2007年01月15日

思いもよらない言葉 その奥のメッセージ ★グループホーム第2 前川紗智子【2007年1月号】

  イブの夜、書き残した日誌を手に、なんとなくSさんのとなりへ腰をおろした。すると、いきなり「どぉっさり寝で、体ぁ丈夫にして、やらにゃねぇよぉ?」と声をかけられ驚いた。普段は「こばがたれ!」「ちゃんちゃらお〜が〜しぃ!」というのが口癖のSさん。「あ。はい…。もうしわけないです」なんて苦笑してかわしながら、日誌に向かおうとするのだが、むこうはまだまだ語りかけてくる。「ちゃ〜んとこご(頭)つかっていがねばねんだ。」はじめは「はい」と笑顔で応えていたが、そのうち、そんなかわしすらできなくなってくる。止まらない語り、穏やかな表情の中にも、逸らさずに訴えてくるように見つめるまなざし。何かを必死にこちらに伝えてくる。こちらも真剣に聞かなくちゃだめだ、そんな空気だった。くり返しくり返しSさんが伝えてくれたのは、体をいたわり、頭を使い、しっかりと生きなければいけない、ということ。「言われだようにやるのはな、ただニコニコってして、な?、楽だがもわがんねども、それではわがんねのだ。大事なのは、こご(心)がら自分が思うどごろを生ぎるごどなのよ。おめでばまだわがんねべどもな。」と笑う。私はただただ、声も出せず頷きながら、ぼろぼろ泣いた。
 本当は最近、どういうわけか気持ちが落ちていた。結果、関わりを避けるように、家事仕事に逃げ、言葉も笑顔も減っていた気がする。でも誰にもそれを伝えてはいなかった。そんな自分が、Sさんには見えていたのか、見ていてくれたのか。日が変わり、25日。それまでとは違って穏やかな気持ちでいれる自分に驚いた。Sさんから、クリスマスプレゼントをもらった気がした。そっち行っちゃダメだぞってしっかり繋いでもらって、私はみんなに育てられて、守られているのかもしれない。自分の弱さに繋がってもらえる、これほど幸いなことはないんじゃないかと感じている。
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迎えるということ ★グループホーム第2 及川【2007年1月号】

 新年明けましておめでとうございます。
 昨年の暮れは第二GHで5人の利用者がノロ感染し、その対策に追われながらのクリスマス、年越しとなり、とくに慌ただしい 年末年始となった。
 忙しいということも含めて、クリスマスや、年末らしさ正月らしさが年々薄れていっているように感じられて気になる。
 我が家にある神棚に飾る幣束は、毎年、祖父が半紙で作っていた。祖父が亡くなる最後の正月は、祖父に教えてもらいながら私が作った。祖父が亡くなって3年。喪中で迎える新年が、しばらく続いていた事もあり、久々に幣束を作って飾ろうと思ったが、祖父が残した作り方の見本が見つからず結局、今年は買ったものを飾るはめになってしまった。節目を迎える儀式が、形式だけの薄っぺらなものになっていっているような気がして悔しい感じがする。GHの中で利用者の方と一緒に暮らしていると、利用者の方々の、身に付いた節目に対する真剣さや、迎える事の厳かさに比べて、平板な自分を見いだすようで、そんな想いがより一層強くなる。
 年越しを間近にした年末のある朝、利用者のTさんが「昨日は飲みすぎたぁ。ずいぶん俺飲んだべぇ。どこで飲んだか覚えてねえもん。」と話しかけてきた。実際には、飲み会はなく、酒も飲んでいないのだが、あまりにその方の表情が、嬉しそうだったのと、見事な二日酔いっぷりに、自分も昨夜酒を酌み交わしたような気分になった。夜勤者によると、その夜、別の利用者のSさんが、部屋を出てくるなりひょっとこのような顔をして、その場で3回、回って自分の居室に戻っていったという。
 その話を聞きながら私は「昨夜はやっぱり忘年会だったんだなぁ。」と妙に納得してしまった。と同時に慌ただしさにのまれて、何の心構えもなく年越しを迎えようとしていた自分に、「年を越すっちゅうのは、それなりの心構えと儀式がいるんだ。」と教えられた気がした。年越しや、盆、彼岸などの節目は、その時間的な一瞬に意味があるのではなく、それを迎えようとする我々の心構えに大きな意味があるように感じた。
 大晦日の夕方、そば打ち、おせち作りなどをし、酒を飲まないでも二日酔いしていたTさんと乾杯をして新年を迎えることが出来た。ほんの些細な事だったが、「これでやっと今年が終われる」と感じた。そのとき私はすごく嬉しくなった。そしてこんな事を感じながら過ごせる現場に居ることの幸せを思った。
 今年は、新年早々、念願のお店がオープンする。そのことも含めて、銀河の里にとっても、職員それぞれにとっても、勝負の年になるに違いない。「どんな心構えを持ってこの一年を戦うか」が一人一人に問われており、その「心構え」がこの先につづく道を創っていくことになるだろう。
 前向きで開かれた一年を歩んで行きたい。
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暮らしと農業と生きること ★理事長 宮澤健【2007年1月号】

 20年も前になる、東京の特養にいた頃、冷暖房完備の近代建築に大勢の職員で、いたれりつくせりのなか「なにか違う」と感じた。重大な何かが欠けている。それは「暮らし」ではないかと思いあたった。その後自閉症の子ども達とつきあう現場でも、そのことを更に強く感じた。便利で快適なはずの都会的生活に深いところでなじめないのは、生きていくリアリティを失うことと引き替えに得た安逸にすがっているからだと思うようになった。 「暮らし」を意識し、暮らしを求め岩手に移ってきて15年になった。農家は暮らしに満ちているはずだったが、田舎にも「暮らし」は残っていなかった。「暮らし」は快適でも便利でもなく、むしろその逆で経済的にも成り立たないところにあるようだ。
 社会はますますシステム化されていく。ゲド戦記の訳者清水真砂子は、がんばっても報われる事のない社会、厳しく進む相互監視社会にあって、人間への信頼や希望をどうやって手放さずに生きていけるのかと問いかけ、子どもの本の中の知恵にその活路を求めている。(『そしてねずみ女房は星を見た』・テンブックス) 「暮らし」はまさに知恵そのものである。その知恵は、頭でっかちな知識とはかなり違う、体も心も動員した知恵がある。中沢新一は現代におけるリアルを考えながら、「自然の背後にある見えない力が作り出す、具体的なものの価値を守り育てる姿勢が農業にある」と指摘する。その具体化してくる価値を「繊細に行き届いた心遣いを持って見守り、しかも抽象化、情報化しないでどこまでも具体性に固着するのが農の哲学だ」という。(『リアルであること』:幻冬舎文庫)里では、暮らしのなかで、個々の生きるリアリティを賦活したい。
 「暮らし」は、掃除や片付け、食事から道具の整備や、介護や看取りまで、生きる事と直結している。それらはシステムからは排除され、低く見られ、蔑まれる傾向にあり、現代人はそういうことに関わらないことがエラクてリコウなのだと勘違いし、生きる実感と知恵を失っている。システム化の波は致し方ないこととしても、個々人はそれに飲み込まれず、暮らしを大切にすることで、便利で簡単な生き方から脱却し、リアルな人生の可能性を開けないものか。今年もみんなで泥まみれになりながら農業に関わり、暮らしを作っていきたい。
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餅つき ★デイサービス 戸来淳博【2007年1月号】

 里では年末、鏡餅を杵と臼でつくのが恒例になっている。
 餅つきはよくやるので6年目ともなれば段取りも手順も慣れたものである。当初、あれがないこれがないなどと大騒ぎしたことが懐かしいくらいだ。急に「明日は餅つきやろうか」となっても慌てることなくサラリとこなすことが出来る。我々にも「暮らしの力」が6年間のうちについたのだろう。
 慣れたとはいえ、餅つきは毎回盛り上がる。高齢者にはそれぞれ流儀があり、あれやこれやと怒鳴りあったり、杵を取り合ったり大騒ぎになる。そこにも、一人一人が歩んできた生活や人生がみえてくる。その迫力に圧倒され感動しながらの6年目だ。
 今回、餅つきをしながら忘れられない事がある。この餅米は、昨年の春、Sさんと植えた米ということだ。Sさんは、開所初日に里に来て、これまで一緒に生きてきた人だ。里や里の農業を自分のこととして見守ってくれた人だ。田植のあと、稲も育ち、穂も出揃った8月にSさんは突然逝かれた。毎年のように稲刈りも当然、一緒にするつもりでいたのにできなかったのが残念だった。 Sさんが残してくれたことは沢山ある。稲ばかりでなく、Sさんが植えてくれた種は、私の中にもあるはずだ。それをどう成長させるかが託されているに違いない。「今年からはお前がきちんとやっていけ」とSさんが語るのが聞こえるようだ。
 「今年も餅米を植えて育てて見せます」と、Sさんに伝えたい餅つきだった。
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