銀河の里が実現する日本は捨てたものじゃない」と言ってくれる社会学の先生、「お前らには哲学がある。これからの福祉は哲学がいる」と言う考古学の大御所。日本で一番のグループホームはどこかと聞いたら「銀河の里」と言われて訪ねて来た日経新聞の記者。そう言ったのは東京研修センターのN先生らしい。認知症のドキュメンタリー等を多く手がけてきたNHKのディレクターは2日間泊まり込んで、「里の存在は私の支え」と言ってくれた。「賢治の精神の実在を里に見る」と最大限の讃辞をくれた賢治ファンの臨床心理士の先生。「対象化せず当事者性を生きている」と社会心理の先生。それぞれに長年、現場で取り組み、人間が生きることを真摯に考えて来た人たちだ。
そういう人たちに支えられ、助けを借りつつ、システムや制度を超えて、心豊かなネットワークで繋がりながら、いい仕事をしていきたいと思う。
 スタッフの傾向も、暖かい人間へのまなざしを持ち、深い思索を重ねる方向に収斂されつつあるように感じる。それはシステムで一丁あがりの片を付け、楽を求める方向とは対局の悪戦苦闘能力を必要とするが、スタッフ個々の覚悟の奮闘に未来の希望を託したい。
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カウンターマジック ★グループホーム1 前川紗智子【2007年5月号】

 これまで私には、お店のカウンターは、何となく特別で少し近寄りがたい場所でしかなかった。ところがこの春、銀河の里で「悠和の杜」を開店した。障害者の自立と社会参加をねらった銀河の里の決死の取り組みなので、なんとかしなければと私もよくお店に顔を出す。たいてい一人で訪れるので、カウンターに座る。カウンターの向こう側に同僚先輩の牛坂さんがいるのも落ち着く。こうしてカウンターに座ってみて、カウンターという場所が持つ魅力を随分発見した。
 たとえばカウンターの二つ三つ席を挟んだ向こう側に、私とは30も歳の離れた男の人が座っていたりする。普段だとこの人と会話をすることなど絶対と言って良いほどあり得ない。電車で隣に座ったとしても話どころか、顔さえみないで去ってしまうだけだろう。カウンターでは、初めは牛坂さんと私、牛坂さんとおじさんとそれぞれが楽しんでいる。それがいつのまにか3人の会話になり、そしてさらには私とおじさんのやりとりになっていたりする。  これは興味深い体験だった。お酒が入っているからなのか、人生とか人間とかに対する思い、価値観みたいな話になり、“あの本お前に貸してやろう”とか、“もっと飲もう”と距離が近づいていく。ある時、私はおじさんの話に何だか泣けて泣けて、二人硬く握手を交わしたこともあった。きっと端から見れば、?どこかおかしな光景なんだろうが…。
 もともと、シャイで幾分小難しくて、社交的でない私が、世間という「外」で「人」と出会ったり、自分らしさをあふれさせるなんて事はあり得ないと思っていた。私が生きてきた世代と時代が、人間と人間を極力関わらせない、関わらない大きな分厚い壁をもっている。カウンターという場所はその壁がかなり薄くなるようだ。
 この場合、カウンターの向こう側いる牛坂さんという存在が私にとっては決定的に重要な役割をしてくれていると思う。カウンターに立つ人は、本来はそこのマスターなど、店の顔であることはそういうことなのだろう。カウンターの中の人格に支えられて、安らいだ気持ちで座り、その人格を通じて、客どうしが、年齢も、職業も超えて平等にやわらかく、かつ深いところでつながりが生まれたりする。もちろん相手にもよるのだが、出会う前の想像とは違う、暖かくて不思議な出会いになる。人間とは上手に壁をくぐれば結構いいものなのかも知れないと私の人生に対する希望の火が瞬間ともったような気になる。
もちろんそうした出会いが日常に続いていくものとは限らず、むしろ一期一会だけれど、だからこそ暖かいものが心に残って、日常に作用してくるのではなかろうか。
 私はグループホームの認知症ケアの現場に身を置いているが、カウンターマジックを経験しながら、それはケアの場においてかなり大切なことを示唆しているのではないかと感じた。カウンターの中から、牛坂さんが私に料理や飲み物を出してくれるように、直接のアプローチやサービスは当然大事である。しかし私とおじさんを出会わせたり、私を泣かせる物語を引き出すカウンターマジックの儀式における守り神としての牛坂さんの存在は重要である。
 利用者は認知症を通じて、人生の生と死の時空を行き来し、家族や生きて出会った多くの人びとと再会や別れの重要な儀式を行っていくのではなかろうか。時空を超えた出会いと別れの儀式が深く進むべくカウンターマジックの揺るがぬ守り主として私はそこに存在していたい。
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