征司さんが鍬を振るうと、その後には真っ直ぐな畝が出来上がり、その畝に私たちは今までいろいろな野菜の種を播いてきた。実際、銀河の里で食卓に上がってくる野菜も、基をたどれば、征司さんが苦労して作った、この真っ直ぐな畝から生まれたものだ。
征司さんは畑仕事をする際、必ずと言っていいほど「鍬はあるっか?」と聞いてくる。だが、そこで「あれ、どこにあるっけ?」と探し回っている私。そんな姿にしびれを切らしたのか、征司さん自ら鍬を探して、敷地内を歩き回る姿が見られることもあった。
そんなこともあり、9月のある日、スタッフと共に隣町の金物屋に出かけた征司さん。何を買ってくるのかと思ったら、鍬を買ってきた。私から見れば、何の変哲もない鍬。だが、一緒に買い物に行ったスタッフから話を聞くと、鍬を買うにあたって、店に並ぶいろいろな鍬を店内で実際に試し振り?して買ったとのこと。二つの同じ商品を試し振りして、「あれよりこっちのほうがいいな!」などとも言ってはいたようだが、征司さんが吟味して選んだ鍬は、きっと特別なものなのだろう。
次の日、裏の畑を見ると、早速畑を耕す姿があった。いとも簡単に鍬を使う征司さん。畝もいつのまにか出来上がってしまっていた。
私は銀河の里にやってきて、征司さんの鍬裁きを隣で見ながら、見よう見まねで畝を作ったりしてきた。だが、今でも征司さんの作る畝にはかなわない。征司さんは、実際に農業をしてきた人ではないと聞く。でもかなわない。それはどうしてなのだろう?
征司さんは鍬を使って、自分の今までの人生を表現する力を持っている。だが、今の私には表現するものも、能力もない。そう感じてしまう。だが、私はここで、そんな貴重な人間に出会えている。日々、そんな人と一緒に暮らしている。今、私はものすごく貴重な時間を生きている・・・。