2007年02月15日

どんと焼きー炎の音に心奪われー ★グループホーム第1西川光子【2007年2月号】

 恒例のどんと焼きが1月16日に行われた。グループホーム、デイサービス、ワークステージ合同で総勢約50名。寒い中ではあったが外に用意された椅子は満席となり、くみ上げられた薪に火が入れられた。スタッフのにわか神主ではあったが、結構いけてる。手作りの幣束を手に「祓いたまえ、清めたまえ〜」。とたんにザワザワ感が静まり、頭を垂れ、手を合わせるみんな。
 拝んだ後、正月のお飾りを手に薪の火にむかう。「そ〜れ」と投げ入れようとするがなかなか手放したくなく、いつまでもつかんでいたい人、思いっきり少し離れた所からポーンと投げ入れる人、しっかりまずお飾りに一礼し、体の向きを火の方に変え胸の高さに両手で持ち上げ一礼をした上で静かに入れる人と各々のやり方で火に向かった。
 各々の思いを受け炎が燃え上がる。火の周りに集まった人はもちろん、渡り廊下や、離れたグループの和室からと、みんなどんと焼きの火に吸い込まれるかのように手を合わせる。現実を越えた“神への思い”を感ぜずにはいられなかった。パチパチと燃え上がる炎の音に心を奪われ、神聖な時を共有する時間となった。
 『どんと祭』は、しめ縄やお札、お守りを、勢いよく燃える炎で燃やして、正月に家に訪れていた「歳神様」を神の国へ送りかえす行事だということだ。だから、おのずと手を合わせたくなるんだなと思った。
 どんと祭の火で思い出したのは「火は自然の怖さ、楽しさ、多くのことを教えてくれる。敵から逃れ、暖をとり、調理をして火を囲むことは、祖先にとって長い間大事な時間だった。そもそも火を手に入れてヒトは人間になった」という“火の文化”についての記事だった。物理的にも、象徴的にも火は人間にとって重要なことなのだ。改めて火に思いを馳せたどんと祭だった。
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新たなステージに立って ★ワークステージ 米澤里美【2007年2月号】

 悠和の杜が2月4日いよいよ開店した。店を持つことは私たちの夢だったが、こんなにも急に店がオープンできることになろうとは思いもしなかった。障害者自立支援法が施行されてから、利用者は自己負担額が増し、工賃の手取りが大幅ダウンし、とてつもない危機感に襲われた。販売班は行商を続け、餃子の通信販売、時にはイベントのテキ屋にも挑戦しながら、弁当屋、そば屋はどうかと自立支援法に立ち向かうべき企画を模索しつづけ、辿り着いたのが「食彩空間 悠和の杜」である。
 店がオープンする直前に第一号のお客様として、ワークステージで働く利用者を招待した。道中「私たちのお店だよ」と伝えながら行ったが、店の前でみんなは、立ちすくみ呆然となった。緊張した面持ちで店の中に入り、たくさんの創作料理を食した。シーザーサラダに使われてる野菜は、ハウス班のみんなが育てたものだ。細かい種を蒔くところから、毎日の手入れまで全て利用者が担っている。ガーリックピラフに使用されているお米は、2006年腰痛と疲労に耐え、汗水流しながら収穫した銀河米だ。揚げ肉まん、鉄板餃子は餃子レンジャーが一つ一つ丁寧に手作りした力作。すべての商品に利用者みんなの苦労と愛情が詰まっている。その食材に料理長がプロの腕をふるい、魂を込めて創作料理に仕上げた。利用者達の表情が、驚きから自信に変わっていくのを感じた。
 センターキッチンを担う餃子レンジャー達には、今までの生産・製造工程から新たな課題が見つかっている。質の良い商品を作るために、職人としての修行が続けられていくだろう。彼らが自らの技を磨き、このステージでその役割をどのように演じるのか、しっかり支援し、じっくり見守っていきたい。私もその舞台を構成する一人として。                                 
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歩み2 ★グループホーム 及川貴樹【2007年2月号】

 先日、グループホームの利用者Aさんの散歩に久々に付き添い、一緒に歩いた。Aさんと一緒に歩いたのは、一年振りくらいになる。以前は、一定の距離を保ちながら、その方の実際の歩みを見ながら、その方の人生の歩み、そして自分の人生の歩みにまで、思いを馳せたのが思い出された。
 今回は、雪道ということもあり、横にぴったりとつき、寄り添うようにして歩いた。同じ道を何回か往復しているうちに、ある場所だけ足跡が、大幅に曲がっていることに気付いた。そんなはずはないと、今度こ  そは、まっすぐ歩こうと、意識して歩いてみるが、自分ではまっすぐ歩いているつもりでも気がつくとその場所では大幅に自分の歩みが曲がってしまう。たぶん、一人で歩いていれば、こんな風には曲が先日、グループホームの利用者Aさんの散歩に久々に付き添い、一緒に歩いた。Aさんと一緒に歩いたのは、一年振りくらいになる。以前は、一定の距離を保ちながら、その方の実際の歩みを見ながら、その方の人生の歩み、そして自分の人生の歩みにまで、思いを馳せたのが思い出された。 今回は、雪道ということもあり、横にぴったりとつき、寄り添うようにして歩いた。同じ道を何回か往復しているうちに、ある場所だけ足跡が、大幅に曲がっていることに気付いた。そんなはずはないと、今度こ らなかった歩みの軌跡。これは、Aさんとしか歩む事の出来ない軌跡だとそのとき感じた。  利用者の方と向き合い、本気で共に生きようとすると、自分自身がすごく揺らぐ事がある。これまで自分が感じたことのない感情に向き合わなければなかったりする。しかも、その感情は、だいたいが、怒り、失望・驕りといった、隠したり、見ないようにしてきた自分自身の奥にある闇のようなところから出てくる。その上で「お前はどうする」と問われるのである。マニュアルなどを作って“この人には、こう接しましょう”などという画一的な接し方が役にたつような世界ではない。グループホームにはそういう深みがある
 非番の夜、ある方が眠れないで騒いでいるという電話が入った。駆けつけて、その方の部屋で何時間か過ごした。話をしながら、その方も落ち着いてきて、今にも眠りそうになり、時間も時間だからと私も帰ろうとしたとき、その方が「もう帰るのか?」と言った。「明日もあるし、俺も眠らないと・・・」と言うと、「覚悟してきたんじゃないのか」と、ぼそり。「お前の覚悟じゃまだまだ甘い」と、突きつけられたような気がした。 自分自身をかけて接しているかどうかが問われることが度々ある。ここをはずすと、その人とは一生出会えないかもしれないような「勝負」がそこにあると感じる。
 何故、そんな厳しい道を歩んで行かねばならないのか?と以前の自分なら疑問を持ったかも知れない。しかし、人と接する仕事、ましてや援助という要素の入った仕事は、それが基本で、その構えが無いならやってはいけないのだと思うようになった。私との関係の中にその人の人生そのものが存在してくるからだ。支援とか、援助と簡単に言うが実はそういう厳しいことなのだと思い知らされている。
 今を生きる、あなたと私の間に広がる風景がある。それは私の人生そのものであり、相手の方にとってもそこに人生がある。頭で考えて自分としてはこうやりたいとか、こうなりたいとか思うことはあったとしても、それを超えて事は起こる。考える事は確かに大切だが、思った事を超えて人生は紡がれる。それは自分の進みたい方向と逆かもしれない。
 回り道かもしれない。しかし人生は大いなる何かと繋がりながら、出会いによって紡がれる。自分が頭で考えただけでは描く事の出来ない軌跡がある。これから私はどんな軌跡を誰と描くのだろうか、来たることに身をゆだねる勇気と、畏敬をもって進んでいきたい。
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