2004年12月15日

瓜田【2004年12月号】

 私はこれまで、何かをやっていても、そこから自分の感情が揺れ動くことが少なかったように思います。それはきっと辛いこと、苦しいことを少しでも無いようにするために、自分の行動を作業化していたからではないかと思います。「これをこうすればこういう結果が得られる」という安心感と引き替えに、自分に足りない大事なものを得ていないのではないかと、自分の生き方に疑問を感じていました。
 そんな中、私は縁あって「銀河の里」にやって来ました。あっという間でもう一月半がたちます。まだ仕事に慣れることはなく、デイサービス利用者の方々と大豆の殻むきをしたり、ビニールハウスに野菜の種を播いたり、散歩に出たりといろいろなことをしています。その中で、とまどいや不安、時には恐怖を感じたりと感情が揺れ動く出来事がたくさんあります。正直なところ、感情が揺れ動くことで、大事なものを得られているかはわかりませんし、そんな大事なものを得る、得ないという個人的な理由で仕事をして良いものかなどと考えるときりがないのですが、まずはそういったもの全て、自分の中でかみしめながら、一日一日をここで過ごしていきたいと思います。
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今月の短歌・俳句 ★渡辺【2004年12月号】

土まみれ 土の匂いに 囲まれて 体すっきり フル回転

晴天の中、晴天だからこその思いつきで芋掘りへ。GH2の全員が畑で過ごせることを誰が予想しただろうか?約一時間半、掘って、掘ってとひたすら芋を掘り、収穫を見守ってくれる人もいて、皆で今年の収穫にバンザイ!と喜ぶ。青空はエネルギーの源。


おやかしら 子供をぎっしり 離さない 親子のつながり 生命の力

里芋収穫。かしらにはたくさんの子芋たち。力を込めて、離そうとするがびくともしない。「しっかりとくっついて離れねぇ」「親は子供を離しちゃくれねぇよ」とMさんと生き物の、いや親子のつながりを実感した。


大丈夫、すぐ良くなるから ゆっくりね あなたの励みに 痛み忘れた
 
普段一緒にいると、ぎこちない時もあれば、けんかをすることもあるHさん。私としてはどこか緊張してしまう存在のあの方が、入院初日、まだお腹が痛くて笑えないその時に突然やってきてくれた。「あらぁ、あなただったの?」「いつからいたの?」「今は休む時なのよ」などと、たくさんの励みと笑いをくれた。痛みが吹っ飛んで大笑いの入院初日。初めての入院の緊張をほぐしてくれたHさんとスタッフに感謝の気持ちでいっぱいです。
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清水【2004年12月号】

 今年も大豆の収穫が終わり、今グループホーム第2では、昨年同様利用者が大豆の殻むきや選別をする光景が見られます。
 先日、何人かそろって大豆の殻むきをしていた時、ある利用者が「こんな仕事ずっとやってたら目疲れるじゃ!」と口にしました。するとすぐさま、ある利用者の口から「こったなの仕事じゃねぇ!!」と力強い言葉が返されました。その時、私はあまりの迫力におびえてしまいました。その言葉には、その人の今までの生き方そのものが表れていたような気がします。そして、私がおびえてしまったのはきっと、今の自分、そして今の時代が失いつつある何かを意識したからではないかと思います。グループホームでの暮らしの中には、そういう場面がたくさんあると思います。自分自身これからも、そういう場面にしっかり着目しながら、しっかり考えていきたいと思います。
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清水【2004年12月号】

 今年一年、グループホーム第2裏の畑では、たくさんの野菜を作ってきました。振り返ってみると、いろいろな人に支えながらの野菜作りでしたが、その野菜が食卓へのぼり、皆で食べられたことは、とても嬉しく思います。ただ、やはり「作るだけ」ではいけない。規模は小さいながらも、もう少し計画を立て野菜を作り、しっかり収穫して、しっかり食べたい。それが来年の目標です。
 個人的に、野菜作りを通しては、いろいろなことを考えることが出来たようにも思います。利用者の生き方、今の自分自身について、また、自然の力の偉大さなど、なかなか普段考えることができない部分について考えられたことは、自分にとってとても意味があったように思います。
 また来年も、いろいろなことを感じ、考えながら、野菜作りをしていきたいと思っています。
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戸來【2004年12月号】

 花巻でも暖冬と言われ雪も未だに降っておりませんが、大分寒くなってきました。里でも冬支度を始めております。今年はワークステージのワーカーが薪切りをして届けてくれたり、6反歩の大豆も収穫を終え、電動の選別機で豆をこなしています。高齢者の方は、暖炉に豆殻を焚き付けにし、蒔をくべ、暖をとっています。クリスマスツリーも現れ、銀河の里は、だんだんと冬の装いに変わってきています。
 里のデイサービスのおやつは、ほぼ毎日手作りで作っています。中でも小豆を使ったおやつは好評で、また団子や餅つきと小豆を使う機会も多く、去年から小豆の作付けに挑戦しています。去年7月号で植え付けの様子、ミツさんの三角畑で作る小豆の記事を書きましたが、今年は収穫、選別を終え、お汁粉にして皆で食べた所で記事にしています。
 今年は一反歩の畑に作付けし、収穫前の畑は草畑になり、デイの利用者には「草畑」と笑われ「今年も失敗か。」と思っていたら、軽トラ一杯の収穫量となりました。思っていた以上の収量に驚きながらも、利用者からは「来年は皆で草取りするべな、皆で出たらあっという間なんだ」と声をかけられ、来年への力を貰った様な気がします。
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物語としての人生 ★宮澤健【2004年12月号】

 「物語としての人生をもっと大切にしたらいい」これは京都でこの秋開催された国際アルツハイマー病協会国際大会での河合隼雄先生の発言である。大会の態勢は、案の定、対策や治療に傾くが、氏の発言は人間そのものに関心を向ける姿勢に貫かれていると感じた。
 「人生は豊かな物語に満ちている」ということは里の4年間グループホームの現場の体験から、スタッフの誰しもが実感している。
 しかし、うっかりすると、この物語が、まるで見えなくなることがある。それは、その人に関心を持たない場合であろう。関心を持たない人たちは、「この人はアルツハイマーです」とか「側頭葉をやられています」などといういわゆる診断で、その人の物語を断絶してしまうことができる。そして、そうした切断は、自らを安全な位置に止めるための安易で、軽薄で姑息な手段ではあるのだが、一見、高尚に見間違えやすく勘違いもしやすいので、残念ながら多くの関係者がこの手を使いたがる。しかし、そこに「物語としての人生」を打ち砕き、踏みにじる暴力が行われていることに気づく人はほとんどいないのではなかろうか。
 痴呆を取り囲む関係者、関係機関の暴力の嵐の中で、「物語としての人生」を読み続けてきたというのが、グループホーム銀河の里の4年間の歴史であったということもできる。
 暴力と切り捨てるのは、善意のかたまりのつもりでいる人に対して、気の毒だという感じもするが、紡がれる物語を宝として、聞き取ることに全力をあげて耳を傾けている「こころ」からすれば、目の前で物語がブチ切られてしまうのはやはり暴力としかいいようがない。
 河合氏は「一分、一秒の間に物語は生まれる」という。人が生きているということはそういうことなのだ。里では、そうした物語を記録し続けてきた。4年間で膨大な記録が積み上げられてきた。それらを「お互いにシェアー」していくことで痴呆の理解が進むのではないかという河合氏の話は里がやっていこうとしていることと全く重なっている。
 ただ「お互い」の相手が今はいない。孤独な旅はもうしばらく続けなければならないと思われるがそうした時期はたぶん大切な時間なはずである。じっくりと行きたい。
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