2007年03月15日

私も脱いで ★グループホーム 前川紗智子【2007年3月号】

 グループホームでは入浴という日常的で心地よいはずのことが結構大変だったりする。管理で日課があってそれをきちんとこなす軍隊のような生活はしたくない。一人一人の自由度を高く保証してやっていこうとすると「お風呂は嫌だ」という場面が結構出てくる。以前には三ヶ月も入れなかった人もあったそうだ。そこをどう工夫してやっていくか、関係作りが大切になる。
 機嫌が悪いことも多く、なかなかお風呂に誘いにくいSさん。夕方、「ちょ、ちょ、トイレどごだ?」とSさんが部屋から出たので、“お!これはお風呂に誘うチャンス!”と案内をかってでた。トイレが終わって、脱衣場へと招いた。よしここまで来たぞと思いながら、慌ててはいけないと自分に言い聞かせ、茶を出す。伸びた爪が目に入ったので。「爪伸びてたね」と語りかけ爪切りを始める。「おぉ、ほになぁ、切ってもらわねばな。おれいっつも旦那殿に切ってもらうもん。」とすごいいい笑顔。旦那さんとの出会いなども語ってくれ、なんとも心地いい時間が流れていく・・・。
 でもここは脱衣場、風呂をどう切り出すか気になってもいる。するとそこへガラッ!と扉あけYさん登場。Yさんはすごい勢いで愚痴を吐いて嵐のように去っていった。私たち二人は“・・・なんだ?”という空気になったが、その空気がチャンスをくれる。「お風呂、沸いてたよ?」「ほ。んだってっか?ほんだら、一緒入るべ?」?!予想外の展開。
 入浴は私も服を脱いで一緒に入る。以前「服着てる人に背中こすってもらったって、こすってもらった甲斐ねえ!」とある利用者さんに言われた。ただの入浴介助と、一緒に入るお風呂ってのは、実際味わいが全然違う。お風呂は体だけじゃなく、心も暖まったりほぐれたりする場だから、服着た人間がそこ立って見ている感じでは違和感や緊張感が目だって、やっぱり「お風呂」じゃない。
 Sさんと初めて二人で入るお風呂は、すごく楽しかった。「おめさんも入れ」って、あけてもらったスペースに「入れるかなぁ」と足を入れて沈んでみる。ザバッと溢れるお湯に、「わがんね、わがんね!もったいねぇじゃあ!」と二人あわてて腰をあげながら、やっちゃったねって顔を見合わせて笑った。
 お風呂から上がったSさんは「いい湯っこだったよ?おがげさんで、ありがとう。」と、何度も、顔合わせる人みんなに言って回った。いつもなら「あんべぇ悪ぐなった・・・うぇっ!となる、好かね、寝床どごだ。」なんて愚痴になったりしたのにと嬉しくなった
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農と仮想1 ★理事長 宮澤健【2007年3月号】

 「脳」がブームである。一時期の遺伝子ブームが去って次は脳がきたのかという印象だ。しかし遺伝子にせよ脳にせよ騒がれるほど、矮小化され、本当に重要なところは理解されないまま流れ去っていくようだ。ブームという気分はそうしたものなのかも知れない。中高年向けの脳トレーニングシートも売り出されているが、最新脳科学の研究成果によって考案され、認知症予防に効果があると言われると、認知症恐怖症に陥っている現代人は飛びつきたくなるのなのだろう。認知症の威力を日常的に経験し、そこから生命の尊厳や超越性を感じている現場の人間としては違和感をもつところだ。
 そんなおり3年前になるが、脳科学の一人者である茂木健一郎が「脳と仮想」という本を出した。脳を機械物質的な実験データによる局所的な知見でとらえ、それを本質かのように言い振る舞う偽物が多い中で、その科学主義の偏狭に真っ向から挑むべく「クオリア」という旗印を立てて戦いを起こした本だと直感した。
一人の認知症の人間の尊厳を勝ち取るということは、たやすいことではない。むしろおとしめる方向の流れが轟々と音を立てているまっただ中で、我々は苦闘を余儀なくされている。濁流の怒濤のなかに立ち、科学の切断を廃し、関係を生き、それを物語ることでつなぎ直そうという努力は徹底的に少数派のマイノリティである。管理、計画、処置といった言葉でかたづけられ、いっちょあがりにされそうなところを踏ん張って、「出会い」「存在」「関係」などとやっていると、「怪しいやつ」と決めつけられ煙たがられる。「脳と仮想」を読んだとき「ここに同志がいた」と直感し感動した。
 早速、施設内でも何人かに本を紹介していたら、05年の箱庭療法学会のシンポジュームで河合隼雄がこの本を紹介し、茂木健一郎と対談をもとうという話をされたので、大いに期待していた。その後すぐに日本ユング心理学会で動いたようだが、何せ両先生とも多忙の日々にあって日程が組めたのが3年後だったらしい。
その会が先日、東京であり、参加した。しかし河合先生は昨年倒れられ、闘病中で二人の知的巨人の対談は実現に至らず、茂木健一郎と後継のユンギニアンの対談となった。二人の知の炸裂と、イメージの爆発の現場にこの身を置いてうちふるえたかったという願望は叶わなかったが、それでもこの会では大いに刺激を与えられた。
 「近代科学の手法は、人格形成に関して全くの無力である」「見えるものしか扱えないのが科学主義」「見えないものにこそ価値がある」「脳学者として科学の研究は続けるがそんなことと人生とは一切関係がないのが今の科学の現状」とまさに獅子吼であった。
 河合隼雄の元で30年以上も事例研究を旗印に新しい科学を模索し続けてきた日本のユンギニアン初め心理臨床家にとっても、田舎で細々と活動を続けている私たちも、腹の底から納得し、大いに溜飲を下げた感じの講演だった。
 ただ、ことは簡単ではなく、「今のところ敵は強大で勝ち目はない」「科学主義以外の手法は、手探りはされてはいるが、あまりに複雑すぎて使いにくい」という現状と、「本物と偽物があまりに似すぎていて区別がつかない。これをはっきり区別していく必要がある」といった多勢に無勢といった現状も語っていた。それでも「ゆっくりでも本当と確信できる道を行った方が楽しいじゃないですか」と知的巨人は実にフランクだった。
 彼は脳科学の専門家だが、私は農が専門、米を作っている。それを基盤に認知症の人と生活している。彼は「クオリア」を提唱したが、私は「コメリア」で、農を基盤に暮らしの中で、認知症者、障害者と生きようというのだが、それはクオリアとかなり近いはずだ。しかし科学主義の輩は脳科学でやれと、脳トレーニング、脳リハビリをおしつけられそうな勢いだ。茂木健一郎が語った「人生の問題がそんなことで片づくわけねーだろ」に同感だ。ともあれ同じことを語る「偽物」にならないように気をつけながら行きたい。
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動きつづける ★グループホーム 清水康宏【2007年3月号】

 大の字になり、目を閉じ、深呼吸する。頭の中に、いろいろなことが思い出される。出会い。タイミングにいつも驚かされ、その時の自分自身のテーマと向き合った。関わり。喜怒哀楽の感情と共に、自分が生きていることを実感した。そして、時に別れ。命の尊さを実感し、自分とは何なのかと自らにそのまなざしを向けた。
 これが、銀河の里での時間だった。私は、そのプロセスを幾度となく繰り返し、実に濃密な時間を過ごした。私は常にこころを動かされていた。
 こころ。それははっきりとした形がない。どんなものか説明できない。ただ、確実にそれぞれの内にある。どこかに秘めている。それが動く。
  動くことに、はじめはとまどった。それで果たして良いのかと、自分に問いただした。むしろ、こころが動くことに恥ずかしささえも感じていたかもしれない。だが、それは間違っていた。それで良いのだ。それが普通なのだと実感した。
 ある日の、グループホーム入居者とその息子さんのやりとり。その親子はかつて在宅だったころ、顔を合わせると常に口論になっていた。素直になれないでいた。
 息子さんの不意な訪問に、その方が向かって言う。  「何しに来たって?」
 息子さんはこう返す。
 「んじゃ、用もないようだし、帰るかな。」
 入居者さんは大慌てでこう返す。
 「何たら!そったなこと言うなじゃ!」
 息子さんは、そんな入居者さんを尻目に穏やかに笑っている。
 この日も、決して二人とも素直ではない。だが、何て奥深いのだろう。何て温かいのだろう。このやりとりを目の当りにし、私は思わず涙が出た。また、それと共に必死で笑いをこらえた。
口から出る単純な言葉の奥には、秘められたこころがある。必ずどこかにこころの動きがある。そこを見つめることができるか。
 一人の人間として、豊かになった。今はそう言い切れる。不思議だが、それと同時に自信も付いた。だが、まだここで自分自身をきれいにまとめるつもりはない。なぜなら、そのこころと同じように、私自身がまだ確実に動いているから。
大の字になり、目を閉じ、深呼吸する。今度はまた新たなスタートだ。
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他人の話を聴かない人々の増大 ★岩手大学教授 横井修一【2007年3月号】

 内閣の閣僚会議の際に閣僚達が私語を止めず、安倍首相が入室する際にも起立して迎えるという慣習を守らなくなった、という中川幹事長の発言が少し前に政界ニュースになりました。真偽のほどはともかく、そうしたことは大いにありそうと思わせる風潮が今や日本社会に根付いています。大学の教授会でも私語は普通になりましたし、小中高のPTAや授業参観の際に母親たちの私語で授業が妨害される(教師も注意できない)という話もよく聞きます。自分の関心外のことに注意を向けず、そのことがもたらす影響に無頓着になっているのです。
 TVでは「討論会」などで他の話に大声で割って入る人が珍しくなくなりました。相手の話を遮って話の流れを意のままに司会する高名な政治評論家もいます(番組自体が不愉快になります)。情報番組(モーニングショー等)でちょっと注意して見ると、サブキャストやコメンテーターたちが他の人が話をしている時に頷いたりもせず無表情であるのが分かります(最近のあるエッセイでも指摘されていました)。 こうした例はいずれも、声は聞いてはいるものの他人の話は聴いていないという自己中心的な、つまり自分の利害には敏いが、他人には関心を持てない現代人の傾向を表しています。問題は利害・興味関心が自己中心的だということだけではありません。他の人が話している時私語をしていても「話は聞いているよ」と答える人がいますが、そうした考え方をする人(現代の主流の人々)はもはや「人と話す」ことの意味が分からなくなっている。そもそも「人」が話すのを「聴く」ということは、語られた「言葉」だけでなく、その「語り」の全体(言葉遣い・語りの流れ・声の調子・眼差し・表情・姿勢等々、あるいはその人の日頃の言動との調和・不調和など、その人の状況・心理・感情をも思い遣ることで、言わば人格の全面的な関わりです。
  相手の「語り」(言葉に伴なわれるその人の思いや感情)を理解しようとするよりも切り捨てる方がはるかに簡単で「楽」です。しかし、その思いや感情を切り捨てられた「話」は単なる言葉だけで、現在急速に進歩しているAI(人工頭脳)がある程度までは可能にした“会話”と同じで、もはや「人と人」の会話ではないことになります。青年達が感じていると言われる「現代社会における虚しさ」の根本には、こうした人と人が人格的に関われなくなった現実があると言えるでしょう。
  現代日本社会では、そうした全人格的な関わりはもちろん、対面的な関わり自体が敬遠されがちになりました。特に大都市の若者達には、直接の会話よりメール、知人よりも匿名の(不特定でいつでも関係を断絶できる)関わりが「気楽で楽しい」という思う人が増えているようです。また、コミュニケーション障害(引きこもり・軽度発達障害等々)をもつ若い人たちが急増している事実もあります。
  銀河の里の話を聴いたり、『あまのがわ通信』で読んだりして思うことなのですが、高齢者特に認知症のお年寄りとの関わりでは「傾聴」なしにはケアが成り立たないでしょう。そこには真の会話=交流の原型があると思います。介護の現場でなくともそうしたコミュニケーションが成り立てば、今とは別な社会になるはずなのですが・・・・。ともあれ、ケアの心をどれだけ実践できるかと自問すると自信はもてないのですが、せめて傾聴の構えだけはもちたいと思っています。
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「食彩空間 悠和の杜」−人間的な味わいを求めて ★ワークステージ 米澤里美【2007年3月号】

 華やかな?オープンの傍ら、スタッフの焦り、不安は最高潮に達し、ぴりぴりとした日々が続く。同じ形、同じ大きさ、同じ味が強迫的に求められ、作るおもしろさ、遊び心が消えてしまう。「違う、違う」と突き詰める日々。
冷凍加工食品は一切使わず、手作りの味わいを求めていたのに、その「違う、違う」で「手作り」ならではの加減や味わいが失われ、機械と同じような量産を「手作り」で目指しているようだった。
 モノ作りは生き方につながるような気がする。個性を持ち、自由で型にはまらない生き方は、規則やマニュアルと対峙する。規則やマニュアルに徹すると全て同じ型となり、個性は失われてしまう。
これまで毎月、ワークステージのレストランで「旬を味わう会」を開催し、私のフルートとピアニストの吉野茂さんと組んで、料理と生演奏を楽しむ会をやってきたが、悠和の杜が開店し、今度はお店で毎週一回演奏することになった。
 ある日、店で演奏していると、年祝いの団体様が2次会で立ち寄ってくれた。そのお客様が入ったとたん吉野さんは、私の全く知らない曲を弾き始めた。年代に合わせた懐メロだったのだ。私は楽譜の譜面を追うのに必至で何も見えないくらいだった。お客様は大合唱になり、昔あったという歌声喫茶状態になった。社交ダンスで楽しんだお客様もいたそうだが、私はそれにさえ気がつかなかった。この年代の方は誰もが歌える曲だが、私が生まれる前の曲ばかり。 楽譜に追いつけなくて、吹けなくてもお客様が歌で助けてくれた。大合唱はしばらく続いた。この感じは何だろう。ある時代が蘇ったのだろうか。吉野さんのことを「先生」と声をかけ、チップを渡す人、「昔俺もバンドをやってたんだ」と懐かしんで思い出を語ってくれる人もいた。30年ほど前、花巻ではキャバレーの全盛期で、12人編成のフルバンドがいるキャバレーが4、5件あったという話も聞いた。
 プロと言うか、おじさん達の熟練した感覚というか、私たち若者世代から、ややもすると効率の悪い過去の人と見捨てられがちだが、このときばかりはひれ伏す思いで「すごい」と感心した。我々の世代には全く失われた感覚、つながる力、共感、何かに触れていて、しかもさりげない。
 同じく、団塊世代の料理長もさすがだった。ご夫婦で来店された奥様が誕生日だった。フロアーから「なにか」と告げられた料理長。「あいよ」と躊躇なく引き受けて、たちまちフルーツ盛り合わせを作り上げた。フルーツも、盛りつけたバスケットもあり合わせだが、それは感動もので輝いていた。生きて経験してきたキャリアがその一瞬の勝負にさりげなくにじみ出る。そんなものは私にも、私の世代にも無縁だ。  
 この日、私は二人のプロの圧倒的な生き様に魅せられた。型にはまらない自由な発想が新しい何かを生む、そしてその発想を積み上げていくとアドリブの幅が効くのだ。規則やマニュアルなんかでは、到底太刀打ちできない、豊かな個性の開花がある。そんなことを彼らのさりげない仕事の技の中に教えられた気がする。  
障がい者が社会に出ることは規則やマニュアルだらけの世間への挑戦だ。個性全開のパワーで新たなる何ものかを創りあげたい。
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白鳥ドライブみんなこぞって悠和の杜へ「エールを送る」 ★グループホーム 板垣由紀子【2007年3月号】

 今年は、昨年の大雪が嘘のような暖冬となり、毎年3月末に行っていた白鳥ドライブを一ヶ月早め、2月24日行いました。直前まで暖かい日が続いていましたが、その日は青空が広がったものの気温が上がらず、風の冷たい日でした。今年は“軽井沢”堤(というと驚かれるでしょうが、実は、銀河の里から車で10分ほどの堤)で白鳥に餌をやり、昼食を“悠和の杜”に予約して出かけました。
 冷たい風の中、寒さに負けず白鳥と戯れた面々、「悠和の杜」で暖かいごちそうに舌鼓。いつもと違った華やかな空間で、見た目も楽しい創作料理を囲み、愉快な会話と食事を堪能しました。
 そんななか、ひとりキョロキョロしているSさん。一番乗りでお店に通され、その雰囲気に圧倒され深々とお辞儀。「立派な銀行だ」と感心していました。出がけにお金を心配していた、その思いからでしょうか?食事が運ばれてきたので、「ここ食堂だよ」と耳打ちすると、「ほぉーそだってが、これ食べていいのが?俺のだが?」と確認しながら食べ始めました。そこへ料理長の戸辺さんが顔を出しました。
 「Sさん、板長さんだよ」と紹介すると、「はぁ〜どうも。随分サパッと立派にこさえだな。大変だったべ、疲れねが、今は大変だべども、だんだんに慣れればよぐなっていぐんだ、がんばれ、がんばれ。」と顔を見て、蕩々と語り、料理長をいたわり、励ましのエールを送ります。
 なんて絶妙なタイミングで、絶妙な言葉でしょう。Sさんが、私たちの気持ちを代表して伝えてくれました。高齢者と知的障害者、それぞれ戦う現場、フィールドや戦術は違えど、銀河の里に集う同朋、気持ちを察し一気につないでしまうSさんの洞察力と透視眼はやっぱりすごいと感じたのでした。            
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杜に飾られたみずき団子より ★グループホーム第一 西川光子【2007年3月号】

 2月2日「悠和の杜」開店に飾るみずき団子作りがデイサービスで行われた。 今年はみずき団子作りが二回目とあって、皆んな張り切っての参加だった。 しかしテーブルに向かうやいなや 「なんたらうるせいな、わかね、わかね。」
 「われのどこさ帰れ帰れ、ほれほれ、ここおら達のどこだから、行った方がいい。」 淡々とした口調だが、鋭く心に突き刺さるような言葉が続く。
 「縄張り意識」で自分達の領分に他者を入れたくない感じが、無意識に働いた言葉であったろう。 更に「何やってんだ。はっぱとしねばねんだ。早ぐモタモタしねいでやれ。」
  怒りの言葉がぶつけられる。その迫力に立ち向かうように私の体は動いた。大きなボール、梅酢入りの粉、腕まくりで力が入る。ボールが動かないように抑えてくれる方の腕まくりにも力が入るのが伝わり、それを見守っているみんなの眼差しも伝わってくる。緊迫のなかで必死にこねる。
「手つきはいいなー。もういいんでないか」前向きの言葉がくる。「よしまるめよう」とちぎる。われさきに7つの手が次から次へと猛スピードで差し出される。二個いっぺんにまるめる人もいる。もう競争の雰囲気。ゆっくり楽しみたい私は、どの手に渡せばいいのか、切なくなってきた。でも一方で“すごい心の元気”とも思えた。元気の方に気を取り直して、スピードに乗ってみると、楽しくなってきた。それで作業はあっという間に終わってしまった。
 同じ色が重ならないように、各々のセンスで枝に団子がつけられ、華やかに仕上がった。「よいしょ」と大きな枝を持ち上げた時、白い団子が3個くっついて引っかかり、木の団子につながった。このハプニングに「わぁー」と喚声があがった。みんなのこころが突然一つにつながった。「言葉を越えた感動」とでも言いたいぐらいだった。言葉は時に人を傷つけ、とり返しのつかない武器になったりもするが、病める心の救いになったり、つながったりするのにも大切なものである。でもやっぱり最後は「言葉越えたもの」にこそ重要性があるのでないかと思った。
 店に飾られたそのミズキがどうしても見たくなり、ある夜、一人立ち寄った。夜空の星とともにみんなの思いを色とりどりに可憐に咲かせて、店を守ってくれているように感じた。   
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